第十七話 恋人役と一緒にお買い物
駅前にあるスーパーマーケットは広く値段も手頃で、夜遅くまで営業しているから、緊急の買い出しにも対応できるから重宝している。
「これとこれとー、あとこれ!」
店内を歩く中、カートを推している夏向がポンポンと食材を放り込んでいく。
「夏向、ちゃんとその食材で何をつくるか考えてやってるんだろうな?」
「大丈夫大丈夫!」
なんだ、ちゃんと考えてるのか。
学校の成績は知らんけど、夏向が頭の回転がいいことは知っている。
ボールを持っていないときの的確なポジショニングと、ボールを持っているときの瞬時の判断力には、俺も散々手を焼かされたからな。
きっと夏向の頭の中では、試合中のグラウンドを俯瞰して見ているみたいに、与えられた食材で何の料理をつくるのか、その完成形ができているに違いない。
「だって、この食材で何を作るのか決めるのは新太だもん」
「おい。丸投げかよ」
「だって新太に任せれば、絶対においしくしてくれるでしょ?」
甘えるように、俺の腕に抱きついてくる夏向。
相手が夏向とはいえ、こうまで料理の腕前を信用してくれるとなると、つい張り切っちゃおうと考えてしまうチョロい俺がいる。
「きっとぼくのことを考えながらつくるから美味しさにバフがかかるんだろうね。ぼくのこと好きすぎって思っちゃっていい?」
「お前の解釈は間違ってる」
「そうやって照れ隠しするんだから。あっ、これも」
ちょうど鮮肉コーナーを通りかかっている最中だったからか、比較的リーズナブルな部位の細切れ豚肉をカートに放り込む夏向。
菜食より肉食を好むのが、夏向の少年らしいところというか。
「新太だって、ぼくが美味しく味わってるところ見るの、好きだし幸せな気分になるでしょ?」
「美味そうに食ってくれるのは嬉しいけど」
別に、その相手は夏向じゃなくたっていい。
とはいえ、夏向以外の男友達から美味いと称賛されたと想像すると、夏向のときほどには高揚する気分にならないのはどういうことだろう?
「ダメだねー、新太は。まだまだ女の子の前で素直になれないんだから」
「……素直じゃない自覚はあるけど、お前は女の子じゃないだろ」
「新太はちょいちょいメタいこと言うんだから。ぼくを女の子だと思えって言ったでしょ?」
「わかってるんだよ、俺だって……」
「それにね。世間の目は新太が思ってるのとは違うみたいなんだよねー」
得意気な夏向が左右に指を振るので、俺も釣られて右へ左へと視線を動かしてしまう。
買い物中の俺たちを遠巻きに見守るような立ち位置にいるおばさまたちが、何やらひそひそ話していた。
「あの二人、微笑ましいわねー」
「高校生くらい? カップルで買い物なんて」
「私たちまで青春時代に戻った気分になれるわー」
自分でも気付かない間におばさまたちの潤いに貢献してしまっているらしい。
なんとまあ、とんでもない勘違いをしているのか……。
「ほらね? はたから見ると、ぼくらって本当にカップルに見えちゃうんだから」
まあ、事情を知らない人から見たら女子にしか見えない夏向とくっついていたら、そう誤解する人がいたっておかしくないかもしれない。
「だからほら、せめて今だけは、今晩の夕食を選ぶ仲睦まじいカップルのフリしようよ!」
やたらと楽しそうに、俺の腕に抱きついてくる夏向。
普段の俺なら、あれこれ理由をつけて、夏向の言い分に乗っかろうとはしなかっただろう。
でも、今の俺は夏向に変化を強いる立場だ。
夏向に対して、これまでロクにやってこなかったのであろう料理をさせようというのだから。
それなら、夏向だけじゃなくて、俺も何某かの変化を受け入れなければ、フェアじゃない。
「……とりあえずは、今日だけな」
「えっ!? どういう風の吹き回し!?」
「なんでお前が驚くんだよ。言われた通りにするって言ってるのに」
「だってー、ふふふ、新太だってわかってるでしょ?」
夏向が目一杯背伸びをして、俺の耳へ口元を寄せようとする。
「ぼくのこと、本気で好きになっちゃった?」
こういうことを言うから、いまいち夏向に付き合いきれないところがあるっていうのに。
うっかり本当に好きになっちゃったらどうするつもりだよ。
まあ、そんなことはないんだけどな。
その辺の線引くらいはできているよ。
「……やっぱやめようかな」
「やだー、一回やるって言ったんだからやって! 付き合って!」
夏向が騒ぐものだから、周囲のお客がざわざわし始めた。
このスーパーを毎度のように利用している身として、迷惑客として認定されるわけにはいかない。
「すまん、冗談だ」
こうして俺は、一緒に買物に来たカップルとしての役割を果たすことになった。
そのせいか、カートを押す俺の隣に立つ夏向は、常に俺に寄り添ってくるものだから、歩きにくくて仕方がない。
けれど、食材を求めて歩く間、夏向はやたらと柔らかい笑みを浮かべていて、俺の腕すら愛しそうに抱きしめているように見えてしまった。
「そんなに楽しい?」
言ってしまってから無神経かな、と思うのだが。
「楽しいに決まってるでしょ。新太と一緒だもん」
柔らかい笑みを浮かべたときの夏向は、本当に男子なのか疑ってしまいそうになる。
まあ、本当に女子だったら俺の体質的に間違いなく異変が起きるに決まっているから、そんなことはないわけだけど。
結局この日、夏向はキッチンにこそ立ったものの、調理の九割は俺の担当で終わってしまった。
わかってたことだけどさ。
でもこれには、俺にも原因がある。
「ぼくって自分でつくるより新太が料理と向き合ってる真剣な顔見てる方が好きなのかも」
料理中に隣でそう抜かす夏向がいて、俺もつい調子に乗ってパパッと気合いの入ったものを作ってしまったから。
俺は、どこまでも乗せられやすいのかもしれない。




