第十六話 メイドなのは俺の方だった……?
夏向が毎日のように俺の家で夕食を食っていくことは御存知の通り。
料理することは嫌いじゃないし、自分以外に誰か食べてくれる人がいることは嬉しいし、一人暮らしに彩りを与えてくれるから、そのことに関しては何の問題もない。
けれど、空腹を満たし、幸せそうな表情でソファで寝転がっている夏向を見て思うところがあった。
「お前、俺がいなくなったらどうやって暮らしていくの?」
「えっ!? なんなの、急に別れるようなこと言い出して!」
飛び上がるように体を起こす夏向。
「ぼく、絶対きみと別れないからね!」
俺の異性苦手体質を克服するために恋人として振る舞っているはずなのに、夏向の中ではいつのまにか付き合っていることが揺るぎない事実にすり替わっている気がする。
まあ、夏向が強烈な恋人ごっこをするのは今更だから、敢えて指摘するようなことはしない。こうして夏向が恋人役に入り込んでしまうのも、元はと言えば俺のせいなわけだし。
「あのね、ぼくは今まで立派に一人暮らししてきたんだから、新太に心配されるようなことなんてないの!」
俺の顎先に人差し指をぐいぐい押し付けてくる。
「ていうかぼく、一人暮らしの先輩なんだからね!? ぼくからすれば、新太なんてやっと親元を離れたばかりのひよっこなんだよ。アドバイスする立場にあるのは、きみよりむしろぼくなんだから」
「確かに、一人暮らし歴ではお前の方が一年先輩だけど」
先輩感が、皆無なんだよなぁ……。
「一人暮らし始めたばかりでイキってるのって、ぼくからすればカッコ悪く見えちゃうんだよね!」
「夏向がちゃんとした一人暮らしを続けてるなら、その意見も頷けるんだけどさ。でも最近の夏向はメシの問題だけじゃなくて、部屋の掃除まで俺任せだろ? 俺がここに来る前はちゃんと一人でやってたにしても、俺に依存しすぎて全然やらなくなったのはマズいんじゃない?」
「えっ? 新太が好きでやってくれてるみたいだから、邪魔しないように任せてたのに」
「とんだ勘違いをしてくれやがって」
「そっかぁ。ようやくぼくのことを好きになって、献身的に尽くしてくれてるものと思ってたのになぁ……」
しゅんと肩を落とす夏向。
俺の苦手克服に協力してもらっている対価として夏向の身の回りの世話をしていると考えれば、五分五分の関係で夏向のぐうたらに思える態度も頷けるのだが、ここで甘やかしたら夏向の将来に支障をきたしそうだ。
「たまにはお前も料理してみろよ。毎日とは言わないからさ」
「やだよー、めんどくさい」
「俺も手伝うから。買い出しにも付いていくよ」
「じゃあ行く!」
打って変わって機嫌を取り戻したような夏向は、瞳を輝かせていた。
「もう、それを先に言ってよね~」
「なんだよ、さっきまでやる気ゼロだったのに……」
「だって! 新太と一緒に買い物行けるんでしょ?」
にふふふ、と緊張感が一気に抜けた顔でだらしなく微笑んでくる。
「それってデートだからね」
「そんな色気のあるものじゃないだろ」
男同士で夕食の買い出しに行くってだけのことに、デートと呼ばれるほどのワクワク感があるわけがない。
「どんなかたちでも、新太と一緒にお出かけできるのは嬉しいんだよ」
「……それは、カノジョ役としての意見か?」
「うーん、両方かな」
「両方?」
「昔のライバルと一緒に何かできるようになったってことも嬉しいからね」
そう口にしたときの夏向は、グラウンドの上で俺と対峙していたときの勇猛果敢なドリブラーの顔をしていた。
中性的な顔立ちとはいえ、やたらと女の子っぽい表情ばかりして、異性と接しているような気分にさせられたと思っていたら、油断したところで本来の性別に戻るんだから。
マズい。
また夏向に振り回されそうになってる。
「とりあえず、買い出しに行くぞ!」
夏向のペースに飲まれる前に、行動を起こすに限るということは、再会後の夏向と関わるようになってから理解したことだ。




