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第十五話 いつでも見ていてほしいから

 夏向とはラインでも繋がっている。


「どういうつもりだ、これ……」


 大学での講義中、夏向から写真付きのメッセージが送られてきた。


『おすそわけ!』


 そんな短文と一緒に、先日の和装メイドコスプレの格好をした夏向の写真が添えられていた。


 背景から考えるに、この写真はバイト先のバックヤードで撮ったのだろう。

 顔見知り相手に送っているのに、手のひらで目元を隠している理由が完全に謎だ。


 ちなみに夏向のこの衣装は、俺が酔ったせいで粗相をしてしまったもので、そのせいでしばらく口を利いてくれなかったのだが、クリーニング代を支払うことで許してもらった。


 その曰く付きの衣装を写真で見せてくるってことは、まだ俺のことを許していないぞというメッセージなのだろうか?


 あの件で悪いのは完全に俺だし、要求されたら断ることはできない。


「……メッセージはこれだけか」


 写真を添付して以降は何のメッセージも送られてこないので、夏向の真意を測りかねてしまう。

 これは……帰ったあとは大変なことになりそうだ。

 帰宅して、夏向と顔を合わせたときの反応を想像すると激しく不安になる。


「お詫びの品でも買って行ってやるべきか」


 メッセージアプリを閉じた俺は、講義が終わったあとの予定を立てると、さっさとスマホをポケットに押し込んだ。


 ★


 夏向が部屋に来るやいなや、俺は駅前のケーキ屋で購入しておいた箱を手渡した。


「――わっ、新太。どうしたのこれ!? 『ファンファーレ』のケーキじゃん」


 箱を手にした夏向は、目を輝かせる。


「ああ。食いたいって前にポロッと言ってただろ?」

「覚えててくれたんだ。でも、どうして急に?」


 ケーキの小箱を抱えた夏向は、ハッとした顔をして。


「わかった、ケーキでぼくの体を買おうってつもりだ。でも残念だったね。こんなものなくても、相手が新太だったらタダで月額使いたい放題ギガマックスだよ?」

「ごちゃごちゃわけわからないこと言うならそれこっちに返してもらうぞ」

「ウソウソ! 感動のあまり変なこと言っちゃっただけだってー。だめー。回収しないで! これもうぼくのだから! お砂糖いっぱいの口になっちゃってるから!」


 ケーキの箱を抱きしめて俺の背中を向ける夏向。

 油断ならないヤツ……。

『恋人』を自称してからというもの、こいつは息を吸うみたいな気軽な感覚で妙なことを言いやがるからな。


 そういうときの表情や体つきに艶かしさを感じてしまう俺も大概なのでどこかしらで修正が必要だと思う。


「それは俺なりのお詫びのつもりだから」

「えっ? お詫びってなに? 新太、ぼくに何かしたっけ?」

「だってお前、今日の昼間に写真付きでメッセージ送ってきただろ? それって、ほら、この前のゲロ騒動の謝罪がまだ足んねぇよって遠回しの催促なのかと思って」

「あのことはもういいから。謝ったら店長も許してくれたし、クリーニング代は新太が払ってくれたんだし、新太と抱き合う楽しいひとときを過ごせたから、そのことは本当にもういいんだ」

「そっか。だとしたら、なんであんな写真を?」

「新太の話を聞いてると、ぼくの写真を壁紙にしてくれてないみたいだね」


 それまで俺を許すムードになっていたのが、一気にムッとした顔へと変化する夏向。


「どうして壁紙にしなかったの?」

「どうしても何も……そういう意図で送ってきたことすらわからなかったよ」

「よし、じゃあ今しよ。すぐしよ。ほらほら、設定して」

「なんで強制されなきゃいけないんだ?」

「だってー、せっかく新太のために撮ったんだから。大変だったんだよ? なかなかいいショットが決まらなくて」

「そんなに何通りも試したなら、どうして顔隠したヤツ選んだんだよ?」

「そっちの方がいかがわしいかと思って」

「いかがわしくしてどうする」

「グッと来なかった?」

「俺にそんなマニアックな趣味はない」

「なーんだ」


 急につまらなさそうな顔をする夏向は、ケーキの箱をテーブルの上に置くと、まるで何度も繰り返しているかのような慣れた動作にバックハグをしてくる。


「あっ、でもちゃんと壁紙にしてよ?」

「やだよ。毎日顔合わせてるのに、スマホにまで登場されちゃしつこいから」

「今のぼくは『恋人』なんだからね? 毎日見ても飽きないって思わないとダメなの!」

「あくまでそういう役なんだから、あまり俺の時間に侵食しすぎないようにしてくれよ……」

「もう! 『恋人』に対する態度じゃないよ! もっとぼくを大事にして! だからまずは壁紙変えて! あっ、でもケーキはありがと。ぼくへの愛情感じちゃった♡」


 今後、夏向に安易に贈り物をするのは止そう。


 何が楽しいのか、俺の背中に額をすりすり擦り付けている夏向を後ろに感じながら、俺はこっそり誓うのだった。


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