第十一話 恋人役はボールの扱いが上手い
「おい夏向~、サッカーしようぜ!」
「今日の新太はどうしてナカジマなの?」
玄関で困惑する様子の夏向を前に、俺は持参したボールを突き出す。
「お前、運動不足だろ? だから一緒にやろうと思って」
「ぼくを勝手に運動不足扱いしないでよー。これでも新太と絡んでるとき以外はアクティブなんだから」
「そっか……」
いい案だと思ったんだが、乗り気じゃない相手を誘ってもな……。
夏向は、俺からボールをひったくるように受け取って。
「どうして凹んでんの。新太と遊べるならなんだっていいよー。ていうか、新太から誘ってくれたならなんだってやるし」
「それならよかった」
夏向が乗り気とわかって、安堵する俺がいた。
「それで、どこでやるの?」
「この近く、デカい自然公園があるだろ? ランニングに使うのにちょうどよさそうな」
「ああ、あそこね」
夏向の方がこの町に住んで長い分、周辺の地理に明るい。すぐわかってくれた。
夏向が出掛ける準備をするのを待ってから、一緒に件の自然公園までやってくる。
木々の緑に溢れる公園は、休日ということもあって多くの人で賑わっている。
そんな中、俺と夏向は、綺麗に短く刈り込まれた芝の上で、キャッチボール感覚で緩やかにボールを蹴り合っていた。
白に赤ラインの長袖ゲームシャツを着て、下は黒のハーフパンツだから、動きやすそうだ。
今はちっともサッカーとは関わっていないらしい夏向だけど、ボールさばきは相変わらず巧みだ。特にトラップが上手くて、どんなにボールが高く上がっても、足を上手く使ってピタリと止めていた。
「その辺上手いところは昔のままだな」
思い出と変わらない技術に感心してしまう。
「体が覚えてるのかもねー」
「やっぱりお前、続けるべきだったんじゃない?」
「目標がないんじゃ、続けようがないでしょ」
夏向の才能があれば、目標なんていくらでも作れそうなものだけど。
それなのに続けなかったってことは、よほど落ち込むようなことがあったのだろうか?
「じゃあ新太は、どういう目標があって高校まで続けてたの?」
「そんなの決まってるだろ。お前がいる学校といつか当たるかもしれないって思ってたからだよ」
「えっ……じゃあ、高校生になってもぼくに勝とうとしてたの?」
「……いや、まあ」
改めて言われると、なんか恥ずかしいな……ちょっとこう、ストーカーみたいで。
でも、初めて徹底的に打ち負かされた相手というのはそれだけ俺にとって衝撃的で、追い抜く目標として絶対的な存在だったんだ。
「負けっぱなしで終わるのは、それはそれで悔しかったし……」
「じゃあ、中学で離れ離れになっても、ぼくのことずーっと考えててくれてたんだね!?」
「そういう言い方をされるとな……わっ!」
元気いっぱいの子犬みたいに俺の方へ走り込んできた夏向は、そのままの勢いで俺に抱きついてきた。
「ぼくのこと忘れられなかったってわけ?」
間違ってはいないはずなのだが、はいそうです、と素直に認めるのも恥ずかしいものがあった。
「ただ単に、夏向に『負けました! ごめんなさい!』って言わせたかっただけだよ」
「なんだ、そんな簡単なこと目標にしてたの?」
「え?」
夏向は、俺の胸に顔を埋めるようにして、より強く抱きついてくる。
「ぼくのこと好きになってくれたら、好きなときにいつでも言ってあげるよ?」
「なにそれ。どういうシチュエーションだよ?」
「ふふふ、新太の果敢な攻めに屈するぼくの姿を想像できなかった?」
「変なこと想像させるな」
「でもほら『恋人』ならそれくらいの解像度は持っていてほしいし」
「男同士でそこまで想像するのはハードル高過ぎなんだよ……」
それにしても夏向は、よく平気でいられるよなぁ。
同性を好きなんだとしても、俺相手にそこまで惚れ込むはずもないし。
いまいち本心が見えないところがある夏向だから、想像すればするほどその真意がわからなくなってしまう。
「むー。新太ってぼくに対して塩対応多くない? ちゃんと新太も恋人になってくれないと、いつまで経っても苦手が苦手なままだよ?」
「わかってはいるんだけど」
押しかけ女房的に夏向が積極果敢に『恋人』役をしてくれているのと違い、俺はいまいち乗り切れていない。
何をモチベーションにしているのかはよくわからないのだが、夏向なりに熱心にやってくれているから、俺なりにその気持ちに報いたいとは思っている。
「まずはきっちり、ぼくのことを好きにならないとね!」
「好きではあるって」
「へ?」
「俺のカッコ悪い苦手には付き合ってくれてるし、お前のことはライバルって思ってるけど、それは目標としての憧れも持ってるからだし」
「そそそ、そうなのー!? じゃあどうしてぼくのこと恋人扱いしないの!」
「そりゃ恋愛対象じゃないからだろ……」
「どうしてー!」
半狂乱状態になって、俺の服を握って、ぐいぐい揺すってくる夏向。
「どうしても何も……じゃあお前は、俺のために恋人役になってやってるって理由を抜きにして、俺を恋愛対象として見られるのかよ?」
「もちろ……って、なんか難しいこと言ってるからどう答えていいかわからないよ」
「そんなに難しいか?」
「色々複雑なの! 今一番問題にしないといけないのは、新太が全然恋人の振る舞いをしないことだよ! そんなんじゃ苦手なままだよ」
「そうなんだけどなぁ」
「もしかして新太、恋愛したことない?」
「女子が苦手すぎて、そのレベルにすら到達したことがないよ。悪かったな」
「別にそれはいいけどー。でもわかった。新太は、好きな子に対する接し方もわからないってことだね」
「もしかして俺って相当深刻な状況じゃね……?」
「大丈夫。だからぼくがいるの!」
腰に手を当て、胸を張る姿は頼もしさすら感じられた。
「思うんだけど、今の新太は女の子が苦手ってことを意識しすぎて、そもそも人を好きになることすら恐れちゃってるんじゃないかな?」
夏向の指摘は、俺の胸にグッサリと刺さった。
「確かに……」
好きな異性に近づけば、みっともない姿をさらけ出す恐れがある。
誰にも見られたくない、情けない姿を。
恥ずかしい姿を隠したいあまり、自分の素直な気持ち気付くことすらできなくなっているのかもしれない。
「だからまずは、ぼくを好きになるところから始めちゃお」
とすん、と胸元を叩いてみせる夏向。
「ぼくなら、新太がどれだけ恥ずかしいことになっても支えてあげられるからさ」
かつてのライバルなだけに、夏向を相手にみっともないところを晒すのにも抵抗があった。
けれど、これほどの気概を持って俺を受け止めようとしてくれているのだ。
このまま何の成果も得られずにいるのは、熱心に付き合ってくれる夏向にも失礼だと思えた。
「そうだな。俺も、もっと頑張ってみるよ」
「その意気だよ。そうだ、試しに今日からぼくと一緒に寝起きしよっか?」
「何段階飛ばしの関係だよ」
「新太にはそれくらいの荒療治が必要でしょ。なんなら隣同士だし、いっそ二人で同じ部屋で暮らしちゃう?」
どんどんエスカレートしていく夏向。
けれど、その表情は楽しそうだ。
まあ、恋人役云々は抜きにして。
夏向と友達同士として交流するのは、こんな俺でも素直に楽しいと思えるのだった。




