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第九話 課題中にイチャつこうとしてくる困った恋人役

 俺は文系学部なせいか、よくレポートの課題を出される。

 その日、俺は提出の締め切りとギリギリの勝負を演じていた。


 大学の一年間でだいぶ慣れたとはいえ、長文かつ真面目ったらしい文章を書いた経験がまだまだ足りない俺は、このレポートというヤツには未だに苦戦させられていた。


「新太~」


 未だ直らない玄関の扉から、のたのたと部屋に入ってきた夏向。

 嫌な予感がしたよ。


「ちょっと昼寝したいから、新太のベッド貸して~」


 俺と同じく大学生ながら、どうも俺よりもヒマしてる率が高いらしい夏向は、ノーパソ相手に懸命に格闘している俺の背中に張り付いてくると、顎先を俺の左肩に乗せてきた。


「なんでだよ。自分の部屋で寝ろよ」

「ぼくの部屋散らかってるし。新太の部屋はいつも綺麗だから、ぐっすり眠れる気がするんだよね」

「お前は昼寝するほどヒマでも、俺は忙しいんだよ」

「え~、ネットしてるだけじゃん」

「レポートだよ! お前のところにはないの?」

「え、なに? Fラン大学は遊んでばっかでも単位が取れていいですねって煽り?」

「そんなつもりはねえよ。ピリピリしすぎだろ……」

「ふんだ。どうせ受験勉強の勝者になった新太からすれば、ぼくなんて合コン三昧の色ボケ大学生なんだよね」

「だから悪かったって」


 夏向が通っている大学は、駅伝でよく名前を耳にする中堅私大だから、別に卑下するようなところじゃない。

 なんて言ったところで、夏向からすれば嫌味に聞こえるか。


 過去に何度も俺に勝ったことがあるのだから、せめて偏差値的なことに関しては俺の勝ちを認めてほしいところだ。


「ていうかお前、合コンなんてしてんの?」

「ふふ、興味あるー?」

「ない!」


 って普段なら即答しているのだが。


「……と言えばウソになるな。お前、モテそうだし。どういうモテ方しているのかは気になる」


 中性的な見た目の細身男子となれば、美少年好きな好きな女は放っておかないだろうから。

 どうせ凹むことになるとはいえ、かつてのライバルのモテ事情は、同性としては気になるところだった。


「ふふふ、興味を持ってくれて嬉しいけど、ぼくはそんなでもないよ。ぼくの友達がガチでエグいモテ方するから、一緒にいるぼくはおまけになっちゃうよね」


 そんなやべぇイケメンがいるのか……。


 普段から仲良くしている拓弥もイケメンでコミュ力も高いからモテるタイプではあるのだが、合コンで入れ食い状態になるようなことはなかった。

 まああいつは和を重視するバランサータイプだから、一人勝ちするような状況をつくらないってこともある。


「ちなみに合コンは付き合いで何度か行っただけだよ。面白くないから、すぐ帰ってきちゃうけどね。新太は行ったことないの?」

「お前……俺がそんな女性ばっかのところに行ったら参加者みんな地獄見るだろうが。行く前から申し訳なくなって参加する気になれねえよ」

「お誘いはあるってこと?」

「拓弥……ああ、大学の友達がそういうの好きなヤツで」

「げ、チャラい友達がいるの?」

「確かにチャラいが、気のいい奴だよ。今度会ってみる?」

「別にいいよ。ぼく、新太以外の男子には興味ないから」

「お、おう、そうか……」


 すげぇ照れることを平気で言うんだもんなぁ。


「どう? 今の。カレシに一途な女の子みたいで可愛かったんじゃない?」

「狙って言ってたのかよ。あざといな。そのメンタリティが可愛くねえよ」

「でもー、こういうあざと可愛いことは男子は言わないでしょ? 新太ってこういう女の子メンタリティに耐性がないから苦手に思っちゃうんじゃないの? それなら、慣れておいた方がいいと思って」

「……一理あるかも」


 俺の極度の緊張は、女性を未知の生物と捉えてしまうのが原因なのかもしれない。

 どうしていいかわからないから、脳が誤作動を起こして異常行動を取ってしまうというか。


「これからは、あざと可愛いぼくにも慣れてね?」


 夏向が厄介なのは、これでちゃんと可愛いところだよな。


「それで、進捗の方はどうなの?」

「まあ、ギリだな。……ていうか、やめろよ。打ち込みにくいだろ」


 夏向は俺の背中に張り付いてまま、腕を俺の腰に回してくるから、やりにくいったらない。


「ぼく成分が不足してなかった? 補給させてあげようと思って」

「不足してもあまり問題ないよ」


 むしろ、忙しい間は来てほしくなかったと考えてすらいた。

 レポートが終われば、別に構ってやってもいいんだけど。


「またそんなこと言ってー。他の女ならともかく、『恋人』のぼく相手なら素直に体を求めてくれないと困るよ」

「ああ、忙しいから、代わりに雑用はしてほしいかもな」

「そういう意味じゃないよ! もう! もっと性的な意味で!」


 すぐ体を差し出そうとするような言動を取るあたり、こいつのカノジョ観も結構おかしい気がするんだよなぁ。


「ふーんだ。新太って夏休みの宿題も早めに終わらせる計画的な男だと思ってたのに。案外だらしないんだね」

「お前に言われたくないけどな? ……今月は他の課題と色々重なっちまったんだよ。このレポートをやるだけでいいなら、もっと余裕を持って終わってるって」

「そうだ。間に合わせるためにいいこと思いついた」

「絶対ろくでもないことだろうけど、昔なじみのよしみだ。とりあえず言ってみろ」

「何かご褒美があればブーストかかると思わない?」

「ああ? まあ、それはあるかも……」

「だから、1ページ分書き終わるごとにぼくがほっぺにちゅっってしてあげる」

「聞くんじゃなかった」

「なんで! 『恋人』のキスだよ! 十分すぎるほどのご褒美じゃん!」

「本当の恋人同士なら、なるかもしれんが……」

「新太はさー、まだぼくのことちゃんと『恋人』だって思えてないよね! よくないよ。新太の苦手克服が遠のくだけだもん。ぼくだけ真剣じゃだめなんだよ?」

「それはわかってるんだけどなぁ……」

「もっとぼくを女の子扱いして! そしてぼくを好きになるんだよ。さあ、さあ!」


 鼻息荒い夏向は、俺の首に腕を引っ掛けてきて、ぐらぐら揺すってくる。


 夏向はやたらと俺の苦手克服に熱心だから、悪気があってやっているわけじゃないんだろうけれど。


 このままだと、レポートの締め切りに絶対間に合わなくなりそうだ。


 無事に完成させられるのなら、夏向のキスを受け入れる方がマシ……か?


「わかったわかった。とりあえず一ページ分終わらせるから、それまで向こうで静かにしてろ。終わったら声かけるから」

「一切声掛けないまま全部終わらせちゃったら怒るし泣くよ?」

「カンの良いガキは」

「ほーら、ぼくを騙そうとした! もういいよ、新太が書いてる姿、ずっと見ちゃうからね」


 夏向は、俺の背後からするする移動すると、なんとあぐらをかく俺の脚の上に座りやがった。


「お前、なんてところに座るんだよ!?」

「だってー、ここが一番新太を感じられて、パソコンの画面も見れちゃうんだもん」

「キーボード打ちにくいんだが?」

「腕伸ばせばいいだけじゃん」


 確かに、腕を伸ばせば届くのだが、それには前傾姿勢を取る必要があって、そうすると夏向を後ろから抱きしめるような姿勢を取らないといけなくなる。


 しかも、俺のすぐ下にある頭頂部からやたらと爽やかなやたらといい匂いがしてくる。

 え、来る前にシャワー浴びてきたとかじゃないよな? なんでこんなにいい匂いがするの……。


「ほらほら、頑張って。ぼくのキスを獲得するために」


 夏向は俺に何度も背中を預けてきて、書くように急かしてくる。

 夏向め、とんでもないポジショニングを取ってきた。


 動揺を悟られたくないし、何よりこのままだと締め切りに間に合いそうにない。


「ほら新太~、がんばれ、がんばれ」


 応援なのか煽りなのかよくわからない夏向の言葉に惑わされないように気をつけて、俺は夏向の背中にぴったり張り付いたままキーボードを打ち込んでいく。


 ほっそりしているから、もっと体全体がゴツゴツしていると思ったんだが、思ったより華奢なせいで包みこんで守りたくなる気持ちすら湧いてきそうになる……。


 くそっ、雑念を消すためには書くしかない!

 頭と指先に意識を集中させ、キーボードを高速で叩いていくのだが。


「ふふふ、新太ったら、そんなにぼくとキスしたいの? あんまり早く仕上げられちゃうと、ぼくの心の準備が整わないんだけどなぁ」

「いや締め切りのことしか考えてないから!」

「そんなこと言って、本当はぼくのことで頭がいっぱいなんじゃない?」

「そんなはずないだろ。思い上がるんじゃない」

「だってほら」


 夏向は、開いているWordの一文を指差す。

 そこには、かたっ苦しい文章に紛れて、夏向のやたら甘い匂いについてさらっと触れた一文があった。


「新太の本音、出ちゃってるよね……そんな直接的だと、ぼくまで照れてきちゃうんだけどなぁ」

「こ、これは違う! 忘れろ!」


 夏向まで恥ずかしそうに言うものだから、冗談というよりガチっぽい雰囲気が出てしまって、俺は慌てて該当箇所を削除した。


「ほらほら、やっぱりそこにいられたら書きにくいし気が散るって。お前は別に、邪魔し来たわけじゃないんだろ?」

「そこまで言うならしょうがないなー」


 余裕っぽく優雅に俺のところから離れる夏向だけど、心なしか顔が赤い気がした。


 まさか、と思い意識を下半身に向けたのだが、アウトになりそうな形状の変化はなく、よって同性に催すというなんとも複雑な事態は回避されていたみたいだ。


 じゃあ、何故夏向は顔を紅潮させていたんだ?


「続きは隣で見守ることにするね」


 夏向は、すぐ隣にぺたんと座って、俺が作業する姿をじっ……と見ていた。


「近くね?」

「『恋人』の近くにいた方が安心できちゃうからね」

「そういうもんか?」


 聞き流したって良かったのだが、あまり冷たくすると恋人役を演じ続けてくれる夏向に流石に悪いと思った。

 ちょっとは夏向に合わせてやるか。


「そ、それなら……俺が締め切りに打ち勝つところ、特等席で見てろよ?」


 言ってから、しまった、と思った。

 カッコつけすぎると、かえってカッコ悪いんじゃないか?


 夏向に笑われたらどうしよう。

 そんな気持ちが強かったから。

 しかし夏向の方に、俺を笑う様子はないようで。


「うん。早く完成させて、ぼくのキスを受け取ってほしいな」


 真正面から受け止められて、変化球ナシのパスを繰り出してきたものだから、恥ずかしくなってしまったのは俺の方だった。


「じゃ、じゃあレポートに戻るから、すぐ完成させるわ……キスは別として」


 意外にも、常に見られていることは適度な緊張感を生み、途中でダレることなく目的の一ページを書き終えることに成功する。


 案外あっさり書けちまったな……。


 さて……俺はここで、男子から祝福のキスをされないといけないのだろうか?

 ていうか夏向のヤツ、さっきから妙に大人しいな。

 夏向の顔は、俺が視線を向けた方向にはなくて、そのすぐ下にあった。


 俺の肩に寄り掛かる夏向は、呑気にすぅすぅと寝息を立てて眠っていた。


「そういや、わざわざ俺の部屋に寝に来たって言ってたもんな。黙って見てるだけだったら寝落ちもあり得るか……」


 妙にあどけない顔で眠る姿のせいで、無理に起こすのは可愛そうだという気にさせられた。


「スムーズに書けたことの礼代わりだ」


 夏向が倒れないように注意して立ち上がると、夏向を抱え上げた。

 起こさないように気をつけると、結果的にお姫様抱っこをするみたいになってしまった。


 そのまま部屋の隅にあるベッドまで運んでいき、そこに寝かせることにする。


「……黙ってると、本物の女子みたいだな。まあ女の子のはずないんだけど」


 謎に女子寄りな寝顔に不思議な思いを馳せながら、夏向の体に上掛けを掛ける。

 俺は再びノーパソの前へと戻り、レポート課題を再開するのだった。

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