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男子達の秘密なんだからね

作者: 栗野庫舞

タイトルの『男子達の秘密なんだからね』は、登場人物の女子に頼んで言ってもらった、今回の出来事に対する内容のセリフ……という設定です。作中で言うことはありません。


それと、本作にはコメディ要素はないです。

 教室には今、男子生徒しかいなかった。


 女子が戻って来るまでの間、クラスのどの女子が最も美人なのかを投票で決めよう、という話になった。男子はこういうことをするのが好きらしい。


 クラスの四十人のうち、男子は二十人。あなたも含めて、全員が参加を強制されていた。


 黒板には、すでに三人の女子の名前がある。


 その下には、完成していない正の字。


 あなたに順番が回って来た。あなたがするべきことは、白いチョークで女子の名前の下にある正の字に一画(いっかく)を加えるか、別の女子の名前と一票めを書くかのどちらかだ。


 名前の()げられている女子達は、三人とも趣向は違っても、美人の女子高生なのは疑いようもない。他の女子の名前を新たに書く男子はおらず、あなたも無難な女子へと一票を入れるに(とど)めた。


「えー、お前もアイツ()しなのかぁ、知らんかった」


 割と仲の良い男子が話しかけてきた。あなたは適当に肯定した。


 そうして全員が投票を終えて、一位の女子が八票、二位が六票、三位が四票、後半で挙げられた四位が二票、という結果になった。


 これで終わりかと思っていたら、


「今度はブスなの決めようぜ!」


 ふざけ気味な男子がいた。黒板右側の人気投票の横に縦線を入れて、空いている左側を使うつもりらしい。


 彼に同調する男子もいたものの、さすがに今回の投票は道義的にどうなのか、という雰囲気が強かった。あなたも乗り気ではなかった。


「じゃあさ、オレが犠牲になって、ブスっぽい女子を何人か挙げるからさ、その中から選ぶってことにしようじゃないか!」


 提案した男子がチョークを持ち、彼の独断で女子の名前が次々と書かれた。合計、六名ほどの名前が並ぶ。その中には……信じられない女子の名前もあった。


 あなたと仲の良い女子も、候補に挙げられていたのである。


 彼女は地味で、目立たない容姿ではあるものの、あなたが思う限りでは普通の女子だ。ブスだと呼ばれるような(いわ)れは無い。彼女がブスだとしたら、クラスの大多数の女子が該当するだろう。


 しかしながら、彼女は真面目な女子で、融通(ゆうずう)()かない態度をとることもあった。そこがかわいくないと、彼女の名前を書いた男子には思われていたのかもしれない。


 さっそく、失礼な男子達が先陣を切って票を入れる。


 続いて、やりたくなりそうな男子達も巻き込まれた。


「そんな気にすんなよー。こんなの個人の主観で、お前がちょっとブスかなって思うやつに入れるだけでいいんだよ。そうだ、オレらは共犯だ。だからオレはお前を責めない。みんなも、今回のことで誰が誰に入れたなんて覚えんなよ。オレはあくまで、今この時の傾向を知りたいだけなんだ。気楽にやろうぜ!」


 この男子に感化されたのか、次々と票が増えてゆく。ある男子は、雑に。ある男子は、嫌々に。ある男子は、冷静に。ある男子は、悩んで。


 そして、あなたの番が来た。


 あなたは彼女の名前を目にして、不快な気分になる。しかも、正の字が二画めまで進んでいる。どういうわけか彼女に二人も投票しているという事実に、内心怒りが()いた。


 チョークを持つ手が緊張して震える。彼女には絶対に入れないにしても、他の女子に入れたいとも思わない……。


 あなたは罪悪感に耐えられず、チョークを黒板下部の粉受(こなうけ)に置いた。


「……やりたくない」


「そんなこと言うなよ、俺だって嫌々やったんだぞ!」


 拒否したあなたは、近くの男子に罵声を浴びせられる。


「いい奴アピールすんなよ。早くやれ」


 あなたの横でチョークを渡すやつも出て来た。この男子はあなたを見張りるように、近くから離れない。


 このまま女子達が戻るまで待って時間切れを狙うのは、周りの圧力によって不可能なように感じられた。


 投票に参加するしかないのだろうか?


 あなたは黒板のほうを向いた。やはり彼女の名前は視界に入れたくない。


 右側に目を()らし、――あなたはいい方法を思いついた。彼女の名誉を挽回(ばんかい)すると同時に、この場をごまかす方法を。


 チョークを握り締めたあなたは、見張り番の横を通過し、黒板を二分する白い縦の境界線を越えた。


 人気投票がおこなわれていた黒板右側の空いた部分へと、叩きつけるように彼女の名前を書き込む。


 仕上げとして、正の字の最初を示す横線を放った。


「女子が戻って来たら、俺は彼女に告白するッ!」


 黒板を背にしてあなたは宣言した。


 男子達は、あなたの一連の動作に圧倒されていたようだった。馬鹿かと(あき)れていたのか、おかしなやつと思われていたのか、その辺は分からない。


 結局、不名誉な投票は、完全な終結をしなかった。がやがやと女子達の声が廊下から聞こえて来て、ドアが開いたのだった。


「やべぇっ!」


 投票を率先していた男子が、慌てて黒板消しで証拠を隠滅(いんめつ)する。悪質な投票もおこなわれていたことや、ある女子だけ名前が左右にあったことを、女子達に知られずに済んだ。


 やや遅れて、名前が左右にあった唯一の女子も、教室に到着する。男子達の視線は、彼女とあなたに二分された。


 あなたは諦めに近い気分で、彼女に近寄った。男子達に宣言したことをそのまま実行するだけだと、あなたは自分自身に言い聞かせる。


 それでも、真摯(しんし)な気持ちだけはきちんと込めたい。


「……お前が好きだ。つき合ってほしい」


 あなたが伝えると、彼女の頬は明らかに赤くなった。


「いきなり過ぎない?」


 困惑する彼女。


「俺とつき合ってくれ」


 あなたは彼女の言葉を無視して、繰り返した。


「……うん。私もあなたのこと、前から好きだったし……」


 彼女は(こた)えてくれた。


 こうして呆気(あっけ)なく、あなたと彼女は恋人同士になった。突然のことに戸惑うのは女子達のほうで、何が起こるのかを知っていた男子達は、割と好意的だった。


 あなたにチョークを渡して来た男子が、あなたの隣にいた。


「お前意味分かんねえけど……良かったな」


「ああ、ありがとう」


 あの時の態度には腹が立ったものだが、今ではもう、そんな気も起きない。


 あなたは恥ずかしがる彼女のほうを見た。


 中学の頃から親しかった女友達が恋人になってくれて、やっぱり嬉しい。彼女は口うるさいところがあっても、あなたのことを大事にする努力は惜しまない子だ。


 きっと、高校生活は今までよりずっと、素敵なものになる。


 誠実な彼女が、それを実現してくれるだろう。


「今日の帰り、どういう心境の変化があったのか、聞かせてね」


 女子に対して失礼な投票がおこなわれていたことにも、触れなければならないだろうか?


 あの投票があったからこそ、あなたは一歩踏み出すことが出来た。その点に関してだけは、良かったと思っている。


 ただ、最初に彼女の名前を書いたり票を入れたりした男子達は、ちょっと許し難い。


                    (終わり)

以前、ある(みにくい)いものランキングを見て、そうではないのに、恐らくは別の理由によって順位入りしていたものがあり、納得いかないと感じることがありました。あるいは、侵略国家ロシアによる、併合する理由づけのためだけにおこなわれた、悪質な住民投票。これらのような投票、特に侵略住民投票なんて、正しいわけないじゃんって気持ちで書きました。


最後まで読んで下さり、ありがとうございました。

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