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第三章「盟友」

「私達は、今この街を騒がせている『悪魔』について調べていまーす!」


秋の少し冷えてきた校庭に、茜の快活な声が響き渡る。


今は全校集会の真っ最中。


よってマイク片手に壇上で叫んでいる茜と、その隣にいる俺の方に全校生徒三百数名の視線

が集まる。


実際にしゃべっている茜はいいとして・・・


俺はというと、居心地悪くて吐きそうだ。






茜が組織の罠にやられた後、俺達は今後どうするかを話し合った。


俺は正直、茜が戦意を喪失し「もうやめよう」とか言い出すのではないかと思っていたが、


茜の意思に変わりの無い事を知り、やはりただの元気娘ではないのだという事を再確認し

た。


しかし・・・


「ねえ、大介。・・・本当にこれからも協力してくれるの?」


「何言ってんだ。今さら引くに引けねえよ」


茜は、これ以上俺を巻き込む事に消極的になっていた。


「でも、今回は私だったからよかったけど、もし大介が私のせいで・・・なんて事になった

ら、私・・・・」


うつむきながら呟く茜。


随分しおらしくなったもんだ。


「俺は俺の意思で協力する。だからもし何かあってもお前のせいじゃない」


俺、なんでこんなにヒーロー気取ってるんだろうな。


最初は無理やり巻き込まれた。ただそれだけの事だった。


でも、茜を救出したり、事件の謎を考えたりするうちに俺は自分の中に新しい何かが生まれ

つつある事に気付いたのだ。


これは一体何なのだろう。わかるようでわからない不思議な感覚だ。


・・・この正体を知るまで、俺はもう少し続けてみたい。


まだ輪郭すら見えていない悪魔との戦いを・・・・。


「・・・そっか。ありがと、大介」


茜は、不安そうだった表情を少し和らげた。


「じゃあ、さっき決めた通り、私達の調査をできるだけ沢山の人に周知するって事でい

い?」


「おう」


それは俺と茜が考えた悪魔の襲撃への対抗手段だ。


大勢の人間が俺達が悪魔について調べている事を知れば、悪魔の方も迂闊に手を出す訳には

いかなくなるだろうと考えたのだ。


「掲示板かどっかに情報提供を願うポスターでも出したらどうだ?」


「いや、弱い。それじゃちょっと弱いよ~」


「じゃあどうすんの」


「まあ、ちょっと待ってなさいって。明日になればわかるから」


「何だその不敵な笑みは・・・」


ニヤニヤと笑う茜。俺は少し嫌な予感を覚えたが、とりあえず任せる事にした。






・・・そして、このザマだ。


「ここ数年、この街では若者や子供の行方不明事件が相次いでいまーす!」


あまりの大音声に、耐えきれなくなった音響機器が、激しいハウリングを起こしている。


耳を塞ぐ生徒達。俺もそろそろ鼓膜が限界だ。


「この街の平和を守るため、私達二人が立ち上がる事を決心いたしました!」


そして俺の腕を取り、まるで格闘技の勝者にするように、その腕を高く掲げさせた。

「どうか情報提供をよろしくお願いしまーすっ!」


「もうやめてくれ・・・」


この発表というより絶叫というべき代物が、目の前で耳や頭を押さえてのたうちまわる生徒

達に届いたとは思い難い。


そしてひどい形相をしたゴマ塩頭の年配体育教師が、どこからともなく耳栓をして現れた。


「・・・今日は『今週の生活目標』の発表を是非やりたいという事で壇上に上げたと聞いて

いたんだが・・・ねぇ」


「は・・・?」


俺は唖然として茜の方を見る。


「あ~・・・。今週の目標は『困っている人を助けよう』ですよね?つまり行方不明になっ

て困っている人のために情報提供を・・・」


この馬鹿は、教師を騙してまでこんな事がしたかったらしい。






「お前馬鹿だろ。マジで馬鹿だろ」


「ぜったいポスターより効果あったもん!」


「俺の分の反省文お前が書けよ!」


「やだよ。私謝るの苦手だし」


俺達は放課後、帰り道で口論を交わしていた。


あの後俺達は、先ほどの体育教師、茜が騙した集会担当の教師、教頭の三人がかりの説教ア

ワーを食らい、


その上尋常ではない量の反省文を書かされる羽目になった。


「大体お前はやる事がぶっ飛びすぎなんだよ。もっとよく考えて行動・・・・・」


突如、視界が塞がれた。


「あ・・・」


塞がれた訳ではなかった。


いつの間にか、俺のすぐ目の前に、ギリギリぶつからない程度の間隔を置いて、人が立って

いたのだ。


「すいません」


俺はとっさに離れた。その人と目が合った。


その人は三十代くらいの男だった。かなりの長身で、俺とは頭一つ程違う。


髪は油気のない短髪で、頭の良さを感じさせる鋭い目つきをしていた。


「・・・お前たちか」


男が口を開いた。


「何の事です?」


「佐那山大介と小南茜。間違いないな?」


「え・・・?」


気がついたときには、男はもう一歩俺の方へ踏み込んでいた。


「うっ」


喉元に冷たい金属の感触。やられた。


どんなに優れた格闘技でも、この状況から逃れる術は与えてくれまい。


「二人に少し来てもらいたい所があるのだが、かまわんだろうか。・・・もっとも、拒否し

た所で受け付けないが」


「・・・・・」


まずい。明らかにまずい。


下校時刻であるにも関わらず、この辺には人通りがないようだ。


既に手を回しているのか?


俺は精一杯視線を横にずらし、茜の様子を確認した。




俺は驚いた。彼女は恐れている様子ではない。パニック・・・とも違う。


彼女はただ、困惑・・・期待していた何かが得られなかったような顔で、困惑していた。


ただ下を向いて、疑問の表情を浮かべている。


「そんな・・・なんで・・・どうして・・・」


切れ切れに呟きが聞こえてくる。


少なくとも俺が武器を突き付けられている事に対する反応ではないようだ。


「そこの車に乗れ。・・・早く!」


選択の余地はない。俺は両手を上げ、道の端に止められた黒塗りの車の中に滑り込んだ。


続いて、茜も車の後部座席に放り込まれる。




「み、見えない・・・」


この車は、後部座席と運転席、助手席のあるスペースが真っ黒な板で仕切られ、その上窓も

マジックミラーのようになっているらしく、


後部座席からは、外の様子を一切窺う事ができない。


男は運転席のドアを開けたようだった。


そして後部座席に伝わるエンジン音と振動。どうやら発進したらしい。


俺は茜の様子を窺った。


「・・・・・・」


茜は気絶しているようだった。


俺は意識を回復させようと思ったが、止めておくことにした。


もし運転席とここを隔てている黒い板、これがもしマジックミラーなら、運転席にいるあの

男からは俺の動きが見えている。


迂闊に動くべきではないだろう。


しかし・・


「悪魔・・・なのか?・・・・」


今までの行方不明者も、このようにして連れ去られたのだろうか?


車に乗せられて?


「車・・・車・・・」


何か引っかかる。


もし車で拉致していたのなら、あの手掛かりは・・・・。






「降りろ」


俺たちは車から引きずり出された。


「ううっ・・・」


茜が意識を取り戻したらしい。


「茜・・・」


俺は茜に肩を貸し、立ち上がらせた。


「う・・ん・・・・だい・・す・・け・・・」


まだはっきりと気がついてはいないようだ。


俺は辺りを見回した。


どうやら、ここは何かの建物の地下駐車場のようだった。


「進め」


背後から男の声。


突き付けられている感触は無いが、おそらく男は銃をこちらに向けている。


俺は舌打ちすると、茜を支えながら男に言われた通りに薄暗い地下駐車場の通路を進んで

いった。


そして


「止まれ」


男が言った時、俺達の目の前には、学校等でよく見かけた消火栓の箱のような物があった。


壁に張り付いていたそれに向かって男が何か機械のような物をかざすと、カチッという音が

して箱が開いた。


「・・・!」


本来ならホースやら何やら詰まっているべき場所に、大きな空間が空いている。


「入れ」


俺は男に言われるままに箱の中に入って行った。







細く、入り組んだ通路を進むこと約10分。


ついに俺達は、大きく開けた場所に出た。


「・・・・・」


男は俺達の前に出て、目を合わせながら言った。


「ようこそ。我々の基地へ」


「・・・基地?」


「まずお前が一番知りたがっているであろう事から教える事にする。


 私達は『悪魔』と呼ばれる組織ではない」


「は?」


悪魔じゃない?


「この街には人を拉致するような組織が二つも三つもあるって言うのか?」


「お前は誤解をしている。まあ無理もない事だがな。


 多少失礼な方法でお連れする事になった点については、率直に謝罪しよう。


 我々は決して人間の拉致を目的とする組織ではない。私達は『悪魔』を倒すために活動し

ている組織だ。


 組織名を『Loid』という」


悪魔を倒す?ロイド?


「言ってる事の意味がわからないんですがね」


「要するに、お前達と我々は、目的を同じくする同志だという事だ」


同志・・・だと?


「同志・・・それなら、それなりの扱いをしてもらいたい。とりあえず、銃はしまってくだ

さい」



額の汗が顎まで垂れ落ちてきている。


冷静になろうと努めても、この緊張を収める事ができない。


「・・・いいだろう」


男は、手に持っていた銃を上着の内ポケットにしまった。


「それから、その少女も、そこに寝かせておいて構わない」


俺は上着を脱いで床に敷くと、意識が朦朧としている茜をゆっくりとそこに寝かせた。


そして、再び男に向き直った。


「なぜ、俺達をここへ連れて来たんですか?」


男はククッと笑いながら言った。


「佐那山君よ、敵の敵を見つける事ほど容易い事は無いという事を知っておくがいい。


 私はかなり前から君達の行動を気にかけていた。無論そこの小南という少女が悪魔の罠に

かかった事も知っている。


 そしてあの演説だ。君達が自らの身の安全を意識し始めたのは明らか。今回来てもらった

理由はそこにあるのだよ」


「どういう・・・ことですか?」


「取引だ・・・」


取引だって?


「我々が君達の身の安全を保障しよう。我々は悪魔との戦闘も考え、それなりの戦闘力を準

備している。悪い話ではないだろう?」


「それで、俺達は何をすれば?」


「・・・情報だ。悪魔の情報を集めて、それを我々に渡してくれればいい」


「身の安全」の代償は、拍子抜けするくらい安かった。


男はまた、ククッと笑い、


「特別サービスで教えてやろう」


煙草をくわえ、火をつけた。


「悪魔に国家権力を差し向けたって無駄だ。奴らは悪魔の味方・・・いや身内なんだ」


「どういう・・・事ですか?」


「奴らは一般に『悪魔』と呼ばれている。一人の馬鹿な構成員が一般人の見てる前で組織用

語を口に出しちまったからな。


 しかし、この世に・・・少なくとも現代のこの世に悪魔なんて存在がいると思うか?」


俺は首を横に振った。



男は肯いて続けた。


「悪魔は連中自身の呼称というよりかは、連中の目指す最終目標なんだ。


 奴らは人間をはるかに超える、強い生き物を作ろうとしている。この街はいわば、『悪

魔』を創りだすためのモルモット小屋なんだよ」


も・・・モルモット小屋・・・・・?


一瞬頭の中が真っ白になった。


「つ・・・つまり、拉致された行方不明者は・・・新種生物を創るための実験台

に・・・?」


「まあ、そういう事になるかな」


男は煙をふうっと吹き出した。


「誰が?何のためにそんな事を!」


俺は聞いた。自然と声が上ずってしまう。


一方男は涼しい顔で


「『何のために』から考えた方が早いね。悪魔という存在から連想されるイメージは


『不幸』『破壊』『殺戮』といったところだろう。


連中はその悪魔を創りだそうとしている。その目的として一番考えられるのはやはり軍事利用じゃないか?


新種生物を軍事利用する事に価値を見出す存在といえば、国家かテロリスト。しかしこういった実験には多くの費用や年月がかかる。


テロリストの仕業と考えるのも少し難しい。


よってこのプロジェクトには何らかの形で国家権力が絡んでいると考えるのが妥当だと思

うね」


「く・・・国が?馬鹿言わないで下さいよ・・・・」


いくらなんでも、そんな筈ないだろう?


「この国が憲法を破って・・・新戦力を開発しているっていうんですかっ!?」


ほぼ怒鳴り声だった。信じられなかった。


憲法で戦力を持たない事を誓ったこの国が、悪魔を軍事利用?


何の罪もない民間人を拉致して、身体中いじくりまわして悪魔に変える実験をしているとい

うのか?


「信じられないか?」


「だ・・・だって・・そんなわけ、ないじゃないですか・・・・」


「お前がこの国を信じるのは結構だ。しかし、黙っていて悪かったが、既にこの事実は調査

によって裏付け済みだ。


 領土防衛軍という名前を知っているか?表向きは戦力を持てなくなったこの国の領土、国

境などを守るために秘密裏に組織された、


 防衛軍とは名ばかりの、れっきとしたこの国の国軍だ」


「こく・・・ぐん・・・この国の?」


「そう。領土防衛軍科学部新兵器開発課という部門によってこの壮大なプロジェクトが着々

と進行されている。


 我々に残された時間は残り少ない」


俺はある事に気がついた。この緊張状態でも、奇跡的にまだ頭は冷静に動作していた。


「ど、独力でそこまで調べられるなら何故俺達に情報提供を求めたりするんです?それも護

衛に戦力を割いてまで」


「ふーん。お前は頭がいいんだな、おりこうおりこう」


男はさもつまらなさそうに言った。


「そこまで考えられるならその先も考えてみたらどうだ?我々はここまで調べてきた中で結

構多くの痕跡を残してきてしまった。


 結果今当局にマークされてしまっていて、迂闊に動けないんだ。お前達もマークされてい

ないとは言えないが、今日街中に聞こえそうな声で


 『私達は悪魔を調べてまーす』とか言ってただろう?あれは賢い選択だった。嗅ぎまわる

のがお前達なら、当局も露骨な手の出し方はできまい」


俺は頭を抱えた。


そこらの人間がこの話を聞いても単なる与太話として一笑に付すだろうが、そうするには俺

には思い当たる節がありすぎた。


通報しても適当な現場検証だけで帰って行った警官。


そもそもこんなに大きな犯罪をまともに捜査すらしないのは、いくら財政が火の車だとして

もおかしいじゃないか。


いざとなれば、周りの街や国に援助してもらう事もできたはずだ。


でも、誰も何もしない。まるで黙認しているかのように。


「どうだ?・・・・信じる気になったか?」


こいつの話が本当なら、俺達は国を敵に回した事になる。


俺達は、国と戦わなければならないのか?



俺は膝をついた。恐怖が氷のように全身を舐めていく。

「少し・・・考える時間をください」


男はプッと吹き出した。



「おやおや・・・カノジョの前じゃカッコ付けてたから結構骨のある奴なのかと思ってた

が、


相手がちょっとデカくなってみたら案外もろいボッチャンだったな。」


そしてヘビのような目で俺を見据え、一枚の紙を手渡した。


「新兵器開発課の支部研究所だ。俺達の保護が欲しかったらここを家捜しして結果を出して

見せろ。


ここは今当局による警戒態勢が敷かれている。たとえお前達でも侵入したのがバレたら無傷


では帰れないだろうさ。


・・・さあ、そろそろ車に乗ってもらおうか。お寝坊さんのカノジョと一緒にな」


茜は床に寝転がったまま、静かに寝息を立てていた。


俺は辺りを見回す。俺達の周りには数台のノートパソコンが置かれた机、そしていくつもの

扉があり、他の人間は見当たらなかった。


「・・・何を・・・信じれば・・・」


「・・・・・・・・・・・・」


誰も、答えない。


そして俺達は、再び例の車に乗せられ、拉致された時と同じ場所で解放された。






茜は、意識を取り戻した瞬間、自分が大介に背負われている事に気付いた。


自分の身体にじんわりと、自分以外の温もりを感じたからだろう。


茜は、その温もりに縋りそうになった自分を胸中で叱咤した。


・・・・己の力のみ信じて生きると決めたではないか。


今日はどうかしているのだ。


今日、初めて自分の能力が通じない男に会った。


大介が脅されている間、茜は感覚を精神に集中させ、男の思考・記憶にアクセスしようとし

ていた。


しかし、それはかなわなかった。


茜の能力はわけのわからない巨大な力に真っ向から完璧にはねつけられた上、茜自身がその

力によって脳にアクセスされ、ついには意識を絶たれたのだ。


訳がわからなかった。


あまりに動揺していたのと、じきに意識を失ったために、茜は車のナンバーすら確認できて

いない。


初めて、自分の能力を頼りなく感じた。


自分にはもう、この能力しか残されていないのに・・・。


心細くなった。


怖くなった。


茜は、今だけ、と心に誓って・・・我慢する事をやめた。


目を閉じて、腹や胸に伝わる暖かさを感じる。


別に、この男に気があるわけではない。


しかし、今は誰かをそばに意識する事で安心したいのだ。


勝手なもんだ。


そう自分で思った。


これから自分はまた、大介をうまく騙して誘導する予定だというのに・・・。


『人はひとりでは生きていけない・・・』


月並みなセリフが、聞こえてきたような気がした。






結局、茜が目を覚ましたのは、夜中の12時過ぎだった。


俺は茜に、男が話した事を伝えた。


領土防衛軍云々の話をした時、茜は何か言いたそうな目で俺を見つめた。


きっと、これ以上俺を巻き込んではいけないと思っているのだろう。


しかし、茜はそれを言葉に出す事ができないようだ。


一人になる事を恐れているのかもしれない。


一般人の少女一人で国レベルの組織と戦う事など不可能なのだから。


もっとも、そこに俺一人が加わった所でどうなる訳でもないが。


・・・自らの逃げの論理に吐き気がした。


俺は逃げる気なんてない。あるはずがない。


俺はあの頃の自分とは違うんだ。


そう。あの頃とは・・・・。


俺は、ここ数年ほど笑っていない顔の筋肉を駆使し、茜を安心させようとしたが、無理だっ

た。


俺の顔は、数年ぶりに味わう嫌な恐怖感にひきつっていた。


ただの恐怖ではない。自分のベールを全てはがし、小さくて弱い自分を露呈してしまいそう

な恐怖。


それは俺がこの数年間、最も恐れた感覚だった。


数秒の気まずい時が流れた。


沈黙を破ったのは、茜の問いかけだった。


「大介・・・信じてるの?アイツを」


「・・・・わかんね」


実際にわからなかった。


確かにあの男の話は一見荒唐無稽で馬鹿馬鹿しい与太話に過ぎない。


でもそれだけで片づけるには状況証拠があり過ぎ、また筋も通っている。


「でも一応例の研究所跡には行っといて損は無いんじゃないか?」


するとまた茜が何か言いたそうにし、また言うのをやめた。


しょうがない・・・俺から言わないと・・・。


俺は茜の肩を両手で掴んだ。


「ここからは、前に進むには多少のリスクは負わなきゃいけない。


危険な目にあいたくなきゃ、ここでやめても、俺はそれでしょうがないと思う。どうするん

だ?」


「私はやめないよ。でも・・・気になって」


やめてくれ。


「ほんとは、もっと前から気になってたんだけどね」


言わないでくれ。


「何で大介は・・・こんな危険な事にずっと付き合ってくれてるのかなあって・・・」


俺の弱い心を呼び起こさないでくれ。


俺はまた頭を抱えた。恐怖が、俺の中から何かを引きずりだそうとしている。


沢山の目が俺を見つめる。残忍で、冷酷な目つき・・・。


そんな中、たった一人・・・俺に助けを求める目を向けた・・・・。


俺だけが助ける事ができた・・・。


俺にしかできなかったのに・・・・。


俺は・・・・・。


大きな音がした。次いで茜の悲鳴が聞こえた。一瞬遅れて俺は、自分が机を叩いた事に気付

いた。


頭が割れそうな程痛んだ。


「俺は・・・もう・・・逃げたくないんだよ・・・」


胃が締め付けられるような感覚に陥る。


記憶がよみがえってしまった。


心の奥底に固く封印していた記憶が・・・。


「もう・・誰も・・・裏切りたくないんだよ・・・」


涙が溢れる。


後悔という名の刃が、俺の心を刺し貫く。


「もう・・・もう・・・」


顎が震える・・・


俺は人と関わりたくなかった。


人は関わり合い、お互いを知り、やがて裏切り別れる。


結局はお互いに深いキズを負って、後悔の内に別れていくのだ。


12歳の時、俺はそれを学んだ。


そしてもう、人と関わらないようにしようと・・・ひとりで生きていこうと・・・


そう思っていたのに・・


「もうひとりになりたくないんだよおおおっ!」


まだ誰かと一緒にいたい俺がいた。


茜に悪魔探しに引っ張り込まれ、共に調査をし、共にいろんな目に合って、


・・・どこかでそれを幸せに思う俺がいたんだ。


「だ・・・大介・・・」


茜が俺に声をかける。


こんな俺を、茜は心配してくれる。


頭が痛い。吐き気がする。


意識が遠くなって行くのを感じた。


俺は抗わず、そのまま眠りに落ちて行ったのだった・・・。

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