第66話 決戦【後編】
――フェリア王国・聖刻の谷、最深部
十二凶を失った地下は、なおも脈動していた。その奥、黒曜石の階段を降りた先に、魔の王が待つ場所がある。
そこには、魔王と呼ばれるべき存在の玉座があった。全身が影のように黒く、瞳は一つだけ、その下には大きな口がある。
人型、に近いフォルムだが、全身から溢れる負の魔力と、オーラで間違いなく人とは相入れない存在であると感じられる。
「……来たか。愚かなる者ども」
闇の奥で、声が響く。人でも獣でもない。その声だけで空気がひび割れ、玉座の魔族、その全てが脈動を始めた。
ミクス、リーネ、シエラ――三人は黒い霧を払いながら、ゆっくりと前へ進む。
「ここが……」
「……ようやく、顔を見せたか」
「魔王。久しいのぉ」
リーネが言った瞬間、闇が蠢く。黒い腕が無数に伸び、天井まで届いた。
「貴様……リーネ。災厄の魔女……貴様が我を殺した! 我はその恨みを忘れぬ!」
「そうじゃったな。妾の炎で、骨まで灰にしたはずじゃが……しぶといのぉ」
その会話の最中にも、魔王の瘴気は空間を満たしていく。壁が黒く腐り、石が灰となる。
その一歩一歩が、世界を喰らう。ミクスは息を整え、ポーチからもう一本の瓶を取り出した。
【超・アンリミテッド薬】――体内の魔力を焼きながら、全能力を上限突破させる薬。
すでに限界まで使っているが、ここから先は限界の上だ。
「……行こう。これで終わらせる」
リーネが頷く。シエラも、静かに手を地へとついた。
次の瞬間――。
地面が呼吸した。地表が隆起し、木の根が何十本も伸び上がる。幹は岩より太く、枝は槍のように鋭く、無数の蔓が生き物のように蠢く。
まるで大地そのものが、彼女たちの味方になったようだった。その木々が、魔王の配下として、待機をしていた魔族たちを次々と貫いていく。
枝が首を絡め取り、根が足を締め潰し、幹が敵を飲み込む。血ではなく、魔力の霧が吹き出し、地面に吸い込まれていった。
「……やはり、お主は規格外じゃな」
「当然です。ミクスさんと一緒に、戦ってきましたから」
リーネとシエラが微笑み、再び両腕を広げた。森が咆哮したかのように空気が震える。
地上を覆っていた森が、地下にまで広がっていく。木が壁を貫き、床を割り、天井を突き上げる。
聖刻の谷の地下全域が、緑の牢獄に変わった。
魔王は低く笑った。しかし、どこか焦りの声を感じさせた。
「相変わらず、無茶苦茶だ……だが、魔女だけでなく、その酷似した存在も同レベルとはな……」
「焦っておるな。奇襲が功をなした」
ミクス達は唐突に、谷へと姿を現して攻撃を開始した。魔王も攻撃が来てから、一番最初に攻撃を受けたわけではない。幹部達が最初にミクスに襲いかかったからだ。多少の時間の猶予があった。
しかし、ミクスは数秒で幹部を蹴散らし、玉座まで辿り着いてしまった。これでは、魔王も余裕がなくて当然だった。
「下賎な人間如きがッ」
瘴気の海が吹き荒れた。魔王はあらゆるスキルを保有している。魔王は今までの中で、最も強い魔族であることはいうまでもない。
【魔王のスキル一覧】
【攻撃力強化】【防御力強化】【魔力増幅】【魔力吸収】【魔力再生】【瞬間再生】【瘴気汚染】【超攻撃特化】【全属性耐性】【物理耐性上昇】【防御結界展開】【結界強化】【闇の槍生成】【闇弾乱射】【闇波拡散】【攻撃防御上昇】【状態異常反射】【精神支配拒絶】【全身支配】【自己時間加速】【攻撃感知】【瞬間転移】【魔力増強】【魔法吸収】【魔族召喚】【魔族強化】【魔族超強化】【絶対防壁】【自動防御】【自動再攻撃】【全ステータス強化】【全ステータス超強化】【全ステータス超絶強化】【全属性魔法】【全属性魔法強化】【魔法威力二倍】【魔法構築速度三倍】
持っているスキルの量も他の魔族の比ではない。【十二凶】はたった一人で国を滅ぼす力を、持っていた。
しかし、あれらは全て魔王と呼ばれる存在が生み出している。魔王に渦巻く、オーラを感じて、ミクスは気を引き締める。有利な状態ではあるが、間違いなく、相手は最も強い魔族。
「これが……魔族の王の力か」
ミクスが呟く。
「……人間ごときが、我に勝てると思うな」
瘴気が集約され、巨大な腕が地を割った。黒い巨掌が三人を押し潰さんと迫る――が。
地から伸びた根が、空を突き破り、その腕を貫いた。木の鱗のような根が何十も絡み合い、魔王の手首を締め上げる。
骨が砕け、瘴気が漏れ出す。
「リーネ、頼む」
「言われずとも」
木々が一斉に咆哮した。地面から森が爆発的に成長し、魔王の胴体を貫く。それでも再生する魔王の体――裂け目から新たな腕が生える。
「再生が追いつくか……!」
ミクスは、魔王の脅威的な再生能力を見て微かに驚く。だが、それで萎縮することはなく、攻撃の手を緩めない。
(奇襲をしたことで、逃げる手を潰せたのが良かった。谷の上でもたついてたら、逃げられていたかもしれないしな。ただ、ここからも、逃げようとすることも想定しないと)
(リーネが、魔王は短い距離なら、転移ができると言っていた。いきなり外に出られるとかはないとは言っていたけど、移動されることも加味して戦う)
「【粗悪な剣】――生成」
無数の鉄が空中で錬成され、瞬時に刃へと変わる。ミクスは木々の間を疾走し、次々と魔王の体を切り裂く。
剣閃が走るたび、闇が裂かれ、瘴気が噴き出した。
「人間……ッ!」
魔王の叫びが響く。炎、水、雷、あらゆる魔法がスキルで生み出され、ミクスの元に発射される。
だが、ミクスは止まらない。どんな魔法であるが――二剣は正確に核を狙う。そして、魔法は霧散する。
リーネが大地を叩く。木の根が壁を突き破り、魔王の背を縛る。シエラが手を伸ばし、花弁を吹かせた。
「シエラ、根を引け!」
「はい!」
根が動き、魔王の胴体を引き裂いた。かに見えた。しかし、次の瞬間には、シエラの後ろに移動をしていた。
「シエラ、後ろ!」
「分かってます!!」
──瞬間移動。
距離は五メートルほどだが、魔王は瞬時に移動することができる。だが、その間合いはすでにシエラによって読まれていた。
そのまま、後ろに向かって彼女は回し蹴りを放ち、魔王を吹き飛ばす。
「この、威力ッ」
防御をしたはずなのに、魔王の身体は勢いを殺しきれない。
「……リーネ、今のが瞬間移動か」
「うむ、じゃが、あの程度の間合いなら問題ない」
リーネはそう語る。そして、ミクスも魔王の間合いを見切っていた。瞬間的に移動するとしても、それを覚えていれば問題がなかった。
そして、再びミクスが構えた。
「リーネ、シエラ、スキルで攻撃をしてくれ。俺が突っ込む」
「うむ」
「はい」
シエラとリーネが再度、大地に手を触れる。その瞬間、木が再度生成され、もともとあった木々が動き出し、魔王の身動きを封じる。
そして、二剣が光を放つ。
一閃。二閃。三閃。
斬撃の音が雷鳴のように響き、核が次々と砕けていく。魔王が絶叫した。瘴気が荒れ狂い、地面が陥没する。
「な、なんだ、この剣速はッ。さっきまでは抑えていたなッ」
「そっちの、力を測ってたんだよ。攻めきれば勝てる確信ができるまで」
──今までの速さは、八割、不測の事態であっても動ける程度の余力を残していた。
「やめろおおおおおッ!! 貴様さえいなければ! この世界は我がものだったッ!」
ミクスは、次々と剣で切り裂いていく。血と瘴気を浴びながら、最後の剣を振り下ろした。
闇が、光を吸いながら崩れていく。玉座の近くのの柱が音を立てて崩壊し、瘴気が霧散した。
長く続いた黒い鼓動が――ついに止まる。魔王の身体が崩れながら、最後に呻く。
「……我は……また、復活し……」
その声も、風に溶けた。大地を覆っていた闇が晴れ、静寂が戻る。ミクスは深く息を吐き、剣を地に突き立てた。
全身から蒼い煙のような魔力が抜けていく。
「……終わったか」
ミクスはシエラがゆっくりと近づく。その頬には汗と涙が混じっていた。リーネも隣に立ち、無言で空を見上げる。
「……しかし、油断はできぬ。魔王は復活を一度しておるからの。他の魔族も、根絶やしにしないとまた生まれる可能性があるからの」
「そうだな。魔族の姿を明かす薬とかもそのうち、他国に流通する。そうなれば、復活も出来ないだろ」
天井の穴から、光が差し込んだ。地下とは思えないほど澄んだ、柔らかな陽光。ミクスの頬を照らし、三人の影を伸ばした。
「……やっぱり、お主は大した男じゃの」
リーネが笑う。
「当然です。私の彼氏ですから」
シエラも負けじと腕を絡める。ミクスは苦笑して、剣を抜いた。地面に刺さった【粗悪な剣】が崩れる。
「これで……一段落だな」
誰も反論しなかった。ただ、三人は静かに歩き出す。帰りの道筋、三人は笑顔で溢れていた。




