第65話 決戦【前編】
――フェリア王国、北方。
聖刻の谷
強力な魔物が存在し、開拓が一切進んでいない場所だ。空を裂くような黒雲が渦巻き、谷底には巨大な地下室が存在している。
吹き荒ぶ風は氷のように冷たく、肌に当たるだけで切り裂かれる。大地は脈動し、瘴気が立ち昇っている。
「……これが、魔王の拠点」
谷を見下ろして、俺は息を呑んだ。圧力が空気そのものを歪めている。隣ではリーネが腕を組み、険しい顔をしていた。
「……空気が澱む場所じゃ」
シエラは両手を胸の前で組み、静かに頷いた。
「……気配が多すぎます。相当な数の魔族が集結していますね」
俺たちは三人。そして己の決意でここに来た。この谷を越えれば、全てが終わる。
俺はポーチから銀の瓶を取り出した。瓶の中で淡い蒼光が揺れる。
【超・アンリミテッド薬】――魔力を代償に全能力を限界突破させる、薬だ。改良に改良を重ねて、これを完成させた。
魔力の消費量は、以前と比べ物にならないがその分効果も上がっている。
突入前、俺は瓶の蓋を外す。喉を焼くような蒼い液体が流れ込み、全身を走る。
瞬間、世界が変わった。視界が広がり、心臓の鼓動が明確に聞こえる。体の奥で、何かが解き放たれる感覚。
「……行こう」
三人で谷底に降り立つ。地面の裂け目から、黒い手が無数に這い出した。異形の魔族どもが呻き声を上げる。
「右側、任せた!」
「了解じゃ!」
「私が左を抑えます!」
リーネとシエラがそれぞれ、魔族に対して攻撃を開始する。二人とも木の剣を作り出し、魔族を切り裂いていく。
俺はその中心で、錬金の光を生み出した。
「【粗悪な剣】――生成」
鉄を錬金し、即席剣を両手に。その一振りが、十体の魔族を灰へと変える。
だが――その時だった。
空気が、凍りついた。霧の奥から、十二の影が現れる。圧倒的な気配。
それは、今までの魔族とは明らかに格が違った。十二の影は、静かに歩み出てくる。その中央から、低く響く声。
「……止まれ、侵入者。我らが王のもとに行かせるわけにはいかん」
十二の幹部、確かに他とは違うほどの強さだけど……今の俺も薬で強化されてるからな。
今の俺の敵じゃないな。
……ここで、カッコよく余裕で倒したらシエラに良いところ見せられるかもな。リーネにも、せっかくだし、かっこいい場所見せないと。
◾️◾️
──ミクス達の目の前に現れたのは十二体の魔族。それは、魔王軍幹部最強の、【十二凶】と言われる存在。
シエラ、リーネ、ミクスによって、七体倒せれたが、魔王によって再度七体補充された幹部。
強さも、以前より上がっている。
──それぞれが、一体で国を滅ぼせるほどの強さを保有している。
【ライゼル=オルド。獅子咆戦王】
黄金の鬣を背にまとい、全身を黒鋼の鎧で覆う巨漢。その一歩ごとに地が沈み、戦場が震える。
彼の咆哮は音そのものを武器とし、衝撃波として全方位を破壊する。
【戦場を支配する咆哮】――ただ声を上げるだけで、百の兵が気絶する。
彼は戦場の王。百戦百勝の戦神。その力は、獅子が王と呼ばれる所以そのものだった。
【セレイナ=ヴァルグ。氷蛇凍界妃】
白銀の髪、透き通る氷の肌。冷気が纏うだけで霜が大地を覆い、息をするだけで世界が凍る。
指先を一つ動かせば、空気中の水分が氷刃へと変わる。そして、その氷刃には魂を凍らせる呪いが宿っている。
彼女は「触れずに殺す女」と呼ばれる。その笑み一つで、戦場の温度が零度を下回る。
【ヴァル=ギアス。紅竜の将】
全身を紅蓮の鱗に覆い、双翼を広げれば嵐が巻き起こる。灼熱の吐息は、山をひとつ焼き尽くす威力。
災厄の象徴――古の竜種が進化し、魔王に忠誠を誓った竜人。燃える拳で地を殴るだけで、マグマが噴き出す。
戦場の彼はまさに生きる災害。その咆哮は大地を裂き、魂を焦がす。
【スコラ=ナーディア。蠍刃の処刑者】
黒衣に包まれた女処刑人。腕の先に装着された双の毒刃――蠍の尾を模した刃が、鈍く紫に輝く。
その毒は、命だけでなく記憶までも蝕む。戦いの跡には、屍すら残らない。
ただ誰かがいたという感覚だけが世界に残るのだ。
【リヴァス=ミール。双魚の幻影】
双子のように分裂し、現実と幻の境を泳ぐ男。その姿を捉えることは不可能。
十重二十重に映し出される幻影は全て実体を持つ。まるで無限の自分が存在するかのように敵を翻弄する。
彼の槍が掠めただけで、相手は幻の海に沈む。
己の幻影に溺れ、狂気に陥る――それが彼の戦い方だった。
【リシェ=ノア。天秤の剣姫】
天秤の紋章を背負う銀髪の剣士。片手に正義の剣、もう片手に断罪の刃。
斬撃の一つひとつに「重さ」が宿る。
相手が犯した罪や欲望を量り、その罪の分だけ剣が重くなる。ゆえに彼女の一撃は、王をも潰す重さを持つ。
彼女の存在はまさに秩序の死神だった。
【トゥラン=オド。牡牛の巨兵】
高さ十メートルを超える岩の巨体。全身を覆う魔鉄の鎧は山をも凌ぐ重さを持つ。
大地の加護を受けし存在であり、あらゆる攻撃を通さない。その一歩で地震が起き、その拳で城壁が粉砕する。
物理的な防御では、誰も彼を超えられない。
それが地鎧王の名の所以。
【アクエラ=シルム。宝瓶の術士】
蒼のローブに身を包み、水と星の魔法を操る老賢者。彼の詠唱は天気と同調し、ひとつの詠唱で都市を沈める。
その術式は、もはや魔法という概念を超えている。
【ジーク&ゼーレ。双子の暗殺者】
まったく同じ顔が、二つ、それが一つの胴体に備わっている。黒い外套を翻し、息を合わせて動くその姿は影そのもの。
常に二つの魔法を使い、いくら傷をつけても無限に再生し、同時に攻撃を行う。しかも、それぞれが単体の力に最高峰の力を持っている。
【ゴルヴェイン。山羊の異端僧】
無数の腕を持つ異形の修道者。その掌から放たれる祈りは呪詛そのもの。聞いてしまうと魂が溶けてしまう。
生きる気力を無くして、自分で死を選ばせる魔法。ゆえに、彼の敵は皆、祈りながら絶命する。
【アルメリア。射手の剛弓】
黒翼を持つ天使のような女弓手。放たれる矢は光速を超え、空間を裂いて飛ぶ。
一矢放てば、地平線の彼方まで撃ち抜く。その矢に宿るのは星の意志とすら言える。
かつて彼女の矢一つで、王国ひとつが焼き消えたと言われる。
【ルクシア。乙女の守護者】
純白の鎧を纏い、聖なる盾を構える。防御こそが彼女の信条。その盾は、いかなる魔法も物理も通さない絶対防壁。
同時に、彼女の存在は魔族の不滅の象徴でもあった。十二凶の中で唯一、他者を守ることに誇りを持つ者。
――ゆえに、彼女の崩壊は、十二凶の終焉を意味する。
──十二人が集結した瞬間、ミクスはすぐさま【粗悪な剣】を二本構える。
瞬間、ミクスは地を蹴った。疾風のごとく十二凶の只中へ突っ込む。
刃が唸りを上げる。世界が一瞬遅れてついてくるような加速。
【ライゼル=オルド。獅子咆戦王】が吠える。
「ガアアアアアッ!!!」
その咆哮は山を揺るがし、空気を爆裂させた。だが――ミクスの剣閃が、音を斬った。耳を貫く衝撃波が掻き消え、ライゼルの喉元に鋼が走る。
血飛沫すら上がらない。一閃。沈黙。次の瞬間、巨体が膝を折り、首を失って崩れ落ちた。
「……一体目」
ミクスの声は氷のように冷たい。
氷霧の中から、【セレイナ=ヴァルグ。氷蛇凍界妃】が現れる。
白銀の髪が舞い、瞬く間に地面が凍結する。空気中の水分が刃と化し、数千の氷蛇がミクスを貫かんと襲いかかる。
だが、その全てが――鉄の閃光で弾かれた。
「遅いな」
ミクスが振るった剣が、氷も蛇も女王もまとめて粉砕した。氷の女王は散りゆく欠片の中で微笑む。
「……美しい、力……」
その言葉を残して、氷塵となる。
次に炎が唸りを上げた。
【ヴァル=ギアス。紅竜の将】の拳がマグマを生む。大地が赤く燃え、彼の咆哮が空を焼く。
だがミクスは恐れず踏み込んだ。灼熱をものともせず、二本の鉄剣が赤光を裂く。
竜将が放った拳が空を裂く瞬間――ミクスの剣がその腕を切り落とした。次の瞬間、心臓へ。
火竜の咆哮が絶叫に変わり、巨躯が爆散した。
黒い霧が走る。
【スコラ=ナーディア。蠍刃の処刑者】が毒刃を閃かせ、背後に回る。
「見えた」
ミクスの剣が一閃。斬り結ぶことすら許されず、処刑人の体は三つに裂けた。幻影が渦巻く。
【リヴァス=ミール。双魚の幻影】が現れた。
十重二十重の幻が囲む。だがミクスはすぐさま全てを把握する。
「幻か……」
爆風が轟く。剣を地に突き、【爆破役】を投げ放つ。爆炎が幻影を一掃した。
実体のリヴァスは、剣が喉を裂いた瞬間、自分がどれだったのかも分からず消えた。
続くは銀髪の魔族剣士――【リシェ=ノア。天秤の剣姫】。
彼女は罪の重さを量る剣を振るうが、ミクスはその一撃を受け止める前に、すでに魔族を切り裂いていた。
「……さて、次だ」
ミクスの双剣が交差し、彼女の剣を砕く。魔族剣姫が驚愕のまま光の粒子となって消えた。
【トゥラン=オド。牡牛の巨兵】の巨拳が迫る。その拳を、ミクスは見上げることなく受けた。
轟音と共に爆風が走るが、ミクスの足は動かない。巨体の腕を、輪切りにし、全身も切り裂いた。
「……血が汚いな」
巨兵の体が崩れ、粉塵となって風に溶けた。
そして、嵐の詠唱が轟く。
【アクエラ=シルム。宝瓶の術士】の杖が空を裂く。
無数の水の槍が空間を貫くが、ミクスは一歩も引かない。鉄の剣を振るい、水流を真っ二つに裂く。
術士が目を見開いた瞬間、胸に鉄剣が刺さる。
「魔法よりも、純粋な……力か……」
その言葉と共に崩れ落ちた。闇を裂いて舞う影。
【ジーク&ゼーレ。双子の暗殺者】が四本の刃で襲う彼らの動きは速く、残像すら見えぬ。だが、ミクスの二刀がそれを上回った。
「剣四本でも、俺の敵じゃないな」
次の瞬間、二つの頭が宙を舞った。
──祈りが聞こえた。
【ゴルヴェイン。山羊の異端僧】の祈声が魂を侵す。
だがミクスはその声にすぐさま反応し、攻撃を開始する。
「詠唱遅い」
鉄剣を一本、投げつける。それにより、魔族は頭蓋骨を貫通し、頭が吹き飛んだ。それにより祈りを断ち切り、異端僧は灰と化した。
弓音。光の矢が放たれる。
【アルメリア。射手の剛弓】の矢は音速を超えた。だがミクスの空いた片手で、その矢を掴み取った。
そして――投げ返す。
音を超える速さで放たれた矢が彼女の胸を貫いた。最後の一人。
【ルクシア。乙女の守護者】。純白の盾が光を放つ。
「これだけは通さぬ!」
だが、ミクスは踏み込む。その剣が盾を裂き、聖なる防壁が砕け散る。
「ちょっと、通るな」
一閃。白の乙女が光の粒となり、静かに散った。
──沈黙。
残った魔族たちは恐怖に震えた。十二凶。魔王軍最強の守護者たち。その全員が、わずか数秒で倒されたのだ。
風が止む。ミクスが魔王の待つ方角を見据える。
「……次に行こう」
その背を、シエラとリーネが見つめていた。リーネは目を見開き、唇を震わせながら呟く。
「……あれが……妾の、男……? いや、それにしても、強すぎではないか? 妾の方がステータス上と思っておったが……? 薬で大幅にステータスをおあげておるのか
」
シエラも息を呑んだまま、顔を赤らめる。
「……かっこよすぎます……。しかし、強すぎますね。もう、ミクスさん一人で……いいのでは……」
二人の声は風に混じって小さく響いた。魔族たちは戦意を失い、ひれ伏すように後退していく。
ミクスは振り返り、軽く笑う。
「さて――あとは、魔王だけだな」
彼らは魔族の王、魔王が待つ場所へ向かって歩みを進める。




