第62話 告白
──あれは、本気の目だった。
リーネが言ったあの言葉――
「ミクス、お主が妾のモノになれば良い」
最初は冗談だと思った。いつもの軽口。毒気交じりの冗談。それを言っているだけだと思っていた。
でも、すぐに気づいた。
あの時の彼女の目が、表情が……シエラが俺に告白してきた時のそれと、まったく同じだった。
流石に俺でも、あれが本気であるとは分かるだろう。
それに顔が似てるだけではない、そんな表面的なもんじゃない。目の奥に宿る、真っ直ぐすぎる光。
あれは――誰かを本気で好きになった時のやつだ。シエラに告白をされてから、俺はそう言うのが分かった。
つまり……リーネは、俺に本気ってことだ。……どうしよう。いや、マジで。
心臓が跳ねた。
そう、正直に心臓がドキッとしたのだ。
だって俺には、もうシエラがいる。しかも、毎晩あんなに愛を深めている。それなのに、リーネの言葉を聞いた瞬間、心臓が反応した。
バカか俺は。
浮ついてくとか、論外だろ。相手がいるのにさ。でも、言い訳をするのなら、シエラと顔がそっくりだからなのだ。
毎日、愛している相手の顔が浮かぶ。控えめに言っても絶世の美女だからね、どうしても、平静を保てなかった。
リーネは頬が少し赤くて、視線を逸らしながら、それでも俺を真っ直ぐ見つめてくる。
普段は妾だの滅ぼすだの言ってるくせに、今は年頃の娘そのものじゃないか。あれ、可愛い。
「……リーネ、その……本気で言ってるのか?」
「妾が冗談を言うと思うか?」
「いや、それは……」
言葉が詰まる。どうしよう。これは、あれだ。完全に告白されたけど断るしかないやつだ。
「リーネ、気持ちは嬉しい。ほんとに。でも……俺にはもうシエラが――」
そこまで言った瞬間。背筋を刺すような殺気を感じた。具体的には俺ではなく、リーネに対してだ。
「――リーネさん」
背後から聞こえる声に、全身の血が凍る。振り向くと、扉の前に――
寝巻き姿のシエラが立っていた。微笑んでいる。……けど、目が笑ってない。
「……おう、シエラ」
「ミクスさん、リーネさんに話があるので、少し、お邪魔しますね」
笑顔なのに圧がすごい。背後のリーネも固まっている。この世界の最強クラスの圧が場を支配している。しかし、リーネも最強の人間。圧に怯えることはないようだ。
「……リーネさん」
「……なんじゃ」
「その人、私の彼氏なんですけど」
「そうじゃな」
「それなのに、告白するんですね」
「世界を滅ぼさない代わりが欲しいと思っただけじゃ」
淡々と会話する二人だが、俺には分かる。これは……完全に修羅場だ。なんで俺、こんな青春ラブコメみたいな状況に放り込まれてるんだ。
多分、この二人は魔王とかよりよっぽど怖いんだろうな。
「妾は……その男が欲しい」
お、おう、リーネがそんなはっきりと言うとは。いや、でも、俺はシエラの彼氏だしな。断るべきだろう、ただ、今は二人の圧がすごくて会話に入ってはいけない。
ふっ、情けないぜ。
シエラは目が笑ってないし、リーネはちゃんと顔が赤くて照れてる感じだし。
……どうすりゃいいんだよ、これ。
沈黙が流れる。
しかし、その場を支配していた冷たい空気が、ゆっくりと和らいでいく。先に口を開いたのは、シエラだった。
「……ふふっ。しかし、リーネさん、センスありますね」
「……センス?」
「ええ。ミクスさんを好きになるなんて、見る目があります。私の彼氏は、――とても素敵な人ですから」
おいおい……照れるなぁ。
シエラはそう言って微笑むと、リーネの方へと一歩、近づいた。その瞳は、先ほどとは違い、優しくも強いだ。
「でも、それはそれとして――渡しませんけどね」
その言葉には、柔らかい笑みと、鋼の意志が同居していた。
「……彼氏だからの、当然じゃな」
「当たり前です。リーネさん、可愛いけど、これは譲れません」
シエラは胸の前で腕を組み、軽く顎を上げた。その姿は、まさに恋の正妻ポジションというやつだ。
「似てると思ってました。私とあなた。顔も、声も。でも……それだけじゃない。多分、ミクスさんを好きになる予感はしてたんです」
「……なんとなく、妾もそう思っておった」
「ですよね。だって、ミクスさん、他の人にはない魅力ありますし、放っておけないタイプですもん。好きになる人、出てきてもおかしくない。でも、特にリーネさんは、そんな気がしました」
「ふん……見透かされておったか」
リーネは俯きながら、小さく呟いた。その頬には、まだほんのりと赤みが残っている。
「妾は……ミクスと出会い、お主とミクスの関係性を見ておった。笑っている時も、少し喧嘩の雰囲気がある時も、喧嘩したかと思ったら、すぐ仲直りして、夜に愛し合うところも」
「……」
「一緒に飯を食べ、街を歩き、魔族と戦い……ずっと、ミクスの顔を見てきた。黒髪青目の偏見を、命を懸けて払拭しようとする姿を見た。その隣には、いつもシエラが追った。その、シエラに……妾は自分の姿を重ねておった」
言葉の一つひとつが、真剣なのが伝わる。。
リーネは、年齢的にはかなり年上。
しかし、彼女はそう言った感情を知らずに生きていた。それは、シエラと同じなのだろう。そんなリーネから、好きだと言われると嬉しい気持ちになるのは間違いない。
シエラも自分と同じであると思ったんだろう。シエラは、しばし黙っていた。そして、やがて小さく息を吐いた。
「……確かに、ミクスさんの、優しさと真っ直ぐさに惹かれる気持ちは、わかります」
「――」
「なんだか、似てる気がしますから。私とリーネさんは。でも、私はミクスさんを独占したいと思ってます……でも、似てるからこそ、分かります。多分、ミクスさんよりステキな人は今後、現れないでしょう。だから、そんな状態になってしまうリーネさんが可哀想だと、思います」
お、おぉ、シエラだいぶ褒めてくれるな。
「だから、迷っています。かと言って、私が彼女ですし……ミクスさん、双子のご兄弟とかは?」
「あ、居ないな」
「ですよね」
悪いな。一人っ子なんだよ、それに多分今後弟とかもできる予定もないだろう。一家全部、家事で離散してるしな。
まさか、俺に双子がいたら、それとリーネをくっつけようとしてたのか?
流石に冗談だと思うけど……そこで、リーネが再び口を開く。
「……妾は魔王の居場所を妾は知っておる」
「え?」
「以前にも言ったが、放置しておった。しかし、もうよい。ミクスが居るのなら、倒すのも悪くない」
「……!」
突然の宣言に、俺とシエラは息をのんだ。リーネは続ける。
「それに、世界も滅ぼさん。お主らと居て、ようやく分かったのじゃ。妾は、この世界をまだ嫌いきれぬと」
「リーネさん……」
「これは交渉じゃ。魔王も、魔族も全部滅ぼしてやる。妾は世界で最も強い。必ず役にたてるはずじゃ」
「確かにそれは分かっています」
「そして、妾は一番になれぬのは分かっておる。じゃが、それでも……二番でも良い。そばに居たいのじゃ」
その言葉は、どこまでも静かで、どこまでも真っ直ぐだった。シエラは目を閉じて、少し考えるように息を吸った。
いや、二番目って、そう言う選択肢はありなのか?
「……魔王、ですか」
「うむ。奴はまだ完全ではない。だが、動き始めておる。妾と、シエラ、ミクスがおれば確実に倒せる。それで妾は二番目でも良いから、一緒に居たい、それが妾が提示する条件じゃ」
完全に俺が蚊帳の外になってしまったが……今は二人でずっと向かい合ってるんだけど。
「リーネさんのこと、嫌いじゃないです。むしろ、ちょっと特別かも。似てるし、憎めないから」
「……ふむ、ならば妾もお主のことは嫌いではない。むしろ好ましい」
――なんだこの会話。
恋敵なのに、どこか穏やかで、暖かい。シエラは、ふと俺の方を向いた。その瞳に、ほんの少しだけ迷いの色がある。
「……続きは、明日話しましょう。今日は、頭を冷やした方がいいです。でも、私の中では明日までに答えを出します。ミクスさんも、リーネさんを考えてみてください」
「ああ……そうか」
シエラがそう言うが……その言い方だと二股でも良いってことなのか?
そして、話は一時的に終わり、寝室に戻った。しかし、そこで、リーネが慌てて口を開いた。
「ま、待て。妾も一人は寂しい。毎晩、一人な気がして、それが嫌じゃ。だから――」
「だから?」
「……お主らと一緒に、寝ても良いか?」
「は?」
「え?」
部屋の空気が一瞬で固まる。
「べ、別に何もせぬ! ただ、一緒に居たいだけじゃ!」
「だ、だめです! 何言ってるんですか!」
「ミクスの隣に寝るだけじゃ!」
「それがダメなんですってば!」
リーネの顔は真っ赤だ。シエラも同じく顔を赤らめながら、両手を広げてミクスの前に立ちはだかる。
「ミクスさんの隣は、私の特等席なんです!」
「むぅぅ……じゃあ、間に入ればよかろう!」
「だめです! その間が一番危険なんです!!」
……なんだこの可愛い修羅場。
魔王復活して、割と殺伐するのが普通なんだけど……俺の部屋だけ世界一平和だ。
結局その夜。
白百合の館の寝室では――
俺の両脇を、リーネとシエラが固めるという、人生最大の危険地帯が完成した。リーネは照れくさそうに背を向け、シエラは俺の腕をぎゅっと抱きしめ、眠りについた。
「──ミクスさん、私はリーネさんなら、お付き合いしても良いと思ってます」
──次の日、シエラに俺はそう言われて目を見開いた。




