第60話 ローション
──翌朝。
俺は早朝から、王子殿下に面会していた。
「……つまり、魔族にだけ反応する薬を、日用品として流通させたいと?」
「はい。【ミエルーバの薬】を改良して、皮膚接触型にする予定です。見た目はただのローション。ですが、魔族に触れた瞬間に反応して変色し、魔力を焼くように設計します」
王子は目を細めた。その後ろで、宰相のような男が「危険では……」と小声で呟くが、王子はすぐに首を振った。
「いや、理に適っている。民に恐怖を植えず、同時に見分け、対抗する術を与える。交配接触を目的とする魔族も、これがあるとなれば、動きが止まる。まさに秘策だ。ぜひとも、錬金スキルを持つ者を集めさせてもらう」
「感謝します。素材とレシピについては、私の方で準備します。先ずなのですが、王都の外での生産が必要ですので、領地の一角をお借りできれば」
「手配しておく。……君の働きは、凄まじい功績だ。これならば、黒髪青目の偏見の払拭だけでは足りない気がするな」
「恐縮です。しかし、私としてはその」
それから数時間のうちに、驚くほどの速さで事が運んだ。
王子直属の近衛団が護衛に付き、錬金術師志望の若者や従者が数十人集められた。
そして、目的地は――王都から少し離れた西方の荒地。
草も生えぬ乾いた大地。
だが、ここなら実験をしても誰にも迷惑はかからない。
俺は大地の上に立ち、冷たい風に吹かれながらシエラの方を見た。
そして、レオン王子は疑問の声を上げた。
「ここが例の畑予定地だ。……本当に、ここで植物を作るのか?」
「はい。ミエルの実を、この地で大量に生産します」
王子の眉がぴくりと動いた。リーネは腕を組み、まるで当たり前のように鼻で笑う。
「ふん、このくらい余裕じゃろう。まぁ、王子は腰を抜かすであろうがの」
俺が苦笑すると、シエラは小さくうなずき、両手を地面にかざした。
風が止まる。空気が一瞬だけ震えた。
──そして。
「えいっ」
その瞬間、地面が光りだした。まるで夜明けのような柔らかな光。
荒地が波のようにうねり、光の筋が地表を走る。土の下から芽が吹き出し、一瞬で葉を広げた。
みるみるうちに草原が生まれ、さらにその中から青紫の果実が無数に実る。
まるで、砂漠が一瞬で楽園になったかのようだった。
「な、な……なんだこれは!?」
「一瞬で……あの荒地が森のように……!」
「こ、これがただのスキル!? いや、これはもはや神の領域だろう!」
護衛たちがざわめく。王子も思わず口を開け、目を見張ったまま立ち尽くしていた。
「これが……シエラ殿の力なのか?」
「はい。スキルの力です。スキルで種を蒔いた状態と同じようにし、対象領域を一気に活性化させ、植物を人工的に成熟させる仕組みです」
俺が説明すると、王子は乾いた笑いを漏らした。
「……はは、な、なるほど。ミクス殿から聞いてはいたが、これは実際に見ると驚かざるをえないな」
シエラは王子から褒められるが、
「お褒めいただけて光栄です。でも、全部ミクスさんのおかげです。ここまで進化、出来たのもミクスさんが居てくれたから、なんです」
「ふむ、ミクス殿」
そんなやり取りをしながら、俺は収穫されたミエルの実を一つ手に取る。見た目でわかる、これは錬金で十分使える。
「これは、純度が高いんです。錬金として、これなら十分使えるんです」
俺はその場で簡易器具を取り出した。王子が不思議そうに見てくる。その中には既にピンク色の液体が入っている。
「なにをするつもりだ?」
「試作品の調合です。今朝話した、魔族にだけ効果のあるローションの初期版を既に作って持ってきました」
護衛たちが息をのむ。作り方は単純、俺は果実を潰し、エキスを抽出。その他、色々加えたりするだけなんだが。
まぁ、取り敢えず見てもらおうかな。
「……どうぞ。魔族が触れると溶ける、ローションの試作品です」
王子が目を細めた。その横で護衛の一人が、冗談めかして手を挙げる。
「試すって……まさか、誰かに塗るんですか?」
「そうだな。とはいえ、魔族はいないはず――」
そう言いかけたとき、リーネが小さく口を尖らせた。
「ふむ、護衛集団の中に、一人魔族がおるようじゃの」
リーネがにやりと笑う。王子と護衛が一斉に構えたが、彼女は一瞬のうちに、消えて、無理やり顔にローションをかけた。
──すぐさま、その騎士は大声をあげてその場に、倒れ込んだ。
──数秒後。
倒れた兵士の顔が、じゅうっと音を立てて変色していく。皮膚が溶け、黒い煙が立ち上ると、その下から異様な光が漏れた。次の瞬間、肉体が砕け散るように崩れていく。
――崩れ去る前に、顔から角が生えていた。それを一部の護衛は目撃する。
「ま、魔族だったのか……!」
「まさか……護衛の中に潜んでいたとは……!」
王子が歯を食いしばり、宰相が青ざめる。しかし、その恐れていた肉体も、一瞬のうちに掻き消えた。
跡には何も残らない。
「……死んだ、な」
「な、なるほど。本当に魔族に聞くのか……」
ミクスの薬が本当に効き目がある物であると、王子は感じた。そして、魔族がこんな近くまで入り込んでいた事への恐怖もあった。
だが、護衛の一人が怯えた声を上げる。
「ま、待ってください! 本当に人間には害がないんですか? 今のを見たら、あんな風に溶けるなんて……」
王子も表情を引き締め、俺の方を見る。確かに、これは証明してあげないといけないな。
「疑って当然です。なら、私たちで確かめましょう」
俺は瓶を取り、何のためらいもなく自らの手にたっぷりと塗った。淡い光が走るが、何の異常も起きない。
「……この通り、痛くも痒くもありません」
続いてシエラが同じように塗り、手を開いて見せた。
「わたしも平気です。魔族でなければ、反応しないんです」
「それなら、今度は私が試そう」
兵士たちがざわつく。王子は一歩前に出ると、瓶を取り上げ、自らの掌に流し込んだ。冷たい液体が肌を伝い落ちる。
「……ふむ、なるほど。確かに何の変化もない」
そして、王子は笑った。
「信じよう。これこそ、王国の希望だ。魔族を恐れず、見抜く力を民が持てるとは……!」
周囲の兵士たちから歓声が上がる。王子も、すぐに周りの者に命令をする。
「このローションの量産を始めよ! 材料はこの地で生産されたミエルの実だ! 錬金師団を総動員せよ!」
命が下ると同時に、荒地に活気が満ちた。
冷たい風の中、ミクスはひとつ息を吐き、隣のシエラを見る。彼女は柔らかく微笑んでいた。
「ミクスさん……これで、少しは皆を守れるんですね」
「ああ。これが、戦わずに戦う方法だ」
これから、ローションの量産が始まる。レシピとかは出来てるし、これらを王子の錬金スキル使いに渡す。
そして、これから量産に入らないとな。
「……ミクスさん、これ、私も、私達も後で……使ってみないとですよね」
シエラに小声でそう言われた。
……なんだか、ゾクゾクした。最近、シエラがイチャイチャがどんどん増えてるな。




