第58話 王都
あの激戦、とも言えない時から数日後。ノースウィン領は、再び春を取り戻していた。
雪は止み、凍りついていた畑からは芽が顔を出す。領民たちは笑い、子供たちは駆け回り、俺たちは何度も感謝された。
「ありがとう、ミクス殿!」
「神様みたいだ!」
「いえ、神様はリーネさんとシエラさんの方ですって!」
「豊穣の女神の双子!!」
「二人とも顔そっくりねぇ、美人さんだし、双子なんじゃないの?」
そんな声が飛び交い、シエラもリーネも、今まで感じたことのない幸福に包まれていた。
そして皆、二人を「双子の女神」と呼んだ。確かに似ている。照れる顔までそっくりだ。
「別に、妾は何もしておらん。ただ……雪が邪魔だっただけじゃ」
「はいはい、偶然助けただけのリーネさんですよね」
「むぅ……!」
そんな他愛のないやり取りを最後に、俺たちはノースウィン領を後にした。領主ヴァルドは涙ながらに見送ってくれた。
「王子殿下のご恩を受け、このヴァルド、そして領民一同、永遠に感謝いたしますぞぉぉぉ!」
……最後まで濃かった。やっぱり面白いなこの人。
◆
目的地は――アルヴェニア王国の王都。レオナート=ヴァルグレア王子へ報告するためだ。
馬車の窓の外を流れる景色が、徐々に雪原から石畳へと変わっていく。王都が近づくにつれ、街道には人々の往来が増え、商人の声や家畜の鳴き声が響いた。
やがて視界の先に、巨大な城壁が見えた。
アルヴェニア王国の首都――【グラン=アルヴェン】。
白い大理石で築かれた城壁の上には、王家の紋章である黄金の獅子が掲げられ、陽光を受けて燦然と輝いていた。
中に入れば、石畳の広場に噴水があり、その周囲には商人や旅人で賑わう市場。
屋台からは焼きたてのパンや果実酒の香りが漂い、人々の笑い声が絶えない。
「すごい……! 活気がありますね!」
「初めて来たけど、確かに圧巻だな」
「ふむ……まぁ、そこそこじゃの」
リーネは腕を組み、厳しめの評価を下した。
◾️
王子からの紹介状を提示すると、すぐに城門が開かれた。兵士たちは驚いたように姿勢を正し、敬礼で俺たちを迎える。
そのまま案内された王城――
広大な白亜の回廊の先、黄金の紋章が刻まれた扉が開かれる。重厚な赤絨毯の先に、レオナート=ヴァルグレア王子が待っていた。
深紅のマントを羽織り、黄金の髪を後ろで束ねた青年。その姿は、まさに絵に描いたような王子だった。
「よく来てくれたな、ミクス殿。そして……シエラ殿。それと、ふむ? シエラ殿が二人?」
「お久しぶりです、王子殿下。こちらが私の彼女、シエラ。そしてこちらが、シエラにそっくりな少女――リーネです」
「ふむ、似ておるな……見分けがつかんほどだ」
俺とシエラは膝をつき、王家の印章入りの書状を掲げた。リーネはやはり膝をつかず、腕を組んでそっぽを向いている。
「王子のご依頼により、ノースウィン領の調査と吹雪の原因を解決いたしました」
「……ほう」
「まず、シエラがそのスキルを用い、凍てついた土地に草木を生やしました。そして、豪雪を引き起こしていた永久雪龍を討伐・捕獲しました」
「龍を捕獲、だと?」
王子の眉が動く。俺は片手を上げ、軽く頭を下げた。
「ご安心を、殿下。危険はありません。龍はすでに絶命しております。
ただ、そのままでは腐ってしまうので、凍結処理を施して持参しました」
「……なるほど。では、見せてみよ」
「かしこまりました」
俺は指先を鳴らし、影を広げる。黒い円が床に広がり、空気が一瞬で冷たくなる。
その中心から、氷の塊がゆっくりとせり上がるように姿を現した。
中に封じられていたのは――白銀の鱗を纏った巨大な龍。氷に包まれ、静かに眠っている。
「……これが、永久雪龍。過去の伝承で名前だけは聞いたことがあったが」
王子が息を呑む。周囲の兵士たちは剣に手をかけたが、俺の言葉で動きを止めた。
「危険はありません。完全に絶命しております。氷は錬金術による安定保存――自然融解もいたしません」
「……見事だ。まさか生きたままではなく、死後もこれほど完璧に保存されているとはな」
「前に王子が手紙で仰っていた、偏見を払拭するための実績。――これがその成果です。すごく分かりやすいでしょう?」
「……確かに、これほど分かりやすいものもないな」
王子は立ち上がり、氷漬けの龍を見上げた。その瞳には驚きと、静かな敬意が宿っている。
「ノースウィン領では雪も止み、作物が育ち始めています。全て、シエラとリーネの力のおかげです」
シエラは慌てて首を振った。
「い、いえっ! ミクスさんが龍を倒してくれたんです! 私は、ほんの少し手伝っただけで!」
「妾も特に何もしておらんがの」
「いや、偏見を払拭するには、黒髪青目の者が英雄と呼ばれる方がいい。だから、手柄は二人に」
「ミクスさん……」
「妾もか!?」
王子はそのやり取りを微笑ましそうに見ていた。
そして、そのとき――
「おおおおおおっ!!!」
重厚な扉を突き破るような勢いで、あの男が入ってきた。
「ヴァルド・ノースウィンでございます!! このヴァルド、殿下への報告のため、先に王都へ参じておりましたぞぉぉ!!」
相変わらずの芝居がかった動きで、彼は走り寄り、俺たちの前で膝をついた。
「殿下ぁぁ!! この方々の偉業、まさに奇跡! 雪の地に春を呼び、民を飢えから救われたのです!!」
「ふむ、領主自らが証人か。信頼に値するな」
「もちろんでございますとも! 王子殿下ぁぁ! このヴァルド、涙が止まりませぬぅぅ!!」
手紙にキスした。……やっぱりやるのか。面白いなこの人。
リーネが半眼で呟く。
「……濃いのぉ……」
「いや、ほんと、どこ行っても濃いなこの人、面白いわぁ」と俺。
ヴァルドは涙ながらにこちらを見た。
「ミクス殿! あなた様こそ、王子の御意志を体現された英雄ですぞ! 我がノースウィンの誉れ! 殿下の忠臣として、誇りに思いまするぅぅ!」
「……ありがとうございます」
心からの言葉に、俺は笑って答えた。王子はうなずき、静かに宣言した。
「うむ。では、シエラ殿とリーネ殿、そしてミクス殿――その三名の功績として、正式に王国の記録に刻もう。偏見は、今をもって払拭とする」
シエラが目を見開いた。リーネも少し照れたように、わずかに口元を緩めた。
「……そう、ですか」
「そうかの……」
王子は続けた。
「それにしても、この龍……素材としても類を見ぬ価値を持つ。ミクス殿、よければこの龍を王家で買い取らせてほしい。相応の報酬を支払おう」
「構いません。王子に譲った方が、話の箔もつきますし」
「感謝する。これで王都の錬金師団も潤うだろう。ふむ、しかし、やはり素材というよりも、英雄の証として飾る方が良いか。自然融解もせんわけだしな」
確かに、銅像としてもインパクトあるし、かっこいいからな。王子も龍とか好きなんて年頃な感じがする。なんて、空気が少し和らいだところで、王子はもう一度こちらを見た。
「よくぞ、この短期間でこれほどの成果を上げてくれた。君たちは王国にとって貴重な友人だ。――しばらく王都に滞在していくといい」
「滞在、ですか?」
「うむ。功績を正式に発表するまで時間がかかる。その間、王家専用の宿を用意しよう」
手を叩くと、兵士が地図を差し出した。
「白百合の館――王族や高官の客人しか泊まれぬ宿だ。設備も食事も最上級だ」
「……至れり尽くせりですね」
「功績に見合った待遇だよ、ミクス殿」
「ありがとうございます、王子殿下」
「むしろ感謝するのはこちらだ。君たちのような者がいてくれることが、王国の誇りなのだから」
白い柱に陽の光が差し込み、空気が金色に輝いた。俺たちは深く頭を下げる。
こうして俺たちは、アルヴェニア王国の王都に滞在することとなった。
◾️
「うわぁ、ここが宿屋の寝室ですか。すごい綺麗ですね、それにすごく大きい!」
宿――白百合の館。純白の壁、香りの漂う部屋、そして広々としたベッドが二つ。
リーネもブラックとホワイトもいる。
シエラが、さわさわと俺の腕を触る。
……うん。この夜、どんな展開になるかは、だいたい分かった。




