第55話 新たな旅
交易祭は無事に終わった。
終わった後はサリアの町に戻り、いつものように平穏な日々に戻った。しかし、いつものようなと言うには少し違う。
──あの夜、俺はシエラと深い関係になった。
シエラは俺が「黒髪青目の偏見を払拭する」と言ったことが、相当嬉しかったようだった。
それが原因か、あるいはずっと我慢していたのか、その夜は誘惑がすごかった。
リーネも同じ宿に泊まっていたので、流石に良くないかとは思ったが……俺も限界だった。
あの夜から、堤防は完全に崩壊した。以来、夜でも、朝でも、彼女は当然のようにねだるようになった。
まぁ、恋人なら普通だよな。れと、リーネもあれから時折部屋を訪れるようになった。リーネが隣で寝てる時も、声を押し殺して、シエラとしてしまう時もある。
流石にバレてはないよな? バレてたら、リーネも何度も隣で寝ないだろうし。
俺としても、彼女とも良い関係を築いておきたいと思っている。だから、下手にバレて、距離感置かれても困るんだよなぁ。バレてなさそうだからいいけど。
そして、交易祭が終わって数日が経ったある日――。
昼過ぎ、宿の扉が静かに叩かれた。
開けると、そこに立っていたのはアルヴェニア王国の紋章入りの外套を纏った男だった。
肩にかかる外套の刺繍は金糸で縫われ、胸には見慣れた獅子の紋が光っている。
「ミクス殿でお間違いありませんな。レオン王子殿下よりの親書を、お届けに参りました」
「……王子から、ですか」
男は恭しく一礼し、赤い封蝋で閉じられた羊皮紙を差し出した。蝋にはアルヴェニア王家の紋章が刻まれている。
これって、前に言っていた手紙か。
「確かに受け取りました。ご苦労さまです」
使者が去り、静けさが戻る。俺は机に手紙を置き、深呼吸してから封蝋を割った。
「ミクスさん、これは?」
シエラが俺の手元を覗き込む。
「あぁ、王子からの手紙なんだ。一緒に読もう」
「はい!」
『アルヴェニア王国第一王子 レオナート=ヴァルグレア』よりの親書
親愛なるミクス殿へ。
先日は魔族の対処について申し出てくれたこと、まことに感謝する。
そなたの誠実な願い──黒髪青眼の民への偏見を払拭したいという想い、確かに受け取った。
しかし、王国というものは理だけでは動かぬ。
民の心を変えるには、ただ言葉を掲げるのではなく、功績をもって証明せねばならぬ。
ゆえに、そなたに一つ依頼がある。
王国北部、永久の雪に覆われた『ノースウィン領』。
そこを治めるヴァルド・ノースウィン卿の領地では、ここ数年、異常な豪雪と寒波が続き、土地が凍え、作物が一切育たぬ状態が続いておる。
──元々、作物が育ちにくい場所ではあったが、それでもこの数年間の豪雪は異常と言わざるを得ない。
王都でも度々問題として議題に上がるが、いまだ誰一人として原因を突き止められておらぬ。
もし、そなたの力でこの領地を救うことができたならば――
アルヴェニア王家として正式に黒髪青眼への偏見を撤廃する布告を出すことを約束しよう。
この書状を携え、ノースウィン卿を訪ねて欲しい。そなたはこの時点で、王国の正式な協力者として扱われる。
民に実を示し、英雄となって欲しい。
そなたの働きに、期待している。
──栄光と共にあらんことを。
【アルヴェニア王国第一王子】レオナート=ヴァルグレア
手紙を読み終え、俺は静かに息を吐いた。
「……んー、これって、頼み事二つになってないか?」
思わず独り言が漏れる。魔族の対抗を手伝うと言う話だったのだが、今度は領地の異変か。
いや、王子の言いたいことも分かる。国を変えるには、言葉じゃなく結果が必要だ。
それにしても随分と無理難題を持ってきたな。国でもずっと解決してない問題みたいなんだけど。
ただ、シエラのスキルなら、凍った土地でも何かできるはずだ。
「……ま、二度手間でもいいか。どうせやるなら派手にやってやろう」
手紙を畳み、窓際に立つ。
「さて……次はノースウィン領、か」
「おお、ミクスさんが窓の外を眺めるのかっこいいです!」
「ありがとな。美人な恋人に言われると嬉しいな」
「もうー、ミクさん最近言葉がうますぎです!」
最近になって、シエラを褒めるのも少し上手になってきた気がする。段々とキザなセリフを言えるようになっているのは、良いことなのか悪いことなのか……。
そんなことを考えていると、ひゅっと風が入り込み、カーテンが揺れた。振り向くと、窓の縁に腰掛けている影――リーネだ。
まるで風と一緒に現れたみたいな登場の仕方をする。
「ふむ、王子からの手紙を読んでおったのじゃな」
「……リーネか。窓に居ないで入ってくれ」
「うむ、そうさせてもらおうかの」
リーネはゆっくりと窓から部屋に降り、机の上の手紙を覗き込んだ。
「ノースウィン領……か。王子の依頼か?」
「ああ。豪雪で作物が育たない領地をなんとかしてほしいって話だ。偏見をなくすには功績が必要らしい」
「なるほどの。妾はフェリア王国しか知らん。その領はどこにあるんじゃ?」
「アルヴェニア王国の北部らしい。一年中雪が降ってるって話だ」
その話を聞くリーネの表情は涼やかだが、どこか迷いがあるようにも見えた。
「……リーネ」
「む?」
「もし良ければ、一緒に来てくれないか」
言葉が自然に口をついた。王子との約束、黒髪青目の偏見――彼女も何か感じるところがあるだろう。
リーネは少しだけ目を見開いたあと、困ったように視線を逸らした。
「……妾が行っても、手助けはせんぞ」
「利用しようとか思ってないさ。それにシエラもリーネは気に入ってるらしいし」
「はい! リーネさんはなんか分からないんですけど、一緒にいたいなって思うんです!」
「……ふむ、まぁ、そこまで言われてはの」
俺たちの言葉に、リーネの頬がかすかに赤く染まった。
「……ふむ、そう言われると断りづらいのぉ」
わずかに口元を緩め、肩をすくめる。
「仕方ないのぉ。妾も世界を滅ぼす計画を立てるのに忙しいのじゃが……まぁ、世界を滅ぼすには知っておくのも大事じゃからな。行ってやるとするか」
「そうか、ありがとう。一緒に行こう」
「しかし、期待するではないぞ。妾はただの観察者じゃからの」
ふっ、ちょっとチョロいとこが可愛いな。まぁ、顔がシエラだから全部可愛いけど。
「しかし、かなり距離があると思うが、どうやって行くつもりじゃ?」
「距離もあるし、馬車で行くつもりだ。急だが、明日には出発しようと思ってる」
「馬車……なるほど、旅支度が必要ですね」
「うむ、妾は支度などすぐに終わる。荷物はほとんどないからの」
リーネが軽やかに窓枠に戻り、風を受けながら言った。
「明朝、南門で落ち合おう。寝坊するでないぞ」
「あぁ、寝坊はしないと思う」
「ふむ、ならばよい。それではの」
「今日も泊まって行ったらどうだ?」
「そうですよ! 泊まって行ってください!」
「……まぁ、そうじゃの、それなら仕方ないの」
こうして――リーネはこのままこの部屋に泊まることが決まり、そして明日、俺たち三人はノースウィン領を目指す旅に出ることになった。
かなり遠い道のりだろうな。けれど、この旅がリーネとの関係を変えるかもしれない。
さて、準備開始するか。




