姫様!いきなり「婚約破棄」とは…予想通りです!!
「貴方がセントラル国の第二王子、カルセドニー様ですか……ふむ。大変申し訳ありませんが、この婚約、破棄させていただきましょう」
翠色の美しい髪と目を持つ姫が静かに言い放つと同時に、「謁見の間」に集まった諸侯の溜息と同情の声が広がる。
……知ってた。
多分こうなるだろうという事は。
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そもそもノースランド国のジェダイト姫は、何度も何度も婚約するのだが、「謁見の間」で最初に御目通りしたタイミングで、まるで予定通りと言わんばかりに一方的な「婚約破棄」を申し付けることで有名だった。
ここで言う「婚約」とは、まだ両家の間で贈り物などを交換する前の、言わば「仮婚約」みたいなものなので比較的ダメージは少ないのだが、それでも集まった諸侯の前で恥をかかされる方はたまったものではない。泣き落そうとする者、怒りをぶちまける者、説得を試みる者など、様々あったが、何れもジェダイト姫から「ご苦労であった。これをせめてものわびとして持ち帰られるがよい」と、ノースランド特産の翡翠を加工した宝飾品を慰謝料代わりとして渡されるのが常だった。それで、いつしか彼女のことを皆が「ヒスイ姫」と呼ぶようになったのだが……
「さぁて、父上になんて言い訳したものか……」
私……いやなんか気取ってて好きじゃないな。「俺」は先ほどその「慰謝料」を不要だと言ってさっさと「謁見の間」から出てきてしまったのだ。
その翡翠の宝飾品がどの位の価値があるかなんて俺でもわかっている。この世界ではその1つで半年は国政が賄えるほどの価値があると言われている。最近ではそれを得るために婚約破棄されるのを前提に婚約を申し込む国が後を絶たないのも知っている。かく言う俺自身がそうなんだからな。
だけどまあ……そのなんだ?
ついムカついちまってだな?
「そのようなお気遣いは無用でございます」
って言ってさっさと出てきちまったわけだ。
いやだってみんなが見てる前でそんな厳かに宣言するか?
こっちにだってプライドってもんがあるんだよなぁ!
そんなもんのせいで今困ってるんだけどな!
あ~あ……どうしたもんかな?
まあ控えの間にいつまでもいられるわけじゃなし、帰りながら考えるとするか……
コンコンコン!
?誰だ?侍従か侍女か?入っていいぞ?
ところがカチャリ、と扉を開けて入ってきたのは、見知らぬ黒い髪をした若い女だった。……誰だ?
「失礼いたします。カルセドニー王子様に置かれましては、お初にお目にかかります。私はジェダイト姫様のお世話を仰せつかっております『ネフライト』と申します。以後お見知りおきを」
「……その侍女が俺に何の用だ?」
「はい、実は姫様がカルセドニー王子様が『宝飾品』を受け取られなかった事をとても気にされておりまして。代わりに私に王子がお帰りになるまで我が国を案内して回れ、と仰せつけられたのです」
「はぁ……」
いや、めんどくせーな?そんなに気にするくらいならもう一回『宝飾品』持ってきてくれよ!それでサッサと国に帰るからさ!……なーんて、言えねえからなぁ。下手に追い返すわけにもいかなさそうだし……仕方ない。
「えーと、ネフライト、だったな?それじゃあお前にこの国の『面白いところ』を案内してもらおうか。ただし!俺は身分を隠して自由に歩き回りたいから『王子』と呼ばず、『ブルー』と呼べ。いいか?」
「はい。承知いたしました。『ブルー』様……カルセドニー様の綺麗な瞳の色、ですね?」
……おいおい。
なんかキラキラした瞳で見てくるから、調子狂うな。
「よせよ。そんなに珍しいもんじゃねえし。じゃあ案内頼むよ、ネフライト」
「ハイッ!」
やれやれ。
なんだか妙なことになっちまったなぁ……
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「ブルー様、あちらがノースランド名物『イタリアン』の名店でございますよ!」
「なんだその『イタリアン』て?」
「まぁまぁ。一度食べてみてくださいな?」
「ハイハイ、わーったよ。……なんだこれウマっ⁉」
「あ、ほらお口にミートソースが」
「わ、バカ自分でそのくらい拭ける!」
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「次はスイーツですよ!」
「これは普通のシフォンケーキじゃないのか?」
「ちっちっち。ただのシフォンケーキじゃあございません。ノースランド特産のお米で作ったシフォンケーキです!」
「おお!確かに食感が普通のものと違う!」
「こちらのドリンクもいっしょにどーぞ♪」
「なんだこれ?ミルク……じゃない?」
「生乳87%のヤ〇ダヨーグルトです!」
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「フフフフフ……この輝き、この硬度、この切れ味と言ったら……これこそが『ツバメサンジョウ』の誇る一品……!」
「バカ、何で包丁持ってウットリしてるんだよ怖いわ!こい!行くぞ!」
「今宵のコテツは血に飢えて……」
「ネフライトぉぉぉぉ!?」
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ゼェゼェ……
「お、お前なぁ……」
「す、すみません!ブルー様を楽しませようと思って、ついあちらこちらへと……!」
全く、なんだか変な感じのヤツだが、まぁ悪い気はしないな。どうせ生涯を一緒にするなら、すました姫様よりこーいうヤツの方が俺には……って、おいおい。
「ほら、ブルー様?次はとっておきの場所に行きますよ?」
「あ、ああ。わかった」
ありえねーだろ。
何考えてんだよ俺は。
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「ここ……は?」
「はい。海です。でも、ただの海岸じゃないんですよ?ここではなんと『ヒスイ』が流れ着くんです。ちょっとしたヒミツの場所、ですよ?」
「マジか!」
「ええ。一緒に探してみませんか?もし見つかったら、あのお店で宝飾品に加工もしてくれますよ?」
ふむ。簡単に見つかるものではないだろうが、このような「宝探し」なんていつ以来だろうか?ここは楽しんでみるか。
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───お、これか?
───いえ、それは似てるけど違いますね。「キツネ石」です
───「キツネ石」?
───ええ、本物をだますキツネのようなので、そのような名が。
───ふーん。これも奇麗だと思うんだがなあ。まぁこれも持っておこう。
───・・・・・・。
───どうしたネフライト?
───いいえ?どうもしませんよ、ブルー様。
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「お!これはどうだ?少し重くてツルツルしてるぞ?」
「……ええ。本物のヒスイですね」
「そうか!いやー、なかなか見つからないもんだな!」
もうだいぶ日が落ちている。いくら何でも夜になってネフライトを家に帰すわけにはいかない。そろそろこの辺りでかえらなければならないな。では……
「これを宝飾品に加工して、お前にやろう。今日の礼だ」
「!ブルー様、私にそのようなものは要りません!どうぞお持ち帰りになってください!」
「いいんだ、ネフライト。今日は本当に楽しかった。俺にはこれで十分だ」
「それは『キツネ石』ですよ?ニセモノみたいなものです!」
「俺はこれがいいんだよ。お前と見つけたものなんだから」
「───!」
「それにな、本当だったら俺はお前を連れて……」
そう言いかけて、俺は言葉を止めた。
夕日を背に立つネフライト。
その黒髪と瞳は今、光を放ちながら色を変えていく。
漆黒から、翡翠色へ。
「ネフ……ライト?お前……髪の色が……瞳の色も……いや、その姿は、まさか……」
「お許しください、ブルー・カルセドニー王子。私は『ネフライト』ではございません。『ジェダイト』にございます。魔法にて髪と瞳の色を変えておりました」
「なん……で、そんなことを?」
「はい。ご存じの通り我が国は資源豊富な強国。しかし同時にその力を我が物にせんと日々各国の思惑が渦巻く国でございます。そのような国を治めるためには、私は私自身の目で相手を確かめる必要があったのです。私は宝飾品を贄として何度も何度も人を見てきましたが、その度に絶望してまいりました。しかし貴方様は『慰謝料』を受け取らなかった唯一のお方。私は強く興味を惹かれました。それで……」
「それで……か」
「はい。試すようなことをして申し訳ありませんでした。しかし私は今日一緒にいて、貴方と共に───」
俺は震えながら身体を固くして話すネフライト────ジェダイト姫を抱きしめ、その言葉を遮る。
「それから先は、俺が言う。俺、いや私が其方と共に歩むことをここに誓ってもよいか?」
「────ハイ!」
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翌月、ブルー・カルセドニー新王と、ジェダイト新王妃の披露宴が、国を挙げて盛大に行われる。
両者の中はたいへん睦まじく、その指には、それぞれ「キツネ石」が用いられた指輪がはめられており、柔らかな翠色の光を放っていた。
ヒスイ(ジェダイト)の石言葉は、「繁栄」「長寿」「幸福」「安定」。
ネフライトの石言葉は、「知恵と安らぎ」「健康」「繁栄」「幸運」「福徳」。
ブルーカルセドニーの石言葉は、「良縁」「絆」「癒し」。
お読みいただき、ありがとうございました。
同じテーマで、『「翡翠」と「キツネ石」』という物語も作ってみました。
お時間があれば、お読みください。