異世界にクーリングオフはありません
その後、エゼルウルフはセシリアに偽名を名乗った。
「エルです。十五歳です。孤児で行く当てがなくって――――」
年齢も詐称。境遇もでたらめだ。
(そりゃあ、本当のことなんて言えないわよね)
「そうなのね。私はシア。冒険者をやっているわ。年齢は二十三歳、独身よ」
シアだって似たようなもの。
もっとも彼女の場合は、本当のことを言っても信じてもらえないという事情はあるのだが。
「あ! 僕も独身です」
「それは、見ればわかるわ」
セシリアは、思わずクスリと笑った。
彼女につられて、いらぬ独身申告をしてしまったエゼルウルフは、顔を赤くする。
恥じらう美少年を見ながら、セシリアは少し考えた。
「……でも、そうね。いくら師弟とはいえ独身の男女が一緒にいるのは、いらぬ憶測を呼ぶかもしれないわ。私たちは、姉弟ってことにしましょう。……なので、あなたの髪と目の色を、魔法で私と同じにしたいんだけど、いいかしら?」
たずねれば、エゼルウルフはひどく驚いた。
「そんなことができるのですか?」
「簡単よ。光魔法で光の波長を変えればいいだけだもの」
たしか波長が短いほど寒色系の色になり長ければ暖色系になったはず。
詳しいことはよくわからないが、そこはチート能力でごり押しする。
『カラーリング』
呪文も適当だが、結果オーライ。
細かいことは気にしたら負けだと、セシリアは思っている。
(……あれ? ひょっとして私って、師匠っていう職業に向いていないんじゃないかしら?)
なにげに重要な疑問が頭をかすめたが……セシリアは、やっぱり気にしないことにした。
(別に私から弟子になってほしいと頼んだわけじゃないもの。そこは自己責任ってことで)
かなり無責任なことを考えている間に、エゼルウルフの髪と目の色は変わっていく。
「どう?」
アイテムボックスから手鏡を取りだし、エゼルウルフに渡した。
シナモン色の髪になった少年は、草色の目を見開いて驚いている。
「すごい」
「フフン、そうでしょう? もっと褒めてもいいわよ」
褒められ調子に乗るセシリアに、エゼルウルフは真剣な目を向けてきた。
「ひょっとして、容姿も変えられたりしますか?」
「やってやれないことはないけれど、あまりお勧めしないわね」
「なぜ?」
「そこまでしたら、あなたは完全に別人になっちゃうもの。ここまで生きてきた自分自身を、すべて捨てたいわけじゃないんでしょう?」
エゼルウルフは恵まれない人生を歩んできた。母を喪い、父からは関心を向けられず、継母には命を狙われる。
それでも、懸命に生きてここにいるのだ。
誰からも必要とされなかったのかもしれないが、だからこそ自分で自分を消すようなことはしてほしくない。
「…………そうですね」
「そうよ! それにせっかくそんなに綺麗な顔をしているんだもの。変えちゃうなんてもったいないわ! 人類の損失よ!」
大真面目で言うセシリアに、エゼルウルフが呆れたような目を向けた。
「もしかして、そっちが本音だったりしますか?」
「そうよ!」
「……弟子になるのを早まったかもしれません」
「残念! この世界クーリングオフとかないから」
「クーリン……なんて?」
首を傾げるエゼルウルフに笑いながら手を差し伸べるセシリアだった。