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冒険者ギルドに登録します

 セシリアの生家は、ラネル伯爵家だ。

 家格は、伯爵としては高い方。海に面した領地には、そこそこ大きな港があり、物資の流通も盛んで栄えていた。


 セシリアも、五歳までは伯爵家のひとり娘として幸せに暮らしていたのだが、三年前に両親が馬車の事故で亡くなってから、境遇が一変してしまった。

 父の弟一家が、我が物顔で家に乗りこんできて、セシリアを虐待するようになったのだ。


 貴族法で次期伯爵はセシリアと決まっており、叔父はあくまで彼女が二十歳で成人するまでの後見人。万が一セシリアが成人前に亡くなれば、爵位も領地も国に没収されてしまうのだが、叔父一家はその事実をセシリアに隠し、彼女にはなんの権利もないのだと吹きこんだ。


『お前をこの家に置いてやるのは、あくまで私の慈悲だ。それに感謝して慎ましく暮らせ』


 五歳の姪を洗脳に近い形で支配下に置き、伯爵家の財産を好き勝手に使う叔父一家。

 きっと貴族法の縛りがなければ、セシリアは殺されていたのだろう。


 今はまだ母方の祖父が生きていて時々セシリアの近況を気にかけてくれるから、狭いながらも家具付きの個室で寝起きできていたけれど、近い将来その祖父が亡くなると同時にセシリアは地下室に追いやられてしまうのだ。

 そして回帰前の未来では、叔父はセシリアが二十歳になると同時に形ばかりの爵位継承を行わせ、ほぼ同時にラネル伯爵位を自分に譲らせた。

 譲位の表向きの理由は、セシリアが結婚し他家に嫁ぐため。叔父は、未来で娼婦に入れこみ名ばかりの妻を求めていたバーガルド伯爵に、セシリアを高額で売り払ったのだ。


「夫はドクズだったけど、叔父はゴミ以下だったわ」


 クズもゴミも、中にはリサイクルできるモノもあるけれど、彼らはダメだ。廃棄するしか道はない。





「あ~あ。回帰したら叔父一家を跡形もなく処分しようと思っていたのに……人生ままならないわね」


 ラネル伯爵家から逃げだしたセシリアは、王都の中央通りを歩きながら空を見上げ、小さな声でため息をついた。


 あれから三時間。太陽も昇りきり街は活気に溢れている。

 人混みの中を堂々と歩くセシリアの今の姿は、簡素なシャツとパンツの上に革鎧とロングブーツという冒険者風の出で立ち。

 腰には使い古しの剣を佩いていて、背負い鞄をよっこらしょと持ち上げる姿は、庶民そのもので、伯爵夫人の品位などどこにも感じられず、完全に周囲に溶けこんでいる。


「着ていたドレスや指輪が高く売れてよかったわ」


 まぶしい日差しに手をかざしながら、セシリアは呟いた。


 形ばかりの夫だったバーガルド伯爵は、お飾り妻へ慰謝料を払うくらいなら殺してしまおうと思うくらいのドクズでドケチだったが、それでも貴族。衣服や装飾品は身分に相応しいものを纏っていたし、妻であるセシリアにも貴族として恥ずかしくない程度のものは用意してくれていた。


「まあ、本当に最低限で、裕福な平民の方がよっぽどいい服着ているわよってレベルだったけど」


 それでもドレスはドレスだ。指輪も伯爵家の結婚指輪としては質素だが、素材は銀で下手に意匠に凝っていないところが使い回しに便利だと、質屋から高評価を受けた。


「たぶん半分くらいは同情価格だったと思うけど」


 早朝、ドレスを着た妙齢の女性に突然押しかけられた質屋は、きっと驚いたことだろう。

 しかもセシリアのやつれ果てた姿を見れば、訳ありだということは一目瞭然。


「DV夫から逃げてきた妻とか思われてそう。……満更間違いでもないから否定はしなかったけど」


 今着ている冒険者風の衣装や鞄、剣なども、同じ質屋から買った質流れ品だ。その場で着替えさせてもらったセシリアのあまりの腰の細さに質屋の妻は涙ぐんでいた。

おかげで安くて美味しい食堂まで紹介してもらえたからよしとしよう。


「地獄で仏ってこのことよね。この世界も捨てたもんでもないのかな?」

 

 腹ごしらえの済んだセシリアの次の目標は、生計を立てること。

 回帰してきたこの時代を、ひとりで生き抜く手段がどうしても必要なのだ。


「まあ、当てがないわけでもないんだけど」


 そう呟いたセシリアが辿り着いたのは、赤いレンガの三階建ての建物だった。広いエントランスの上部に大きな看板がかかり、派手な装飾文字で『冒険者ギルド 王都ドリュア支部』と書かれている。


 それを見上げたセシリアは、意図せず口角を上げていた。

 冒険者ギルドなんていう、ラノベ好きにはたまらない場所を目の前にしているのだ。無理もない。


 今からセシリアは冒険者登録をするつもりだった。


「なんたって私には神さまのくれたチートがあるはずなんだもの」


 回帰後に使えるようにしてくれると言っていたから、楽しみにしていたのだ。

 とはいえ、どんな能力がもらえたのかは、まだわからない。

 そのためにも、冒険者登録はうってつけだった。登録時に能力鑑定ができるから。


「うふふ。俺TUEEEができるかもしれないわよね?」


 期待に胸膨らませ、セシリアは未知への扉を開ける。


「たのも~!」


 ――――この日、王都冒険者ギルドにあらたな伝説が生まれた。


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