菜緒子さんの趣味
正木菜緒子さんは真面目である。
毎日決まった時間に起床し、顔を洗って身支度を済ませ、朝食を摂り会社へ出勤。仕事は手を抜かず丁寧、それでいて早い。
当然上司の覚えも良く、重要なプロジェクトが持ち上がった際には必ずお声が掛かるデキるオンナである。
仕事がお休みの日も寝過ごすなんて事はせずに朝から掃除に洗濯、と非常にまめまめしく働いている。
そんな菜緒子さんを周囲の人たちは感心しながらも、陰ではコソコソとこんな事を話していた。
“菜緒子さんって、いつも働いてばかりよね?”
“趣味の一つも無いのかしら?”
“なんか……カワイソ”
等等等等……好き勝手な事をほざいている。
しかし、残念ながら? 菜緒子さんにも好きな事、趣味はあるのだ。
それは……
「イェ〜イ!! みんな元気〜!? みんなのアイドル、マジカル☆スター♡ナオリンだよ〜!!」
……コスプレであった。
菜緒子さんがコスプレにドハマりしたのは、社会人になって2年目の事だった。
その頃、兄嫁が2人目の子どもを出産した。
兄夫婦は生まれたばかりの子にばかりかまけていて、上の子(女の子)はほとんど実家の両親が見ていた。
そして姪の子守りで度々菜緒子さんは実家に呼び出され、姪と遊んでいたのである。
姪はアニメの【マジカル☆スター♡リンリン】が大好きでリアルタイムで視聴するのは基本、毎回録画しては繰り返し視聴していたものである。
その為、菜緒子さんも姪と遊ぶ度に【マジカル☆スター♡リンリン】を観ていた訳だ。
そしてある時、姪が突然
「リンリンになりたい!!」
と、言い出した。
いきなりそんなことを言われて菜緒子さんは面食らったが……よくよく姪の話を聞いてみると、姪はリンリンの格好をしたいのだと分かった。
そうと分かれば菜緒子さんは張り切った。
菜緒子さん、元々手芸や工作が大好きで得意であった。
なので服は自分で作った物が半分以上あるし、リメイクもお手の物。そしてDIYも好きで、時間があれば大体の物は自作してしまう。
そんな訳で、早速姪が着るリンリンの衣装を作り始めた菜緒子さん。
最初はリンリンのよく分からない衣装の構造に四苦八苦しながら作っていたけれど、少しずつ構造を解読し始めてからは段々と面白くなってきた。
そして出来上がったリンリンの衣装を姪に着せ、髪型をリンリンのように結い上げ、アイテムの魔法のステッキを持たせれば完成である。
その出来ばえに姪は大喜びし、その衣装がボロボロになるまで着倒してくれた。
そしてその後も新しい【マジカル☆スター】シリーズが始まる度にヒロインの衣装を強請られるようになったのは余談である。
そんな事を繰り返すうちに姪は菜緒子さんにも【マジカル☆スター】の衣装を着て欲しいと言うようになった。
最初は抵抗があったが(何せ超ミニスカドレスの上、意外に露出度が高い)、姪にウルウルとお強請りされては断れない。一度だけ、という約束で菜緒子さんは渋々【マジカル☆スター】初代のリンリンの衣装を自分のサイズで作った。
そして二人で衣装を着てヒロインの決めポーズを取る。
最初は恥ずかしかった【マジカル☆スター】の衣装姿も決めポーズも、姪と二人でなりきっているうちに段々と楽しくなってきた菜緒子さん。
何と言うか……【マジカル☆スター】になりきっている時の非日常感というのか……【マジカル☆スター】でいる時は、まるでヒロインになったような不思議な万能感を覚えるのが快感になってきたのだ。
他の人が聞いたら「何言ってんだ、お前?」と眉を顰められるか馬鹿にされ笑われるだけだが。
しかし、いつの間にか【マジカル☆スター】に扮するのが菜緒子さんのストレス発散になっていった。
一緒に【マジカル☆スター】になりきった姪は、来年中学に上がる。
その姪は未だに菜緒子さんが【マジカル☆スター】になりきっているのを見て苦笑しながらも[[rb:偶 > たま]]に付き合ってくれる。
「菜緒子ちゃん。次はどのヒロインになるの?」
と、決して馬鹿にせず付き合ってくれる良い子である。
「そうだね〜、やっぱり私はリンリンかなぁ」
「菜緒子ちゃん、リンリン好きだよね……」
姪はそう言って笑うが、菜緒子さんは知っている。
「そう言う△△ちゃん(姪)はティーナが好きじゃない」
ティーナとは、3代目の【マジカル☆スター】のヒロインである。
「だってぇ〜、やっぱ【マジカル】はティーナが一番だよ〜」
「何言ってんの? やっぱり最高なのは初代のリンリンよ」
菜緒子さんも負けてはいない。
「え〜!?」
と、本気で姪は反論してくる。
菜緒子さんは、いつまで姪がこの趣味に付き合ってくれるのかな? と思いながら今日も
「イェーイ! みんな元気〜!? みんなのアイドル、マジカル☆スター♡ナオリンだよ〜!!」
【マジカル☆スター】のコスプレに情熱を傾けるのだった。
本作をお読み頂きありがとうございました。