7話 月もある
テレポートされたのはまた風吹く草原の遺跡。装備の色が戻る。朝陽は南東。潮の臭いは薄い。近場だとしたら離れ島は半島の南西か・・
「お疲れ様でした~。ほぼ毎回ですが、集団戦の時は強過ぎる勇者候補が途中で袋叩きにされて脱落しちゃいますねぇ~。ヒホホホ」
ピエロ神は逆立ちして遺跡の石の一つの上に現れた。
集団戦の時は、か。最初に現れた時に落胆したような素振りもあった気がする。コイツのスカウト活動はわりとランダム性のある物なのかもしれない。
「おい、ピエロ。次で最後くらいだろ? 俺は・・いや、俺と村井はここで脱落する」
「タカちゃん」
膝を砕かれたタカヒロが、村井にどうにか治癒スキルを生かそうと四苦八苦とされながら言った。
「持ってるポイントはどうしようもないだろ? 装備やストレージ内の物ぐらいは残せないか?」
「『ここに落ちている物』を居合わせた者が拾う分にはお好きにどうぞ。まぁ、苦しまずに脱落するくらいはサービスしますよ? 元々『そのような神』でもありますし、ヒホホホ」
ピエロの周囲に不吉な気配の黒い風が逆巻き始めた。
タカヒロはストレージ内の物を全て草地に出し、村井も続いた。
「キコ、勝手に決めてごめんな」
「ううん、ありがとう。大好き」
2人はキスをして抱き締め合った。酷い話だと、改めて思う。
「おがっち、平山、田中アキコ達も。回復系単発スキルで脚は治せそうだけど、俺達はここらで抜けるわ。先にある、勇者の戦いって、運転手のオッサン達の世界だろ? ・・行けねーよ、悪ぃな」
「ああ、ありがとう。タカヒロと村井さんと組んでなかったらここまで残れなかった。なるだけのことはしてみる」
「私は2人とも、卒業したらすぐ忘れる人達だと思ってた。私の方も、それくらいの人間だって、わかってなかったよ」
2人は平山の言葉に苦笑して、ピエロの黒い風に吹かれて、静かに息絶えていった。
「青チームの時に残ったチームのポイントはパーティー解除前に振り分けて下さいね? ここ、ちょいちょいすごく揉めて見苦しいことになるので。ま、あえてトボけて盗む人もいますけどね~、ヒホホホ」
「黙って」
平山は手厳しくピエロに言ってナカダ忍者チームに向き直った。
「フジタ運転手とフクモト君のポイントを使って。それで半分でしょ?」
ナカダは少し黙って平山を見てたが、
「うん、つ、使う。ちょっと相談するね」
ナカダは図書部の松江と調理クラブのヨシカワと集まり、話して操作を済ませた。パーティー全体に残ってた6ポイントが消費された。
「ま、真坂達の持ち物には触らないから」
「そう」
「不利になるぞ?」
人数的にも、ナカダ忍者にさらにポイント集まったろうことにも、こっちの方が不利だろうけどさ。
「今回は随分冷静な方々が残りましたねぇ。正直進行し易くて助かります。事務的な気分にもなっちゃいますけどね~」
「繰り返しが500年ごとのわりには飽きてる風だな」
「・・・」
仮面の奥で、笑った? ような気がした。
「神の時間はあなた方とは違うので~す。それはそうと、中盤ステージのクリアボーナスを差し上げましょう!」
個人のスキルポイントに3ポイント入り、ストレージに『HPポーション』と『MPポーション』が1つずつ入った。
さらに、獲得アクティブスキルの項目に『ジャンプ』が表示された。
「次はラストステージ! 最後の1人の勇者が決まるまで戦ってもらいますっ。開催は皆さんお疲れのようなので明日の正午としましょう。それでは~、ヒホホホ」
ピエロは掻き消えていった。
「ジャンプは高く跳びはねたり、着地できるスキルみたいね。最後のフィールドで必須、なんでしょう」
平山は淡々としてる。初期の真面目な怒りが段々底に沈んで、芯が燃えてる感じだ。
「そ、そっちとの、パーティーは、こ、ここで解消しよう。最後は、チーム対決。ソロ戦は、その後!」
「そうだな」
ナカダ忍者は競技としての完結で通したいようだ。優しいな。
俺と平山は、忍者チームとのパーティー登録を解除した。
「じゃあ、向こうの方に行っとく。と、トイレの問題とかあるし・・」
ナカダ達は立ち去りかけたが、
「待って! ナカダさん。これ、これも」
平山はタカヒロのストレージから出ていた燻製の肉と魚と村井のストレージから出た、彼女好みの種のファンタジー果実を3人前ずつ拾って、ナカダ達に差し出した。
「鑑定して食べて」
「遺跡の水場、結構あるし」
ナカダ忍者はぐっと泣きかけると、それまで付けてなかった『般若のような面』をストレージから出して顔に付け、
「お、尾形。平山っ。か、勝ち残ったら、あ、あたし頑張る!」
全て受け取り仲間2人と離れていった。
「・・さて、平山さん。死体漁りを始めますか?」
「言い方」
俺と平山はタカヒロと村井の遺体から、衣服とブーツなんか以外の装備を剥がしに掛かった。
ここでは焚き火は好きにできる。夕飯にシチューと、焼きフルーツと、樹蜜たっぷり入れたハーブティーを作った。
タカヒロと村井は埋めるのも違う気がしたので、目を閉じさせ、並んでなるべく平らな遺跡の石畳の上に寝かせておいてある。
謎の虫達がすぐ集るから、虫嫌いの村井が必死で生成してた虫除けの精油剤を振り掛けてある。
「あ、MPは全快してる」
「ああ」
節約を考えずに蜜入れたファンタジー素材のハーブティーは美味いな。
昔読んだけど忘れた童話か絵本みたいな匂いがする。
「平山、星が綺麗だ。月もある」
「うん」
「最後、残ったらなるべく俺が勝つから」
「そうね」
記憶、消されなくてもいい。到底、真っ当に生きていけなくなるが、そんなことを考えていた。
翌日、浮遊するクラゲのようなモンスターが空に目立つ太陽が高い位置に来た頃、テレポートが始まった。
飛ばされた先はやけに明るい円柱状の大穴だった。
円柱の半ば辺りまで内部を浮遊する大小の足場が無数に浮いていて、あちこちに発光する結晶が露出もしていた。ここもまた遺跡の破片のような物が見られる。
俺と平山はナカダ達と平行の、互いに大穴の円周の両端の位置の比較的大きな足場にテレポートされ、SAVE状態を解除された。
「異世界コロッセオ、といったところね」
「ジャンプと射撃優位だが足場が狭い、詰めたら近接優位だ」
底には結晶が多数あった。
と、向こうはさっさと上の足場へと跳び移りだした。ナカダ忍者が断トツ軽快だ。あれは俺達のスキルツリーにもあった『身軽』も取ってるな。
「私達も」
「松江達はむしろ俺達より遅い、手裏剣の射程はそうでもないし、松江達の位置を確認してこう」
離れ島同様、互いに見張らしはいい性悪仕様だ。俺達もバッタみたいに跳び跳ねて、足場の移動を始めた。昨日練習してなかったらまず『酔う』ヤツだ。
「よっと、私は矢が尽きたら能無し。最初はクロスボウで様子を見るわ」
「着地できる限界位置を考慮しないとな」
大体10メートル前後。リアルで鎧着てそんなことしたら足バキバキになるが、そこまでならスキルで耐えれらる。
無数に足場はフリーに見えるが『下降する』ことまで考えると意外とルートは限られていた。ナカダ以外の2人もそうだろうが、2人の体型が華奢・・ん?
「あの2人、特に松江はやたら軽装だな? 初日から確かそうだった。ナカダもだ」
ナカダのキャラが強過ぎて意識が向いてなかった。松江は革鎧、ヨシカワも甲羅製に見える。ナカダの忍者の格好も大概、紙装甲だ。服の下の鎖帷子もかなり薄い物。
守備力の高い素材の装備というのは精々、鋼系の物くらいしか見たことがなかった。それも、装備全体ではバランスが取られていた。
「極端に華奢な人達は基準が違うかもね。逆に運転手さんや須藤君とかも軽装じゃなかった? 運転手さんは最初は服くらいは着てたけど・・」
「・・・」
俺は1つの前提に思い至った。
「ピエロのルールは『対等な条件で競わせる』仕様にはなってる。『特別な装備を与えられていたり』、『最初からスキルポイントを割り振られている』可能性はある」
「そういう物? なら、ナカダさん達は装備は普通に見えるからスキルポイントはあるかも? いくら狙われ易くても、まず最初に生き残るのが大変だったろうし」
「松江とヨシカワも実は強い、て想定しとこう」
「いいけど、厳しいね」
フィールドの状況によっては平山が弱い松江とヨシカワを釘付けにして、俺が近接でナカダを倒す案もあった。
「向こうの『実は松江達も強い、てのがバレてない』認知を逆手に取るしかないよ」
俺達は上へ上へと上昇しながら、念入りに打ち合わせした。
円柱の足場の上がれる最上層の足場にナカダが最初に着き、その1段程度下の層に俺達、2段下に松江達が着いた所で全員止まった。
横方向の座標距離自体だいぶ縮まった。俺と平山はこれだけで汗だく。村井の置き土産の滋養ドリンクを飲む。
向こうも確認できる。松江達も何か飲んでるがHPポーションはやはり温存してるな。
「ふぅ、もう少し休みたいけど」
「ああ、撹乱系道具を『全員持ってるはず』のナカダ達に上下で先にサンドウィッチされたら詰む。行こうっ」
上がったばかりだが、俺と平山は二手に分かれて松江達を目指して足場から足場へ、一気に下降を始めた!