6話 朝陽
骨董じみたマニュアルバスを操る。山間部だ。注意は必要だが、退屈は退屈。それでも平時の巡回バスよりもまだいい。臨時の仕事だ。悪条件と高齢ドライバーの酷使で前任者に逃げられ、不意に回ってきた。
気楽な高校生のお守りなどうんざりだが、接客は東京での芸能活動崩れのガイドが担当する。正規雇用でもない地主の紹介で来た酷く育ちの悪い女だが、仕事は無難にこなす。
色褪せた生活だ。日々陸自で鍛え抜いた身体が衰えてゆくのを感じる。かといって今さらジムや格闘道場の類いに通うのも未練がましく思えた。
・・あの程度のシゴキで自決するとはっ。バカバカしい。表沙汰は避けられたが、国防から離れざるを得なかった。脆弱な時代だ。脆弱、脆弱、脆弱!
俺はこのまま一度も戦わずに前線を去るのか?
ああ、退屈だ。退屈だ。退屈・・
「おっ」
峠で、対向トラックの運転手が居眠りしているのが見えた。
これは避けられない。喜劇だな。そうか、俺の生涯はこのジョークの為にあったか。
俺は嗤って、衝撃、落下、道化・・・
──────
テレポートされたフジタシンベイは学生達の配置と、自分の装備の彩色に即時了解した。多くの少年少女達は誤解していたが、フジタはその職歴から、任務その物には忠実である。少なくともこのステージで無用な振る舞いをする主旨はなかった。
彼からすると単に順番の問題でもあったから。
手近にいた、生意気そうな日本刀使いの少年と交戦している今風の軽い風貌の二刀流の少年、ではなく、二刀流少年のサポート役のはずが二刀流少年に守られてる風に見える太めの少女の盾使いに狙いを定めた。
フジタからすると道化から復活の話を聞いてすっかり気が抜けているのが見てとれていた。スキルという機能で達人のように大盾を使っているが気持ちの入っていない素人である。また肉付きのいい人体の破壊が『面白い』ことをフジタは学習していた。
『迅速スキル』を取っており高速で走り抜けて太めの少女を狙ったが、そこへ的確なタイミングで矢を射られた。
「ほぅ」
下がるフジタ。矢はスキルによる技巧だが練りがあり、殺気探知スキル前提で直前まで撃ち気を控えられていた。挙動への合わせ方にセンスも感じられた。
カラスのように黒い髪の硬質な顔の少女の弓使いが絶妙な配置で後方に控えているのに、フジタは『適応』を感じた。
一方で自軍には違和感を感じた。防がれはしたが陽動になった動きにまるで合わせず、感じた気配は、
カシュッ。
巻き毛の少女が放ったスキル持ちのヘビィクロスボウの矢が真後ろから射たれたが、黒髪少女の弓に比べるといかにも雑で、殺意も『武』の域に昇華していなかった。
フジタは衰えた身体を補えると直感し、『柔軟スキル』も取っていた。これにより前衛舞踏のように身体を捻り、交差した二刀流短剣で矢を、挟んで、止めた。
「危ないなぁ! ダメージ半減じゃなかったら、オジサン怪我しちゃってたろぉーっっ??!!!」
少年少女達は戦慄したが、いち早く日本刀少年が斬り付けに掛かり、既に負傷していた十字槍を持つ糸目の少年もそれに合わせようとしたが、フジタは、
『MPダッシュスキル』も取っていた。
「びゅーんっ!!」
MPを2ポイント消費し、フジタは迅速状態の1,5倍速で加速して走り抜け、慌てて足踏みで矢を装填し直そうとする後衛の巻き毛少女に迫り、その首を左の短剣で払った。
ゴキュッ、ダメージ半減で斬れはしないが身体が一瞬浮く程の衝撃で巻き毛少女の首はへし折れ、絶命した。
「なんだよぉっ! 仲間外れにする気かよぉっ! オジサンも、混ぜてよぉおおーーーっっっっ!!!!」
フジタは嬉しげに叫んだ。
イァルマッフゥルフゥ神の遊戯的選考が始まった初日、存外いち早く事態を了解したバスガイドの奇襲を易々と退け、切断してみた首の滑稽さに痛快さを感じたその時から、フジタシンベイは『完成』していた。
──────
タカヒロとヨネダ達の方に忍者チームと走っていたが、冗談じゃないっ! 前衛にいたフジタに後衛から奇襲したシロサワが即殺されたっ。クソゲーのベクトルが違うだろ?!
「ダメだっ、松江とヨシカワはポイント狩りされるだけだ下がってくれ!」
「しょ、しょうがないか。あと、あたし達でやる」
「気を付けなよ」
「ごめんね」
俺はナカダとそのまま走る。
「ナカダさん、9ポイント俺らで使っていいか? 残り半分にして端数は譲るからっ」
「う、うん」
俺は息を吸う。苦手だが大声張らないとっ。フジタはなぜかシロサワの首を切断しだしていて、向こうは『変な間』が空いてる。間に合う!
「タカヒロ! 平山! ポイント! 村井とフクモトは下がれっ!」
村井はタカヒロ、フクモトはヨネダを見てから慌てて下がっていった。タカヒロと平山も3ポイントずつ使ったはず。もう想定外だから『上手くやってくれる』くらいの認識にしとく!
「あ、あたしは『MP回避』取った! 陽動できるっ」
「回避・・じゃあ」
片手剣がもう傷んだグラディウスしかない。頭沸騰するのか? てくらい一瞬で考え、
「武器専『盾』取った」
「えぇー?! こっち、よ、陽動するのに尾形もガードするの?!」
「俺らセットで陽動して元々アタッカーの3人に決めてもらう。今即席で取っても使いこなせないし、俺小剣だよ?」
「ん~~っっ、というか今、画面開かずに操作した?」
「あー、話すよ」
『ステータス画面の裏技』も白状しつつ、俺達は急いだ。
どうにか間に合ったが、酷い状況だ。村井とフクモトは逃れられてカモにされなかったが、前衛のタカヒロとヨネダはボロボロ、全身浅い斬り傷だらけ。
ヨネダは刀でVの字に斬り上げる必殺スキルを使ったがフジタの短剣を2本砕いただけだ。ストレージを使わずベルトな何本も差してる短剣ですぐ補充された。もう見切られたろう。MP消費も多いはず。
タカヒロは見切りを嫌ったのかまだソードダンスを使ってないが、レイピアとマインゴーシュはとっくに砕かれてサーベルと小太刀にスィッチしてる。
スキルはなにを取った? 桁違いのフジタに反応できてるから、『パリィ』とか取ってる気もするがわからないっ。
平山はほぼ動かず、いつでも弓をつがえられる洋弓と和弓の中間の構えで、鷹か豹か? て顔付きで様子を伺ってる。これは想定の1つだった射撃必殺スキル『シューティングスター』取ったな。
MP消費が多いから1発しか射てないが、狙撃銃並みの一撃が射てる! やっぱ詰めは平山か・・
「癇癪玉はギリ温存でっ」
「りょ、了解っ」
タンク忍者ナカダはタワーシールドを構え直した。2人で乱戦に突っ込むっ。
「遅れた! 盾専取ったっ」
「遅いっ、心臓破裂するって!」
「ウチのフクモトに勝手に指示するのやめてくれるかなっ?」
「あ、あたしもいるっ」
「オジサンもいるよぉーっ?!」
フジタはシロサワ殺った時の要領でいきなり加速して俺1人を狙って異常な柔軟性も加味した連撃を放ってきた。MP使うヤツだなコレ。俺だけ離されるが、ちょうど平山から見て東側、朝陽の方に詰めてくる! 不用意だったっ。
短剣に短さと盾の優位さとスキル効果で防げてるがスキル有効なグラディウスを使う隙が無い。一応陽動にはなってるが、コイツのこれまでの行動やスタイルからして、この件で邪魔な盾専の俺を消しにくるはず。つまり『必殺系短剣スキル』使ってくる!
向こうのタイミングで使われて防げる理由がないっ。俺は半身で盾を構え、無理目にグラディウスを押し込み、右の短剣を払い飛ばした。
が、飛ばした瞬間、ヤツの右手に別の短剣が握られるストレージからのスィッチだ。腰のこれ見よがしの短剣は撒き餌、てワケだ。
隙を潰され、こっちの隙に妙に型のしっかりした動きで斜めに踏み込み、ブワっとこの世界に来てからしばしば感じる『MP』の躍動を感じさせられた。来る!
倍速倍パワーの飛び付き回転斬り。リアル武術なら大道芸だが、この世界では成立し、つまり『投げ付けられた重工業用回転ノコギリ』だっっ。
「ぽぉーっ!!」
奇声で俺のカイトシールドを切断してくるが、盾スキルと予期してた俺は半歩下がれてた。間に合う。俺は割られた盾をストレージのバックラーとスィッチしてどうにか回転技を弾いた。
フジタの着地点周辺に追い付いたナカダの癇癪玉3発が炸裂! 土煙から全身火傷したフジタが飛び出してきたが、
ドシュッ。
『西になる位置』から移動していた平山のシューティングスターの矢がフジタの左腕の肘を吹き飛ばした。胸を狙った一撃を身体を異様に曲げて避けた結果だ。
それでもこの隙をタカヒロとヨネダは逃さないっ。
ヨネダが刀を砕きながらのVの字斬りスキルで右の短剣を折り右目を斬り付け、タカヒロのソードダンスの連撃がフジタに右の短剣スィッチをさせずに全身を斬り裂いた。
それでも! フジタは小太刀に右手を刺してスキル発動を止め、肩口から肺の辺りまでサーベルで斬られながら、タカヒロの左膝を右足で踏み折った。
「うぁっ?!」
座り込むタカヒロ。
「ヒューっ、朝陽ぃ! 良きかなぁーっ!!」
フジタは昇る日に叫び、ナカダに手裏剣を眉間に撃たれ、絶命した。
「え、MP回避、使えなかったけど・・」
俺は、放心してるヨネダにボロボロのグラディウスを向けた。
「一応まだ続行だが、どうする?」
「ハハ、疲れたな。ポイントは渡さない」
ヨネダは先の無い刀を首に当てた。
「ケンセイ!」
フクモトが遠くで叫んだが、淡々と距離を詰めてた平山に首を射たれて死んだ。
「久し振りに走り回れていい気分。僕はいいけどフクモトとシロサワは復活させてよ? それじゃ」
ヨネダは首を斬って脱落した。
呻いているタカヒロ。村井が遠くから駆けてきてる。潮臭い風が強くなりだし、異世界の太陽は冷たく感じた。
生き残った俺達青軍の頭の近くにピコン、と軽い効果音でSAVEマークが出た。