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女学校の旧校舎

作者: 白百合三咲

「ごきげんよう。皆様。」

『ごきげんよう。神島先生。』

ここは高等女学校の教室袴姿の女学生達はすみれ色の洋装のドレスの女性教師を見つめる。 

「あら、片桐さん。」

女性教師は橙色の振り袖に黄色い女袴の少女に近づく。 

「リボンが曲がっていてよ。」

女性教師は少女の曲がった赤いリボンをなおす。

「身だしなみはきちんとなさい。貴女もいずれ素敵な殿方に嫁いで社交界にデビューなさるのだから。」 

「はい、神島先生。」

少女は一心に女性教師を見つめる。




「はいカット!!」



監督のカットがかかる。

「じゃあ次校門のシーン行くよ。」

「白咲さん、お疲れ様です。」

女性教師神島役を演じる白咲ゆいかの元にやって来たのは先ほどのリボンの少女片桐里穂を演じた浅川和保だ。

 今は映画撮影の最中だ。ゆいかは20代半ばで芸能界入りを果たした。といって最初の仕事は主人公が入ったレストランのウェイトレスや大奥の奥女中の1人などの端役ばかりだった。30代に入ってからやっと手にしたのがこの役だ。 

 大正時代の女学校の生徒と女性教師の一時のエス。ゆいかの初の主演だ。といってもオムニバス映画だが。

「ゆいかさん、この女子校の出身だったんですよね?」

校門のシーンに出演しない二人はそのまま教室に残る。撮影で使われてる旧校舎はかつて女学校だったが今は廃校になっている。ゆいかは卒業生だ。

「ええ、そうよ。文化祭はこの旧校舎でやったのよ。」

「旧校舎で文化祭ですか?」

「ええ、私達のクラスはお化け屋敷でね。この教室を使ったの。」






 ゆいかが在学中は生徒も多く文化祭では旧校舎も使われた。ゆいかが高校生3年生の最後の文化祭はお化け屋敷だった。ゆいかは白い着物を着て長い黒い髪の鬘を被る。これがゆいかの初演技だった。通路に立ってお客さんが近づいてきたらクックックッと笑い声を出しお客さんに両手を伸ばしていく。

 文化祭2日目に女子生徒が1人入って来た。彼女は隣のクラスの娘だ。仲が悪いという訳ではないが特別良くもない。突然彼女が数珠を取り出していきなりお経を唱え始めた。


(この娘アニメのキャラの真似でもしてるのかしら?)


「うっっっ やめろ!!」


ゆいかは彼女のお経に対して苦しむ演技をした。

「うっっ」

ゆいかが膝をついた時。

「これでもう大丈夫よ。」

彼女は耳元で囁いて行ってしまう。





「そんな面白い娘いたんですか?」

和保がゆいかの話を聞いて笑っている。

「その娘大人しくて口数も少ない娘だったみたいだからちょっとびっくりしたわ。」

「そういう娘が案外芸能界で活躍したりするんじゃないんですか?」

「そうね。」

ゆいかの顔からも笑みが溢れる。

「でもね。」

ゆいかが突然真顔になる。

「どうしても未だに気になる事があるの。あの娘の言ったこれでもう大丈夫よ。」

ゆいかは何が大丈夫なのか分からずにいた。

「もしかしてあの娘何か見えてたのかな?」

ゆいかが声のトーンを低めて和保に尋ねる。

「ちょっとやめて下さい!!」

和保は半泣きしながら怖がっている。

「なーんてね。」

ゆいかの顔に笑みが見える。

「冗談よ。」

「もう脅かさないで下さい。」

「大丈夫よ。大体そんな噂聞いた事なかったわ。彼女は単にアニメか何かのキャラクターの真似をしたかっただけよ。」

「ですよね。良かった。」

和保も安堵の笑みを見せる。



「失礼します。」 


教室に帽子を被った女性のADがやって来た。

「浅川さん。次中庭のシーン撮影します。」

次は中庭で和保演じる里穂が1人でお弁当を食べていると級友達がやって来てゆいか演じる神島との関係を訪ねられるシーンだ。

「はい、今行きます。」

席を立つ和保にゆいかは一言頑張ってねと声をかける。

「ゆいかさん、監督からの伝言です。この後下駄箱のシーン撮影します。」

里穂が書いた手紙の返事を神島が直接下駄箱で伝えるシーンだ。

「衣装がドレスから着物に変わったので着替えておいて下さい。」

「分かったわ。」

ゆいかも和保と一緒に教室を出る。




「失礼します。」

更衣室として使ってる教室には着付け担当の女性がいた。

「あの着付けをお願いしたいのですが?」

「白咲さんの衣装はそのドレス1着ですよ。」

「先ほど監督から衣装が着物になったという話をお聞きしたのですが。」

「そのような話は伺ってませんね。それに衣装もありませんし。」

朝入った時は女学生役全員分の袴とゆいかのドレスがハンガーにかけられ並べられていた。しかし今は1着もない。

「分かりました。ありがとう。」

先ほどのADの手違いだと思いゆいかは部屋を後にした。




 撮影は順調に進んだ。監督もゆいかの衣装の事は何も言って来ない。最後残すのはゆいかと和保だけが残されラストの卒業式の後の教室のシーンのみとなった。外はもうすっかり夕方だ。監督のアクションの合図で芝居が始まる。


「先生、私卒業したくありません。ずっと一緒にいてくれるって約束したじゃないですか。」 

卒業式が終わった教室里穂が神島の手を握る。

「ありがとう。里穂。」

神島はそっと里穂の手を離す。

「でも貴女を幸せにするのはわたくしではないわ。」

神島が里穂を諭すように首を横に振る。

「婚約おめでとう。貴女もこれからは社交界の淑女よ。」

里穂は公爵家の子息と婚約した。卒業後に挙式を控えている。

「そしてこれからも貴女はわたくしの妹よ。」

里穂は頷くと教室を出ていく。そしてドアのところで振り替える。

「ごきげんよう。お姉様。」

芝居もクライマックスに達した時


ズッズッズッ


突然カメラからノイズ音が走る。

「カット!!何やってるんだ?!!」

監督が芝居を止める。

「すみません、カメラの調子が悪くて。」

全員で撮影した映像を確認するが砂嵐が走るだけでそこには何も映ってない。ラストのシーンだけまた明日取り直す事になった。



「ゆいかさん、イアリングは?」

着替えが済み帰ろうとした時ゆいかは和保に言われ片方イアリングを落とした事に気付く。ドレスは借り物だがイアリングは自分の物を使った。

「教室で落としたのかしら?ちょっと行ってくるわ。」

ゆいかは和保や他のスタッフに待っててもらい教室に戻る事にした。

「イアリング イアリング。あったわ。」

イアリングは教卓の下に落ちていた。

ゆいかはかがんでイアリングを拾うと再び教室を出ようとする。その背後からゆいかは気配を感じ振り返った。


「きゃっ!!」


窓の所に袴姿の女の子が立っていた。共演した女優の誰かだろう。

「びっくりさせないで。皆下で待ってるわよ。」

ゆいかは女の子に近づき肩をさわる。


「先生、やっと来てくれた!!」


女の子はゆいかに抱き付くと首を締める。

「やめて!!苦しい!!」

「先生、約束したでしょ。ずっと一緒にいてくれるって。私の妹だって。」

「やめて。」

ゆいかの声が小さくなる。その時どこかからかお経が聞こえてきた。


「うっっっ」


袴の女の子は苦しみ出す。ゆいかの目の前には先ほどの女性ADが数珠を持って立っていた。女の子は苦しみながら姿を消す。

「これでもう大丈夫よ。」

女性ADは帽子を外す。






「ハイカット!!OK!!」

後日映画の撮影はクランクアップを迎えた。ラストシーンは撮影所のセットで行われた。

「お疲れ様。涼子ちゃん。」

女性ADがゆいかを本名で呼ぶ。

「ちょっと竹山さん、涼子ちゃんはないでしょ。今の私は女優白咲ゆいかなんだから。」

「私は貴女の命の恩人よ。呼び方ぐらい選ばせてくれてもいいんじゃない。」

「そうね、竹山さんには二度も助けられたから。ありがとう。」

ゆいかが1人で教室に戻ろうとした時竹山には窓から見えていた。ゆいかの姿を見下ろす袴の女の子の姿が。

「和保ちゃんと二人で教室にいた時もあの娘ずっと傍にいたの。」

衣装の変更は竹山がゆいかを教室から離れさせるためについた嘘だった。あの後映像を確認したら教室で撮影された映像にはゆいかの後ろにくっつくようにあの女の子が映っていたという。

 ゆいかが出てる教室のシーンは全てセットで撮り直した。

「私あの後知ったんだけど大正時代本当にいたんだって。女性教師とエスだった女学生。彼女卒業前に婚約が決まって女性教師に話したけど祝福されて。それで1人飛び降りたんだって。あの窓から。」

あの娘は女性教師を演じたゆいかをかつてのお姉様と勘違いしてでてきたのだろうか。

「きっとあの娘は今でも待ってるのよ。その女性教師が来てくれるの。」







数日後

「先生、合宿って旧校舎なんですか?」

とある高校の合唱部が女性教師に連れられ旧校舎を訪れる。

「仕方ないわ。うちの学校の音楽室は吹奏楽部が使ってるし、新校舎はOGの集まりがあるみたいだし。」

この辺りでピアノがあるのがこの旧校舎だけだったそうだ。

「いいじゃない。それにここ白咲ゆいかの映画のロケ地じゃん。中は綺麗だよ。」

「そうだね。」

「さあ、皆無駄口叩いてないで先に荷物運びましょう。」

女性教師指示の元高校生達が旧校舎に入っていく。その様子を教室の窓から眺める者がいた。

「先生、やっと来てくれた。」



                 FIN

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