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【短編小説】斎藤くんが、爆発しました

作者: 青いひつじ


「先生!斎藤くんが爆発しました!!」


職員室の扉を開けてそう叫んだのは、私が担任をするクラスの女子生徒だ。


"爆発"とは、体積の著しい増加によって、音や熱と共に破壊作用を伴う現象のこというが、まさか本当に斎藤が爆発しバラバラになった訳ではあるまい。きっと彼女は、頭の中が混乱して間違った使い方をしてしまったのだろう。


「爆発って、教室で何があった」


冷静に返事をする私とは対照に、慌てた様子の彼女は、私の腕を掴んで強く引っ張った。


「男子たちが喧嘩してるんです!!」



小走りで実習中の教室に向かうと、木村が斎藤に馬乗りになり、拳を振り上げ、殴ろうとしているところだった。


「やめなさい!!なにをしてるんだ!‥‥喧嘩していたのは木村と斎藤か!ふたりはこのまま職員室に来なさい。残った者は静かに実習を続けるように」


私はふたりの袖を掴んで教室の外に出した。よく見ると、木村の口元には小さな青紫色のアザができていた。斎藤がやり返したのかだろうか。

木村は私の手を振り払い唾を吐くと、職員室に向かった。足を踏み出すたびに、腰に巻いたチェーンの音がジャラジャラと廊下に響く。


斎藤の方を見ると、今にも泣き出しそうな顔で、下唇を噛んでいた。この時私は、大体の出来事を理解した。きっと、木村が嫌がらせをしていたんだろう。

つまり爆発したというのは、"心に積もった怒りが爆発した"という意味であったのだ。だとしたら彼女の表現は間違っていなかった。


「ほら、斎藤も来なさい」


それから30分間、私はなにが原因だったのか問い詰めた。嫌がらせのことは口に出さず、どちらかが切り出すのを待った。しかし、ふたりとも口を割ろうとはしなかった。木村は苛立ちが抑えられないようで、先ほどから貧乏ゆすりと舌打ちを繰り返している。

私が指導の言葉を終えたと同時にチャイムが鳴り、ふたりを教室へかえした。結局、話を聞き出すことはできず、事件の全貌を知ることはできなかった。



新しいクラスが始まって1ヶ月。木村は1年生の頃から問題児だったと聞いていた。斎藤は特に目立つこともない、静かな生徒だと思っていたが、まさかこんな凶暴性を秘めていたなんて、人は分からないものである。幸い怪我人も出なかったため、今回は本人達に指導するだけにとどまった。しかし新学期始まって1ヶ月も経たないというのに、暴力行為とは、この先が思いやられる。



この事件以来、私は斎藤の様子を気にかけるようにした。彼はよく放課後の教室に残っているので、見かければ声をかけた。


「まだいたのか。親御さん心配するから早く帰れよ」

「‥‥」

「‥‥帰りたくないのか?」

「いえ、失礼します」


斎藤は私の言葉に慌てた様子で教室を出た。



また別の日も、放課後、教室に残る斎藤の姿があった。いつも家に帰らず、わざわざ教室で本を読んでいる。私は、彼と家族との間に大きな壁があるのではと考えた。もしかしたら、その壁によって心に闇を抱いているのかもしれない、と。

そうでなければ、こんなに静かな少年が急に殴りかかったりはしないだろう。




私は、彼に話を聞いてみることにした。赤い夕焼けに染まる、放課後のことだった。


「お、斎藤。今日も残ってるのか。もうすこしで暗くなるから早く帰れよ」


彼は本を読んだままで、私の声は窓の外に消えていった。


「斎藤‥‥ちょっといいか」


私は、通り過ぎようとしたが思い止まって、教室に入った。顔の位置はそのままに、斎藤は視線だけをこちらに動かした。


「最近、学校はどうだ。楽しいか?」


「‥‥」


「そういや、もうすぐ母の日だな。斎藤は何か贈り物はするのか?」


何気なく聞いてますよを装った私の声に、彼はそっと本を閉じた。


「先生は、どうして僕のことを心配するんですか?」


「どうしてって‥‥。いやぁ、あんなこともあったし、クラスで悲しい思いをしているんじゃないかと思ってね。いや、クラスに限らず、他の場所でも。何か感じていることがあればいつでも教えてくれ。話せば楽になることだってあるぞ」


「誰だって、執拗に嫌がらせされたら怒りますよ。当然のことです。でも突き飛ばしたらスッキリしました。だから、もう大丈夫です」


冷たい口調でそう言うと、本を開き、視線を戻した。


「嫌がらせについては気づけなかった私に責任がある。本当にすまなかった。‥‥それでどうだ、最近クラスでは。誰か友達はできたか?家では親御さんと話できているか?」


彼は目を閉じて、小さくため息をついた。


「先生は前から、いじめられている僕に何か原因があるとお考えなんですね。たとえば、親との関係が悪く、友達もいないから誰かに相談できる環境にないとか。僕は両親との仲も円満で、幸せに暮らしていますよ。家は邸宅の並ぶ夕日ヶ丘の高台にあるんです。学校に友達はいませんが塾では数人、友達ができました。ですので、先生が想像しているようなことは、なにひとつありません」


続けてこう言った。


「それよりもお気づきですか。木村君の上履き、ひどく汚れているし、サイズも小さいのに1年生の時のままなんですよ。いつも踵を踏んでいるから気づかなかったかもしれませんが。学生服もボロボロなのに新調してないみたいですし、こないだ聞こえた会話では、夜ご飯がずっとカップラーメンだとか‥‥あと、木村くんの口元のアザ、あれは僕との喧嘩でついたものではありません」



本を閉じカバンを持つと、立ち上がり、続けた。



「本当に爆発しそうなのは、誰でしょうか。本当に心に闇を抱えているのは」



斎藤は「それでは失礼します」と、頭を下げ教室を出た。



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