3-1
先んじて言っておくが市山 春陽は嫌な女だ。
これは俺が影山さん贔屓だからとかじゃない。いや今この瞬間、俺は一条先輩とオトモダチになったから今後はそりゃ影山さんを贔屓にするだろうが、そうじゃなくて、そんなことがあろうがなかろうが俺の中の市山の評価はぶっちゃけ最低値なのである。
人当たりが良さげに見える振る舞いが上手いみたいな点では評価できるけどな。そんなんで百点満点とるような人間、どう考えても信用マイナス百億点なんだわ。女は愛嬌とか言うけどあいつのはそういうレベルじゃない。
俺は政治家がニコニコ挨拶してくれたとしてもそいつが前の任期で選挙公約ズタボロだったって知ってたら投票しねえもん。まだ選挙権ないけど。(ちょっと楽しそうだから早く選挙行ってみたい)
俺の感想なので俺が主観と独断と偏見で市山を語る。俺はシンプルにあいつが嫌いだ。いい人ぶってるけど影山さんを追い詰めてたシーンを思い出せば当然なんだが、あの場で「それって私のせい?」とか聞いて天然ぶった正直者気取ろうとしてるけど影山さんが「そうだ」と答えたら影山さんは悪者だし、「ちがう」と答えたら「そうだよね、雪那はそんな事言わないよね!」とか言って影山さんの意見を叩き潰すのが目に見えている。
あの時は影山さん本人が悪者になる覚悟があったからなんとかなったようなもんだ。
仮にその場はそれで収まったとしても、別のところで「雪那さぁ……」ってやりとりが発生する。あいつ詰め甘いから俺は結構その手のシーンを見ている。
俺以外の奴がなんでその現場に居合わせないのかマジで不思議なんだよな。別にこういうのは市山に限らずあるのだが、本編の主人公とかいうザコどもにはクソみたいなフィルターがかかっていてそういう場面に出くわさないようにできているらしい。これも中学で前例がある。全員ドブで窒息しろと思うくらい俺は根に持っている。
閑話休題。
厄介なのはその性格の悪さが影山さんだけを向いていること、市山の顔は可愛いから男連中は市山に好意的なこと、その筆頭があのボンクラ秋人であることだ。
ちなみに同性だとそういうのを嗅ぎつけるのか知らんけど、同じグループじゃない女子生徒たちは市山をあからさまに避けているのですぐ分かる。前に俺が「市山は全然好みじゃない」って零したら「神坂は見る目がある」って褒められた。別にそのあとなにも起きてねえけど! なんでだよ! そこは唯一無二の素晴らしい人を見る目がある男として恋愛イベント起きても良かっただろ! 良かったと思うよな!? 俺は思う! まあ何も起きないのは今回に限った話じゃないのでそれはいい。全然よくないけどとりあえずはそれでいい。いいっつってんだろカス。
「市山なにやらかしたんすか」
「やらかした前提なんだ? 大したことはなくて俺は雪那に騙されてるんだって」
「大したことじゃん」
どの口で大したことないとかほざいてやがります? もしかしなくても一条先輩アホなんじゃね? 市山のやってることいせファンそのままじゃん俺昨日短編の異世界ジャンル総合50位まで全部読んだから分かるわ。おかげで数学の課題が終わらなかったので今日は倍の課題が確定している。別にいいよ課題くらい本気出せばどうにでもなるから。でもこの少女マンガ体質はどうにもならねえんだよなぁ!?
「まあ俺は雪那になら騙されてもいいと思ってるけど」
「色ボケみたいなこと言ってる自覚あります?」
こんな一条先輩見たくなかったわ。
いせファンにおいて、正ヒロインという名の敵の女は「隣国の王子様は騙されていますっ! あの方は悪役令嬢で、とにかくこういう悪事をして、本当に良くない方なんです!」って入れ知恵をしてくると相場が決まってる。
ちなみにそれに続く言葉は「けど謝ってくだされば歩み寄れるのに……私はあの方が心配で……」みたいなさも私悪くないです優しいんですムーブである。うっせぇダボが、そのまま一生心配し続けて蟄居しろ。(蟄居、覚えたてだから使いたかった)
「土曜日に出かけた先でたまたま出くわしたときに言われたんだよな、先輩は優しいから……とかなんとか言ってたけど」
「一応聞いときますけどあの女は一条先輩のなにかを知ってるような仲なんすか」
「神坂くんの予想は?」
「ゴミカスストーカークズ女」
「思ったより酷いワードチョイスだけどだいたい合ってる」
苦笑する一条先輩だが合ってるというのは多分ストーカーのところだけである。
市山のやっていることはまんま正ヒロインのそれなんだけど、あいつもいせファン読むのかな? オシャレ女子御用達雑誌とスタバとインスタで出来てるあの女が? なろうを? いやどうだろカクヨムかアルファポリスかもしんねえけど、それにしたっていせファン読むか?
いやー市山のことなんか知らねえし知りたくもねえけど、でも読まないんじゃねえかなあ。だとしたらあいつはそういう読み物から知識を得たわけでもなく素でそれをやっているってことになるのでそれはそれでおっかない。いやだなぁ、同級生の女が正ヒロインなの。さすがに現代日本で断罪しても斬首にもお家取り潰しにもならねーけど高校生にとってのいせファン斬首相当ってなんだろ。転校しなきゃいけなくなる状況とかだろうか。
「俺は雪那を離したりしない。きっかけも、好きになる過程もありふれたもんだけどそれでも俺は雪那が好きだ」
「俺いま何を聞かされてる?」
後輩の相談にのってたら付き合うことになりました、だけ聞いたらよくある話なのだろうが俺が思うにもっとちゃんともだもだイベント発生してるはずなんだよな。俺がまだ友達じゃなかったとはいえこんな暴力的にイケたツラの男と薄幸の美少女みたいな影山さんがふっっっ…つーーーーの恋愛で済むわけが無い。一条先輩の普通だというならこの人も大分、少女漫画症候群にドボンだと思うけどな。いいことねえぞ別に。あ、だから人間関係苦労してんのかな?
……あれてか待って今思ったけど、俺また「主人公枠」と友達になったくさくね?
「つまり一条先輩の相談ってーのは、市山をどうしたいんすか」
「どうと言われると難しいんだよな。だって雪那の幼なじみの……楠井だっけ? と付き合ってるんだろ?」
「まあ、そうみたいっすね」
でも多分秋人には言うほど興味ねーと思う、のは一旦黙っておくことにする。あいつの名誉のためにも。友達やめたのは市山という激ヤバ女に引っかかったあいつに愛想が尽きただけて別に恨んでいるわけじゃない。
秋人が市山と付き合うまで、だから入学してからずっと俺の視界にはあの幼なじみトリオがいた。なんせ秋人を軸に展開してたからな。友達がメインヒーローならメインヒロイン2人が近くに居るのは当然だ。
で、つい先週まで(厳密には違うとしても)影山さんは秋人が好きだった。恐らくそこそこ長い間秋人が好きで、でも告白したりはしなかったんだろう。それを市山が暗躍してたどうかはわからんが、まあ秋人は気づいてなかっただろうしな。
「物騒なことは考えてない。つーか雪那と俺に絡まないでくれたらいいわけだし」
「そりゃ無理っしょ〜どう考えてもあいつ影山さんにつっかかってくるし」
「神坂くんもそう思う? まあだから……そうだな、黙らせたい、かな」
「いやまあまあ物騒〜」
ぽやぽや天然男子高校生の顔から急にスパダリの顔すんのやめてくれる? 俺そういう緩急には慣れてないんだよね。兎にも角にも、一条先輩を主人公枠と仮定したならやることはひとつ。作戦名はそうだな、なろう系らしく「幼なじみ2人が付き合いだしたので身を引こうと思います〜怜悧な先輩の溺愛が止まらないのであとはそっちでお好きにどうぞ〜」ってところだな! 女性向け現代恋愛ジャンルっぽくもあるがまあいいだろう。
物騒なことは望んでない、というが相手は市山。ならここは王道「ざまぁ」でいくぜ!