5-1
「ねえ神坂くん、ちょっと話そ」
「俺別に市山と話すことないよじゃあな」
「そっちになくても私はあるんだってば!」
「だるいってマジでだるいって」
昨日からなんなんだよマジでさあ一条先輩に捕まるし影山さんに捕まるし俺結局逃げ切ったの秋人だけじゃね今こうして市山に捕まったわけだし。めんどくさすぎるにしてもほどがあるんだけど。俺は俺の人生に読者が居ると仮定してるけど(いたとして面白いかそれ?)読者に向けて言うとするなら、俺が市山と話すのは作戦でもなんでもなく純然たる市山の意思で俺は今足止めを食らっているので許せねえのである。俺の時間は安くねえからな秒給発生すんぞコラ。
「いつ雪那と仲良くなったの?」
「あ? 一条先輩? 知らんそんなもん」
「一条先輩もだけど神坂くんもだってば」
「えっ!? 俺影山さんと仲良いの?」
「えっ!? 仲良いじゃん!」
市山からそんなふうに言われるとは意外である。ちなみに俺は影山さんはクラスメイトとしては全然好きだし一条先輩とのことも素直に応援してるし祝福してるが仲良しかどうか聞かれたら一ミリも仲良しと思ってない。というかまず自分が影山さんの友達だと思っていない。これは俺が冷徹だからとかそんな理由ではなくて単純に俺が影山さんと話したことなんかほとんどないからだ。
俺は俺なりに友人というものへの持論がある。個人的な連絡先を持っていて、二人で遊ぶことが気まずくなくて、お互いに恋愛感情をもっていない相手を友人と呼んでいるわけでこれは性別に関係なく全員平等にこの条件を満たすべきなんだよな。片方が相手を好きだったらそれは友情とは呼ばんやろって感じ。
そんなわけで、影山さんはこの「個人的な連絡先を持って」の時点で脱落だ。俺は彼女の連絡先を知らないし、知る予定もないし、現実特に欲しいとも思っていない。一条先輩挟むので足りるしな。
「市山さぁ、影山さんの邪魔すんのもやめたらって感じすっけどそれ以前に秋人にちゃんと向き合った方がいいと思うよ俺は」
「なにそれ、私が嫌な人間みたいじゃない?」
「言っとくけど俺はお前を嫌なやつだと思ってるから」
ピシ、と市山が固まる。固まってるがその表情や目線は思いっきり狼狽えていた。マジかよこいつなんでそんな動揺してんの? まさか男なら無条件で自分に靡くとか思ってないよな? 俺今までだって冗談みたいなテンションといえ市山ひでーなとかやなやつだなーとか言ってたしその言葉には全然マジでゴリゴリに悪意乗せてましたけどミリも響いてなかったん? まじ? メンタルゴリラかよ。
「あのね市山、俺はお前が思ってるより緩くもねぇし優しくもしない。楠井秋人はカスだって認識になってるし、市山春陽は超やな女だと思ってるからな」
「そ、そこまで言わなくてもっ……」
「泣く? 泣けば? 泣いたら秋人が来てくれるんじゃね、でも影山さんはもう来ないよ」
少し前なら、市山がなにか困ってたら影山さんは手を差し伸べたかもしれない。それは市山がなにかしたとか関係なく、わかってたとしても、放っておけないからという影山さんがお人好しだからだ。でも今は違う。だって一条先輩っていう超ウルトラハイパー爆イケ彼氏ができたし、なんなら裏で俺らは結託してる訳だし。
誤解を招かないように改めて言うけど、俺は結託したから市山をボロクソ言ってるわけじゃない。そもそも嫌いだから結託してるだけだ。
「俺知ってるからな。お前が秋人になに吹き込んだのか、影山さんにやらせたこと全部自分の手柄にしたのも、一時期あったイジメが自作自演なことも」
「なっ、ちがっ……」
「べつにいいじゃん、お前の仲良しはお前を信じたんだから」
その時に疑われたのは影山さんだったけど、それだって今や風化してるんだし、というのを飲み込む。市山の自作自演、動画とかも持ってるんだけどそれはとりあえず黙っておくことにする。
何度も言うけど、俺は市山を見張ってるわけじゃない。たまたま、どういうわけか、なぜか、どうしてか知らんけど、俺だけが市山の裏工作シーンに立ち会うってだけだ。他の連中はまじで知らん。
「だから俺最初に言ったろ、市山と話すことなんてないの」
「っ……だって、雪那がいけないんだから……」
「なにがお前をそうさせてんの」
「だって! 雪那がずっと私と一緒にいるって言ったんだから!」
「うわァ…拗らせ百合かァ…」
前にもちょこっと話題に出たが、秋人、市山、影山さんはそもそもがサンコイチみたいな関係だ。遅い早いはなくて、家族ぐるみで三人とも最初から幼馴染。秋人なんて幼少期は、影山さんは姉、市山は妹だと思ってたことがあるらしい。
……ん? 流し聞きしてたけど影山さんが姉なの?
「ずっと雪那が一番大人で優しかった。秋人のことだって弟扱いしてたのにっ……」
「……理解っちゃったなコレ」
要するに末っ子役だった市山はその感性のまま今に至り、眼中にないはずだった秋人に影山さんをとられると思って焦ったっつーことだ。まじかよ最初から一ミリもどころかなんなら市山って秋人のこと敵対視してるわけ? 怖すぎる。そんな相手を影山さんに振り向かせないために自分が付き合おうという発想も込みでなんでこいつはこんなに色々間違ってるんだよ。てっきりいせファンのヒロイン(悪役令嬢を断罪するも、後々転落する側の女)かと思ってたんですけど俺は。
「理由がなんであれお前は間違ってる。自分の欲求が叶うなら影山さんがどう思っても関係ねえんだもんな」
「違う! そんなこと思ってない!」
「じゃあお前のやってる事はなんなんだよ」
さっきの嘘泣き、とは違ってマジ泣きの構えを見せる市山。これどー見ても泣かれたら俺が悪いじゃんだるいってマジで! 俺最初から言ってたじゃん! つーか間違ったこと言ってないし絶対本当に影山さんが好きだっつーならもっとストレートに好きだって言うべきだし、愛とかいうガチな感情なら幸せになることを祝福してやれよ。それが健全な愛ってやつだろ俺誰も好きになったことないからわかんないですけども!?
「もう一回言うわ。泣けば? 秋人は来るかもよ。影山さんは来ねえけど」
「っ……う、ううぅ……!」
マジで泣き出した。そこまで影山さん好きなのになんでこんなやり方しかできないのこいつ。頭悪すぎじゃね? もともと無い好感度がまだ下がるんだが。
市山は単に性格が悪いんだと思ってた。だから「秋人のことも好きだし盗っちゃお〜」みたいな感じだと思ってたんだけど、別に頭はよくないなら色々合点がいく。俺がこいつの悪事をまあまあ見かけてたのはそのあたりの詰めが甘いっつーことらしい。まあ小説みたいになんでもかんでも計画通りとはいかんわな。
「春陽……と、優?」
「ほら市山、王子様来たぞ良かったな」
そう言うと市山はギャン泣きのまま俺をすごい形相で睨みつける。そうだよな、王子様どころかこいつは影山さんを盗ろうとした仇敵だもんな。でも知らん! それ俺には関係ないですよね!
「何話してたんだよ」
「泣いてる彼女を前にして俺に話を聞けるとか胆力あるわ」
「優が誰かを泣かすってのがちょっと想像できなくて」
現状毎日一番俺絡みで泣きそうな顔してんのお前ですけどねとは言わないでおくことにした。もう二週間くらい経ったけど未だに「まだ喧嘩してるの?」って聞かれる本当にいろんな奴から「まだ」って言われる全然喧嘩じゃないし喧嘩はしてないとも言ってんのに喧嘩だと思われてるの割と結構心底不服の極み。
「別に市山の聞きたいことの答えを俺は持ってなかったってだけ」
「なんもわかんないんだけど……」
「癇癪みたいなもんでしょ、なー市山」
「…………」
「ガン無視〜」
俺がヘラヘラ笑ってるのが気に食わないらしい。泣いてるのに睨みつけてきて忙しいやつだよ。
まあでも俺の主張は変わんない。最初から、ってか俺がこの体質を自覚したときからずっと同じ。
“ここは現実世界、俺は特徴のない高校生。本当にそれだけのはずなので世界がおかしいのである。許せねえ。
好きでやってない。勝手にそうなる。だからうまく立ち回らないとめんどくさいことに巻き込まれる。俺はそれが大嫌いだ。”
なんで引用符ついてるかって? 1-1のコピペだからだよ言わせんなこんなメタなこと。