第41話 北条家へ②
「虎、気を付けるのよ」
わたしが出発するための輿に乗って春日山城を出るというとき。春日山城のみんなが見送りに来てくれていた。何人かは父上《主君》を見送りに来ただけである。わたしが北条家へ向かうこと自体何人かの重臣以外は秘密裏だ。
表向きわたしは父上の侍女として同じ輿に乗る。そして越後を出るころに馬に乗り移ってここもまた父上と同乗する。関東の名所をいくつか回り、相模に入ったころに北条家が用意した輿に乗って小田原城までそのまま移動するという手筈を北条家と上杉家で練った。途中馬に乗り換えるのは越後と関東の境には山しかないというのもあるが、輿ではいって目立って山賊に襲われるのは避けたかった。本音を言えば、馬に乗りたかっただけである。
「はい。伯母上」
「今日まであなたに頼まれて様々な稽古をつけてきたけれど、やはりあなたがとても心配なのよ。こんな幼いうちから……」
「大丈夫ですよ」
「ええ。あなたならきっと大丈夫だと信じているわ。けれどね……」
同じようなことを何度もやっているけど、それでも伯母上の心配は止まらない。あちらもわたしのことを娘として大切にしているから姫様にはありえないような遠出をすることがとても心配なのだ。
「大丈夫ですよ。伯母上。わたしはきっと無事ですよ。なにせ越後の虎と呼ばれた父上もついていますから!」
「そうね……そうだといいのだけれど……」
伯母上はきっと弟のことも心配なのだろう。軍神と称された男を心配するのは野暮なことなの知れないけど、姉として弟を心配するのは当たり前の感情なのだ。
「虎千代……あなたも気を付けるのよ」
「姉上、その名前で呼ぶのはやめてください」
「ええ。わかっているわ。けれど、今回だけは許してちょうだい」
この年齢になっても幼名で呼ばれることに少し困った顔を見せた父上だけれどどこか嬉しそうだ。身内にしっかり甘えられるという意味では父上には伯母上しかいない。この姉弟は未来でもとても親しかったと呼んだことがある。
「……虎」
伯母上と父上が話しているのを見ていると先ほどまで父上や与六と話していた景勝が話しかけてきた。
「景勝? どうかしたの?」
「本当に気を付けてね」
「もちろん。そのつもりだよ。景勝もいろいろと気を付けてね」
まだよくわかっていないけど、継承問題も解決していない今、景勝と景虎で上杉家の運営を任せるのは少し不安だ。でも、景勝ならばきっと大丈夫なはず。
そう考えて顔を上げると景勝がわたしの頭をなでてきた。優しくて暖かくてなんだかうれしい気持ちになれるような気がした。
「虎、行くぞ」
「は、はい……! 父上」
伯母上との話が済んだ父上が話しかけてくる。
「それじゃあ……行ってくるね。景勝」
「う、うん……」
どこか寂しそうな景勝を見てなんだか申し訳なく感じた。わたしはほんの数秒考えて景勝に近づいて手を取った。
「と、虎……? どうかしたの?」
「大丈夫だよ。きっとわたしは帰ってくるから。……ね?」
「虎……」
景勝の顔を見ると驚きながらもどこか嬉しそうに笑っているように見えた。
「それじゃあ、行ってくるね!」
そう言って後ろを振り返らずに輿に乗った。これで少しは景勝が元気になれたらいい。そう願っていることしかわたしにはできなかった。




