第13話 道満丸
年が明けた翌年の元亀2年(1571年)。わたしは数えで6歳になった。
今年最初の嬉しい知らせは、清姉上と義兄上の間に、元気な赤子が無事に生まれたことだった。
今日はその出産祝いを兼ねて、許嫁の景勝や伯母の仙洞院、桃姉上らとともに、三の丸へと足を運んでいる。そこには、産後の清姉上と義兄上の姿があった。
「姉上、お変わりありませんか?」
「姉上、お身体の方はどうですか?」
「ええ。概ね健康よ。だから安心なさい。桃に景勝」
心配そうに声をかける桃姉上と景勝に、清姉上は穏やかな笑みで答えた。顔色は明るく、声にも張りがある。母子ともに健やかだという話は数日前に耳にしていたけれど、こうして直接その姿を見ると、ようやく本当に安心できた気がした。
わたしは清姉上の近くにそっと歩み寄り、ゆりかごの中で眠る赤子を覗き込む。その寝顔は穏やかで、すやすやと気持ちよさそうに眠っていた。
「それはよかったです。お子__道満丸も元気に生まれてきてよかったです」
道満丸。元亀二年(1571年)生まれ。天正七年(1579年)三月十八日没。享年九歳。
年表を見て知っている人もいるだろうが、彼は後に御館の乱にて殺されている。景勝の兵に。元々道満丸は上杉憲政とともに降伏の人質としてやってきていた。そう。本来は殺されるべき人間ではない。まだ歳はも行かないうちに間接的に殺されたのだ。叔父《景勝》に。
「……ふふ、それは虎がそばにいてくれたおかげだよ」
「そんな、滅相もないですよ」
わたしがやったのは清姉上の手を握って寄り添ってあげる。ただそれだけだ。もちろん、中身成人女性としてできる限りの事を用意したつもりだ。しかし、わたしは前世では独身で子供など産んだ経験はない。だから、わたしは周りの人の知恵を借りる。そんなことぐらいしかできなかった。
「いえ、虎姫様の尽力あってこそのもの。清もあなたが訪れる度に嬉しそうに過ごしていましたよ」
「本当ですか?」
ちらりと清姉上の方を見た。義兄上の言葉を信じない訳では無いが、やはり心配だ。
「ええ。景虎様の言う通り、わたしはあなたが来てくれたおかげで不安な出産も乗り越えられたのよ」
「そうですか……。だとしたら嬉しい限りです」
清姉上がそこまで言うのだからわたしは少しでも力になれたのかもしれない。そう思うとなんだか心の中が軽くなった。そう感じてしまった。
「虎、抱っこしてみる?」
「え、いいんですか?」
「もちろんよ」
清姉上にそう言われたわたしは道満丸をそっと抱き上げた。つい数日前に産まれたばかりの赤ちゃんは6歳のわたしが抱えても軽くて小さい。
「小さいですね」
「あらあら。つい最近まであなたもそんな感じだったのよ」
「わかっています。伯母上」
ある日突然上杉謙信の架空の娘に転生して、産まれたばかりの頃は右も左も分からず、困惑しているところに伯母上はずっと付きっきりでわたしの身の回りの世話をしてくれた。
「虎ってば、生まれてすぐの頃は、まったく泣かない子でね。お腹が空いても、眠くても、何も言わずに裾を引っ張って知らせるだけだったのよ。だから、何がしたいのかわからなくて、お苗と一緒にずいぶん苦労したものよ」
自我があったせいで泣けなかったわたしのせいで、伯母上たちはとても大変だったに違いない。
「ふふ。なんだか虎、お姉さんになったみたいね! そうでしょ? 景勝」
「そ、そうですね……。って、なんで笑っているんですか? 桃姉上」
クスクスと笑いながら話す桃姉上に何故か顔を赤くした景勝はわたしに近づいて手元にいる道満丸を見た。景勝も道満丸を見たいのかな?
「すごく、小さいな……」
「うん。でも、すごく可愛いね。景勝も抱っこしてみる?」
「あ、ああ……」
景勝は戸惑いつつもわたしから慎重に受け取った道満丸を見た。その様子を見て嬉しそうにする清姉上と義兄上。
やはり、この時代だからってこんなにも幼い子供が殺されるのはいたたまれない。とてもじゃないが、見てられない。
こうなれば、やはり、わたしは頑張って御館の乱を止めなければならない。




