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軍神の娘  作者: 雨宮玲音
第弐章 上洛
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第9話 許嫁

「……」


「……虎?」


 与六が叔父上に報告するために部屋を出ていったあとにいつも元気に話しかけてくるのに返事がない虎に気がついた。ふと虎の方を見ると、目を閉じてゆっくりと息を吸っては吐いていた。


 今回のことはまだ数えで5つの彼女には重責だったかもしれない。


 大広間であんなに叔父上に似た威厳のある声を出すがこう寝顔を見ると年相応で随分と可愛らしい。


 ん?可愛らしい?


 自分が女性にそんな想いを抱くのは初めてで僕でさえ驚いてしまった。


 僕は正直女性にはいい思い出がない。


 僕の父上、長尾政景が死んだ時、その妻・綾こと僕の母上の策略により殺されたという噂を聞いた時一時期信じてしまっていた。その噂の中には彼女の弟・輝虎とよろしくない仲だとかが含まれていた、自身の母親にこんなことを考えるのは人として息子としてよろしくないことだが、母上のことを忌避してしまった。もちろん僕も母上と父上の仲がいいと言うのは頭ではわかっていたが、悪い噂はずっとこびりついている。そのせいで女嫌いになってしまっていた。女嫌いをひたすら隠そうとしたら気がついたら元々無口で無表情が更に深刻化してしまった。


 だけど、父上が死んで数年後、叔父に娘ができた。それが虎だ。相手の女の人は誰にもよく分からない。母上だという噂もあるが、今の僕はその噂は一切信じていない。悪い噂を信じなくなったのは彼女・虎のおかげであった。


 生まれた頃から普通の子供よりも大人びていた。最初、中身に大人が入っているのではないかと思ったがそれはさすがにないだろうと僕はその馬鹿げた思考を捨てた。彼女が生まれてまもなく僕と婚約することとなった。理由はこの上杉家を乗っ取られないようにするのと、僕がいる上田長尾家と叔父上の山内上杉家の繋がりを作るためだった。いとこ婚だが、この戦国の世ではよくある事だ。


 当初政略結婚で致し方がないのでそれとなく虎とは接していた。正直11歳差は年齢差がありすぎる。結構一般的な話だが、僕には一人の女性と見れたとしても妹のような感じだったが、彼女の言動に段々と僕の心は揺れ動かされていた。


 愛している。


 そんな感情を抱いたのは結構最近だが、僕が一人の人を女性として愛している。その事実には変わりはなかった。


 まだ彼女は5歳だ。婚姻するのは10年も後になる。だけど、虎にはそれまでいや、これからもずっと息災で可愛らしくいて欲しい。僕の心の底からの願いを静かに祈った。僕の足を正して、彼女を起こさないようにゆっくりと僕の膝の上に虎の頭を乗っけた。


 今日だけでもゆっくり休んでてくれ。僕は虎の頭を優しく撫で、長く綺麗に伸びた黒髪にそっと口付けを落とした。


「あら、虎はここにいたのね……まあ……!」


「は、母上……っ!」


 口付けを落とした際に僕の部屋に訪ねてきたのは母上だった。流石に戻ってくるのが遅かったので心配して探し回っていたのかもしれない。しかし、随分と間が悪いものだ。流石に身内でも接吻(せっぷん)している所は見られたくなかった。


「ふふ。虎と景勝の仲がいいだなんて我が上杉家も安泰ですね」


「茶化すのはおやめ下さい! 母上……!」


 僕の行動を嬉しく思ったのか知らないが、母上は茶化すような言葉遣いをした。それがさらに赤かった僕の頬を更に赤く染めた。確かに虎との関係が良好なのは自他ともに認めているが、そこまで面と向かって言われると気恥しい。


「あら、動いてしまえば虎が起きてしまいますよ」


「あ、それは……」


 母親の指摘に気恥しさから動こうとする己を静止した。


「ふふふ。でも、虎も起きそうにありませんね……。それでは景勝も仕事をしづらいでしょう。わたしが連れていきましょうか?」


「いえ、それがしが連れていきます」


 冗談はともあれ虎を動かさなければ虎も風邪をひいてしまうし、僕も父上に与えられた仕事が出来ない。このまま母上に連れていってもらう方が僕は母親の気遣いを断り虎の首の下に己の腕を入れ、膝の下にも反対の手を入れて僕は立ち上がった。


「ふふ。そうね。わかったわ……」


「部屋にはお苗殿やお船殿はおりますか?」


「ええ。待ち構えてるわ。早く行ってあげなさい」


「わかりました」


 微笑ましげに僕を見る母上の視線を跳ね除けて、僕は虎を抱えたまま、虎の部屋に向かった。

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