第2話 覚慶
一方、足利義輝が三好軍と応戦している頃、細川藤孝は興福寺に向かっていた。
この興福寺にいる人間こそが足利義輝の同母弟の一乗院覚慶だ。幼名は千歳丸。彼は嫡男ではなかったがため足利幕府の通例により、仏門に入り覚慶と名乗っていた。
細川藤孝は兄の三淵藤英を始め一色藤長、和田惟政、仁木義政、米田求政らと共に幽閉されていた覚慶を命からがら脱出させた。
「そんな……兄上が……！」
藤孝から話を聞いた覚慶は深く悲しんだ。
「覚慶様、だからこそあなた様は生きねばならなければなりませぬ」
「だが、兄上が死んだ今おちおち生きておられるだろうか？ 今でさえ私の命は狙われている。まず、ここから逃げ出せるのだろうか？ 逃げ出せたところで何になる？ どこに行けと言うのだ。三好は敵であるぞ」
「とりあえず越前朝倉を頼ってみましょう。あそこは足利氏の一族から流れを汲む家です。必ずや覚慶様を助けてくれるでしょう」
二条御所からこの興福寺へやってくる最中藤孝はずっと考えていた。興福寺から覚慶を逃がす方法、そしてその後のことも。将軍が討たれたとなれば周辺諸国は黙っていないだろう。加えて将軍の弟君が生きていると知れば尚更だ。信用できる大名は誰か？それはやはり身内だった。朝倉、若狭武田氏、色々考えられるが、勢力的にも朝倉の方が取り返しも着く。そう検討したのだ。
「……わかった。藤孝の言う通りにしよう」
こうして覚慶は還俗して名を改めた義秋は藤孝一向を引き連れて朝倉義景を頼ることになった。
◇◇
「それはそれはご苦労様です。さあ、城下に屋敷をご用意致しました。今はそこでおやすみくだされ。案内はそれがしの家臣が行いますゆえ」
義秋らが突然やってきたにもかかわらず朝倉家当主である朝倉義景は歓迎した。
「ありがたき幸せでございます」
「いえいえ。早速それがしの家臣をお呼び致しましょう。十兵衛」
「は。かしこまりました」
義景に平伏しながら「こちらです」と男は立ち上がる。
「お主は？」
「名乗り遅れました。それがしは明智十兵衛光秀にございます」
誠実そうに50代前後頃の男は名乗った。
「明智？ 明智殿はここ朝倉家に元々仕えていたのですか？」
「いえ。元々某は美濃の齋藤家に仕えておりました。ですが9年ほど前に斎藤道三公が討ち取られてからは逃亡生活を繰り返して今はここ朝倉家に落ち着いているんです」
「なるほど。齋藤か」
今から9年前。弘治2年(1556年)。
その頃美濃では斎藤道三が嫡男の義龍ではなくその異母弟の孫四郎や喜平次を優遇。それに危機感を募らせた義龍は兵を起こした。これが俗に言う長良川の戦いである。
この時明智光秀は斎藤道三側に付いたが結果、道三の敗死により敗退。
勝った義龍側は道三に付いた家臣たちを滅ぼそうとしていた。その際に妻の煕子とその娘の明*と共に美濃を脱して浪人生活を続けその結果たどり着いたのがここ、朝倉家だった。
「なるほど。明智殿もかなり苦労されていたのですね」
「いえ。義秋様や細川殿に比べたらまだマシですよ。さて、着きました。ここです」
光秀に案内されて着いたのは古民家であった。将軍が住むには侘しいがまあ、ないよりはマシだろう。
「ご案内ありがとうございます」
「いえ。それでは某はここで」
そういって光秀はその場を去った。
◇◇
やがて義秋はこの地で永禄11年(1568年)に改名。義昭と名乗った。
朝倉義景に上洛の期待を寄せる。が、しかし義景は動いてはくれなかった。
「織田信長殿に頼むのはいかがでしょうか？」
そこで痺れを切らした義昭は明智光秀に相談するとこう返ってきた。
「織田、信長……？ 織田家といえばここ、朝倉家と比べたらだいぶド田舎の大名ではないか。そんなやつ信用できるのか？」
織田信長と言えば最近有名なのは今川義元を討ったことだ。だが、それくらいで尾張など田舎も同然。今川が存命ならばそこに身を寄せる、なんてことも出来たが、そんな話は夢のまた夢。加えて織田といえば対斎藤で相当手こずっていたと聞く。それでも光秀は眉一つ動かさずに提案する。この話をする最初から心を決めていた。
「はい。義景殿は頼りになりませぬが、信長殿は頼りがいのある男にございます」
義景は本願寺と敵対しており、尾張に比べれば越前のほうが上洛に近いが、本願寺問題を対処しなければ上洛など難しい。
「ふむ……しかし、その信長とやらとはどう繋げるんだ？」
「それがしは織田信長殿の正室・濃姫殿の従兄弟にございます。その縁を使いましょう」
明智光秀の尽力のかいもあって足利義昭は朝倉義景を見捨てて織田信長を頼ることとなった。
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*明は仮名。
