少年との関わり
山から這い出てきた瞬間、槍の雨が降った。
周りに落ちていく槍もあれば、
体に刺さるものもあった。
チクリと刺す痛みに耐えることは容易であったが、心の痛みに耐えるのは難しかった。
なぜ俺が狙われる?
その理由は簡単なことだった。
きっと、俺のこの頭の角と、
尻の大きな尻尾のせいだろう。
「ごめんなさいっ!俺人間と仲良くしたくて…」
俺は俯きながら弱々しい声で呟いた。
そんな声に村人が耳を傾けてくれるわけもない。
だって俺は人間と竜のハーフ。
いわゆる亜人である。
人間はみんな俺を避け、不気味がる。
でも、俺は人間が好きだ。仲良くしたい。
そこに竜の本能はなく、
ただただ人間の友として生きたいのだ。
食べたい、とか襲いたいという竜の本能は働いてはくれない。
「だから……あの……!仲良く…」
しかし、その願いは叶わない。
「化け物だ!!早く村へ知らせないと!」
そう言って、人々は一目散に逃げ出す。
槍を体から抜いているうちに、村人は皆逃げて行ってしまった。
俺は仕方がないので山に戻った。
崖を爪を立てて登っていく。
尻尾に土の冷たい感触が伝わってくる。
「…やっぱりだめだよな。」
そう呟きながら空を見上げると、
太陽が沈もうとしていた。
そしてまたいつものように夜になる。
寂しい夜がやってくる。
山の頂上の寝床に着くと、小さな声で言った。
「父さん、母さん、おやすみ……。」
尻尾を丸めて暖をとる。
こうすると一人でもぬくもりを感じる。
俺は冷たい風が頬を撫でる中、眠りについた。
俺は夢を見ていた。
そこにいた俺は亜人でもなく、人間でもない。
竜の姿で村を滅ぼしている。
目の前に広がる火の海。
荒れ果てた村を前にして、俺はうずくまる。
そこにいきなり鉾がさされ…
「……っ!はぁ、はぁ、はぁ…」
俺は目を開いた。
夢から醒めて呼吸を荒くする。
頭を抱えると、角があたる。
すると、痛みで少し冷静になれた。
「お兄さん…?」
背後から声が聞こえる。
振り返るも姿は見えない。
尻尾を振っていると、声の主がいた。
「やっと気づいた!」
そこにいたのは少年だった。
黒い髪に黒い瞳、白い肌。
年齢は十歳くらいだろうか? 俺より背が低く、可愛らしい顔立ちをしている。
服装はボロ布のような服一枚。
靴を履いておらず裸足だ。
手には木でできた籠を持っている。
「大丈夫?うなってたよ。」
心配して近寄ってくる少年。
俺は無意識に引き下がっていた。
どこかで疑心暗鬼になっていたのかもしれない。この子も俺を避けるのではないか。
そんなことを考えてしまう。
だが、少年はすぐに引き下がった。
「僕怪しいものじゃないんだ!
ただお兄さんとお話がしたくて……」
少年は目を輝かせていた。
とても嘘とは思えない表情だ。
俺は少しだけ警戒心を解いてみる。
すると、すぐに話しかけてきた。
「ねぇ、お兄さんの尻尾撫でてもいい?
ドラゴンみたい!かっこいー!触りたい!」
無邪気な笑顔で尻尾に触れようとする。
思わず反射的に避けてしまった。
しまったと思った時にはもう遅い。
「あっ……ごめんなさい……」
少年の顔が曇る。
それを見たらなんだか申し訳ない気持ちになった。
「いや、俺こそ…ごめん…。ほら、触りな。」
尻尾を差し出すと、
嬉しそうな顔をして触れてくる。
そして優しく撫でてくれた。
「わぁ…うん!ごつごつー!」
しばらく堪能した後、
今度は尻尾にしがみついてきた。
そのまま乗っかって座ってしまう。
どうやら気に入ったようだ。
「…あ!お兄さん!これ!」
少年は籠から木のみを取り出した。
そしてそれを俺に差し出してくる。
「あげる!一緒に食べよう?」
「えっと……いいのか?」
「もちろん!はい、あーん!」
差し出されたみかんみたいな果実を食べる。
甘くて美味しい。
「おいしいね!
僕の一番好きな食べ物なんだよ!」
無邪気に笑う少年を見て、自然と笑みが溢れる。
「お兄さん笑ってくれた!」
そう言うと、少年も笑い出した。
「ふふっ、お兄さんも面白い人だね!
ずっと怖い顔してたのに!」
そう言われて初めて気づく。
俺は今どんな顔しているのだろう。
きっと普通の人間なら怖がるはずだ。
でも、今は全然怖くなかった。
むしろ楽しい気分だ。
「ねぇ、お兄さんの名前はなんていうの?」
「名前?俺は……。」
俺に名前はなかった。
親は俺を産んですぐに殺された。
竜の父も、人間の母も。
「…俺、名前がないんだ。」
「そっか、じゃあ僕がつけてあげる! そうだな〜……よし!決めた!」
少年は真剣な顔で言う。
「『じん』!お兄さんの名前だよ!」
「じん……。」
その名前を聞いた瞬間、
俺の胸に熱いものがこみ上げてくる。
「……ありがとう。」
涙が溢れそうになるのを必死に堪えて言った。
少年は不思議そうにしている。
「なんで泣いてんの?僕変なこと言ったかな!?」
「違うんだ、嬉しいんだ。」
少年は首を傾げる。
俺はこの日のことを一生忘れないだろう。
「ところで、君は誰なんだ? 村の子供なのか?」
俺は尋ねた。
こんなところに一人でいるはずはない。
誰かと一緒じゃないと危ない。
「僕ね…捨てられたんだ……。」
「……えっ?」
予想外の答えだった。
俺は動揺を隠せない。
「村が襲われた時に、みんな僕のこと置いて逃げたの……だから……その……」
だんだん声が小さくなっていく。
不安げな様子だ。
俺は安心させるように尻尾で温めた。
「君の名前は?」
「ん?僕、そら!」
「そうか、そらか。いい名前だな。
空のみたいに綺麗で澄んでる。」
俺は思ったことを素直に口にした。
すると、少し照れくさそうな顔をする。
「僕は……きれいなんかじゃないよ。」
暗い表情でうつむいた。
「僕は汚いんだって。こんな服来てるし…」
確かにボロ布のような服を着ている。
汚れていて薄茶色だ。
俺は少し考えてから口を開く。
「そんなことはないさ。
俺は好きだぞ、そういうの。」
「ほんと?お兄さん優しいね!」
笑顔になるそら。
すると、急に何か思い出したような反応をする。
「あっ!そうだ!僕用事ができちゃつた!
後でね!じん!」
そう言って走り去って行ってしまった。
また一人になった。
寂しくはあるが、不思議と心地良い気分だ。
しばらくすると雨が降ってきた。
俺は洞窟の中で休むことにした。
しかし、なかなか眠れない。
どうしても考えてしまうのだ。
『俺はいつまでここにいられるだろう』と。
そらは俺を認めてくれる。
でも、俺の存在が世間に知れ渡ってしまったら。
ここがバレてしまったら。
そらも俺も今のような生活はできないのだろう。
「お兄さーん!」
そらが大きな葉っぱを傘にしてやってきた。
「見てー!」
嬉々として泥だんごを見せてくる。
「いっぱいできたんだよ!
ほら、あの岩山の形そっくり!」
「すごいじゃないか!」
「えへへー!もっと褒めてー!」
頭を撫でると嬉しそうにする。
「お兄さんにあげる!」
手渡された泥団子は、
今まで見た中で1番綺麗なものだった。
「……ありがとう。大切にする。」
俺がお礼を言うと、
「どういたしましてー!
…僕もここで寝てもいいー?」
「いいよ。おいで。」
尻尾を広げてスペースを作る。
そこにそらが入ってきた。
二人で寄り添って丸くなる。
「あったかいなぁ。」
目を閉じながら呟くそらを見て、 思わず抱きしめたくなった。
「おやすみ、そら。」
「うん、おやすみねー…」
ああ、この子が幸せならそれでいい。
俺はそう感じるようになっていた。
「見つけたぞ…亜人…」
火の灯ったランプが洞窟を淡く照らす。
「…尻尾に寝てるのは…子供?」
「子供だけ回収して帰ろう。」
洞窟に残ったのは亜人と泥だんごだけだった。
次の日の朝…
「そら、おはよ…」
俺はあたりを見回す。
…いないのだ。そらが。
「どこに行ったんだ?」
昨日のことが夢のように思える。
だが、それは現実だった。
俺が外に出る。
すると、そこには……。
「……お前が……亜人か……。」
男がいた。
男は俺にナイフを向ける。
「そらは……どこにいるんだ……!?」
「あぁ、あの子供は回収させてもらった。
今はうちで過ごしてるよ。」
男はナイフを向けるのをやめることなく俺を睨んだ。
「そらは生きているんだな?」
「もちろんさ。でも、君のような化け物は捕まえなきゃいけない。」
男がニヤリと笑みを浮かべる。
「君のこと、知ってるよ。
竜と人間のハーフ。珍しいよねぇ…。」
「…………何が言いたい?」
「実験動物にしたいなって思ってね。」
「ふざけるな!!」
怒りで我を忘れそうになるのを抑える。
こいつは危険だ。
俺の本能が告げている。
「そ、そらを返せっ…」
「ダメだよ、君が実験動物になってくれないと返せない。申し訳ないけどね。」
「加減が分からない?俺だってお前を殺せるんだ。お前が俺を捕まえるようにな。」
俺は本気だ。
本気で殺すつもりだ。
なのに……
「うふっ…怖いこと言うなぁ…
でも、君には無理だ。」
「やってみないとわからないだろ……!」
俺は飛びかかる。
しかし、あっさり避けられる。
「無駄だってば…この日の為に訓練したんだ。」
そう言うと、懐から銃を取り出す。
「じゃ、さよなら。」
パンッという音と共に俺は倒れた。
「……あれ?死んでない……?
まさか、君は竜の血を引いているのか……」
竜の血……それがなんだっていう?
「言っただろ…?」
そう言って俺は立ち上がる。
「俺は少しだけ父さんの血を多く引いてんだ。」
俺は爪を伸ばし、男の頭を鷲掴みにした。
「お前を殺すぐらい造作もないんだよ!」
そして思い切り地面に叩きつけた。
バキィっと鈍い音がした。
骨が何本か折れたようだ。
「ぐぅ……はぁ……はぁ……」
男は血まみれになりながらも立ち上がった。
「はは……まだやるの?
そらを返してくれればそれでいいんだけど…」
「残念、そうはいかないみたいだ。」
彼は茂みを指さした。
「…お兄さん?」
そらは震えた声で話しかける。
「……そら!ごめ…」
俺が近づくと、そらはあとずさんだ。
怯えているようだった。
「大丈夫!何もしない!」
そう叫んでも効果はないらしい。
「お兄さん…誰?」
「え?」
「僕の知ってるお兄さんじゃない。」
そらは泣きそうな顔でこちらを見る。
「お兄さんの目は赤くないし、爪も長くなかった。それに、お兄さんは人を傷つけない。」
そらの瞳からは涙が零れていた。
「お兄さん……だれなの……?」
「俺の名前はじん。君の知っているお兄さんとは別人だよ。」……嘘をつくしかなかった。
「うそつき……」
そらは走り出した。
「待ってくれ!…待ってよ…」
「実験動物になる気になったか?」
俺は首を振った。
「そら、幸せに育ててやってくれ…」
洞窟に戻っていくと、そこには泥だんごが二つ置いてあった。




