第五話 ローズブレイド公爵家
「おお、アリシア、此度のドラゴン退治見事であったな。アルスも喜んでいたぞ」
「父上……いかに身内とはいえ、陛下に対して不敬ではないですか?」
「良いじゃないかアリシア、ここには家族しかいないのだから」
現王アルス陛下の伯父であり、宰相を務める父アランと魔法師団長の兄アルフレッド。
私が戻ったと聞くと泣きながら抱き着いてきてさすがの私も少々引いた。
可愛がってくださるのはありがたいことだが、今回ばかりは素直に喜ぶことは出来ない。
「今回の任務は明らかに失敗です。うを部下を死なせ、私自身も死にかけました。指揮官として判断を誤ったのは明白。陛下には騎士団長の職を辞することを願い出るつもりです」
「そう自分を責めるでないアリシア。幸い騎士たちは全員蘇生できるわけだし、なによりもドラゴンを倒したのは紛れもないお前の功績であろう?」
「そうだぞアリシア。そもそもお前がいなければ、街に現れたドラゴンによって何千という兵士や民の命や財産が失われていたはずだ。被害を最小限に抑えるために決断したことを褒めたたえこそすれ、貶すものなどこの国にはいない」
「父上……兄上……ありがとうございます」
たしかにそうかもしれないな。私が罰を受ければ、ともに戦った団員たちの功績もなかったことになってしまう。
だが、そうではない。功績を我々騎士団だけが受けるということが耐えられないのだ。
「父上、兄上、聞いてください。今回の件、最大の功労者は私ではありません。オスカー殿なのです!!」
彼の功績を盗むようなことがあれば、私はもはや騎士を名乗ることなど出来なくなる。
「お、オスカー殿……だと!?」
父と兄が、雷に打たれたように驚き固まる。
ん? 私は何かおかしなことを言っただろうか。
「あ、アリシア、だ、誰なんだその男は?」
「あのアリシアが男の名前を……」
よくわからないが、なんとなく失礼な反応をされているような気がする。
だがオスカー殿の名誉のためにもここはきちんと説明せねばなるまい。
「実は……」
父と兄に今回の経緯を話す。もちろんオスカー殿に迷惑がかからない範囲でだが。
「なるほどな……あのカーライル卿ならば納得だが……」
ほう……父上は彼のことを知っていたのか?
「ようやく男に興味を持ったと思ったのに、あのアイスマンが相手だとは……」
アイスマン? 何の話だ兄上?
「なんだ、二人ともオスカー殿を知っているのですか?」
当主とはいえ、辺境の一男爵家の人間を二人が知っているとはやや不可解ではあるが、知っているなら話が早い。
「あ、ああ、まあな。それで、お前から見てどうだった? オスカーという男は」
「ええ、実に好感のもてる人物でした。有能ですし優しくて謙虚。何よりも命の恩人でもあります」
いかん……オスカー殿を思い浮かべると何故だか顔が熱くなってくる。
「ほう……実は直接会ったことはないのだが、それほどの人物か。アリシアが他人をそこまで褒めるなど初めてじゃないか? なあアルフレッド?」
父上、それは誤解です。それではまるで私が他人を認めない傲慢な人間のようではありませんか!!
「そうか、やはりアリシアもイケメンが好きか」
「兄上、イケメンとはなんだ?」
兄上の使う言葉には付いていけないことがある。まあ流行りに敏感で聡いからこそ婦女子に人気があるのだろうが、私には理解できん。
「婦女子に好まれる容姿の男のことだ。オスカー・カーライルは王国でも屈指のイケメン。ただし女嫌いというか社交の場に滅多に顔を出さないし、秘かに懸想している貴族令嬢は一人や二人ではないのだが、まったく浮いた噂も無くてな。貴族連中の中では、アイスマンと揶揄する者もいる」
そ、そうだったのか。言われてみればたしかに好ましい見た目をしていたような気もするな。
「そうそう、第三王女のソフィアもカーライル卿の熱烈なファンでな。嫁がせてくれと言い出してアルスを困らせていたぞ」
「なっ!? それは駄目だ、オスカー殿は……」
まて、私は何を言おうとした?
「ほほう……そんなに気になるのか、オスカー殿のことが?」
「ふふふ、隠さなくても良いじゃないか、私たちはお前の味方だ」
くっ、なぜそんなにニヤニヤして嬉しそうなのだ。
「……た、たしかに気になっているのは事実ですが」
「良く言ったアリシア。家柄のことなら安心しろ、現在空位の辺境伯にカーライル卿を指名する」
父上が自信満々に宣言する。
「そ、そんなことが可能なのですか?」
「問題ない。元々カーライル家は様々な事情と歴史からあえて男爵家に留めていたのだ。今回の功績を持ち出すまでもなく、王国への貢献を考えれば侯爵家が本来適正な家格なのだよ」
「アリシアは騎士団だから知らないだろうけど、魔法師団はカーライル家がなければ存在しえなかった。そして今もね。ちなみに、今の神官長は彼の父親だよ」
……なんということだ。全然知らなかった。
「ところでアリシア、彼に御礼をするんだろ? アピールする絶好のチャンスじゃないか」
「あ、アピール? そ、そうか、では早速優良な清掃業者を手配……」
「待て待て、そんなことであの女嫌いのアイスマンが堕ちると思っているのか? 我が妹ながら情けない」
「む……だが、オスカー殿は掃除を手伝ってほしいと……」
「ふふん、私に良い考えがある。任せろアリシア」
たしかに殿方のことや色恋などまったくわからない自覚がある。
王都一浮名を流している兄上ならば良い方法を知っているのかもしれないな。