第四話 王都へ
翌朝、まだ薄暗い時間に屋敷を出発する。
団員たちの蘇生のタイムリミットを考えると少しでも早い方が良いだろうという判断です。
ゴトゴトゴト……
揺れる馬車の中、お世辞にも広いとはいえない空間に私とアリシアさまは向かい合わせ。
外の景色を眺めるアリシアさまの姿は絵画のように美しい。
残念ながら王都の若いご令嬢が好むような流行のドレスなど辺境の田舎屋敷にあるはずもなく、母が若いころ着ていたものをお貸ししたのですが、さすがは公爵令嬢、何を着ても様になるようです。
「……なあ、オスカー殿」
「はい、アリシアさま」
「疑問なのだが、他の馬車はどうやって動かしているのだ? 御者だけでも数十人は必要だろうに」
「ああ、そのことでしたら、ネロという従者の力を借りているのです」
「ネロ? 昨日は見かけなかったようだが……」
「はい、人手が必要になると考えましたので、ネロには集めに行ってもらっていたのです」
「集める? だが人の気配はなかったぞ」
「はは、ネロは死霊使いなのですよ。昨日戦闘のあった森で騎士たちの魂を集めてもらいました」
「……ということは、馬車を操っているのは……」
「はい、騎士たちの霊ですね。このまま王都へ連れて行けば一石二鳥ですし、ネロも操作しなくて良いので楽だと喜んでいましたよ」
魂と身体の距離はそのまま魔力の消費量に比例しますからね。神官長に過労死されても困りますし。
「な、なるほど、オスカー殿は優秀な従者たちを従えていて羨ましいな」
「そうですね、本当に皆には助けられています。私にはもったいないほどの者たちですよ。ただ……世間には死霊使いを忌み嫌う人々も多いので出来れば公言しないでいただけると助かります」
「わかった。そのようにするが、偏見や思い込みと言うのは悲しいものだな。私も気をつけねばなるまい」
人々が皆アリシアさまのように聡明であれば、きっと世界はもっと平和になるでしょうけれど。
「そういえば、オスカー殿はいつも王都と辺境を行き来しているのか?」
「ええ、辺境で採れた素材を王都で売るのですよ、あとは契約士としての仕事を少々。貴族とは名ばかりで半分商人や錬金術師のようなものです」
本音を言えば、ずっと辺境に籠っていたいのですが……ね。
「卑下することなど無いぞ、オスカー殿。自ら働き稼ぐことの何が悪い。領地経営もしっかりこなしているのだから、もっと誇るべきだ」
アリシアさまのアメジストのような高貴な瞳は王家の血を受け継ぐ証、裏表のないその高潔で真っすぐな眼差しが私を射抜く。
「ありがとうございます、アリシアさま」
私は打たれたように……気付けば頭を下げていたのです。
◇◇◇
辺境を発ってから三日、無事王都へ到着。
王城に隣接する騎士団本部までやってきた。アリシアさまを送り届けるためだ。
当初は大騒ぎになったものの、無事教会への遺体の引き渡しも終わり、馬車と馬車に積んだドラゴンの素材も騎士団の元へ届けることが出来た。私の役目はここまででしょう。
「それではアリシアさま、どうかお元気で」
「オスカー殿には本当に世話になった。この礼は後日必ず」
アリシアさまと過ごしたこの数日は夢のように楽しかったですが、本来気軽に言葉を交わすことすら許されないお方。
おそらくは二度とお会いすることはないでしょう。高位貴族が直接礼に来ることなどありえないですし、そろそろ婚約の噂もあると聞きます。
「いいえ、この国に住まうものとして当然のことをしたまでです。どうかお気にされませぬよう」
「むう……しかしそれでは私の気が済まぬ。何か困っていることくらいあるだろう?」
ふむ、あまりにも固辞するのもかえって失礼でしょうか。そうですね……
「ああ、そういえば王都の屋敷ですが、年の内半分は使っていないので毎回掃除が大変なのです。もし良い伝手などございましたらご紹介いただけると」
「なるほどわかった。すぐに手配しよう」
公爵家ならば良い業者を抱えているでしょうし、この程度のことならばアリシアさまの負担にもならないでしょうからね。掃除に困っているのは本当のことですし。期待はせずにおくとしましょう。