第三話 田舎暮らしも悪くない
「……これは……美味い!! なんだこの料理は? 王宮の料理よりも美味いぞ」
よほどお腹が空いていたのでしょう。ガツガツと一心不乱に食べ始めるアリシアさま。
ようやく一心地ついたのか、宮廷料理人が聞いたら怒りだしそうなことを言い始めましたね。
「……たいしたことないです。いつも通りに作っただけですから」
そう言いつつも料理を作ったビアンカも心なしか嬉しそうですね。
「お口に合ったようで何より。ビアンカの料理は絶品なのですよ」
「そんな……私の料理が世界一だなんて……嬉しいです」
……そこまでは言っていないんだけどねビアンカ。
「すごいなビアンカ殿は!! 回復魔法だけでなく料理までこの腕前とは。それにしても……いつもこんな食事が味わえるなんてカーライル卿は幸せ者だな」
焼きたてのパンに切れ目を入れて、キノコと採れたて野菜、黒ボア肉の燻製を厚切りにして挟んだだけのシンプルな辺境風料理をほおばりながらアリシアさまがビアンカを絶賛する。
たしかにビアンカは本当に有能です。家の中ではメイドのような仕事をしてもらっていますが、この屋敷全体に結界を張り巡らせているのも彼女ですし、魔物や外敵の駆除も彼女がやってくれていますからね。
「王都とは違い森で採れた新鮮な食材を使っていますからね。まあ田舎暮らしの唯一良いところですよ」
同じものは王都でも手に入りますけれど、やはり鮮度が違うと別物になってしまうのです。
「なるほどな、それならば田舎暮らしというのも意外に悪くないのかもしれんな」
豪快に笑いながらまた別の料理に手を伸ばすアリシアさま。本当によく食べますね。
私自身は小食なので、見ているだけで満腹になりそうな実に気持ちが良い食べっぷり。
ビアンカが慌てて追加の料理を取りに行っていますが、果たして用意した分で足りるのか心配になってきました。
「……ところでオスカー殿、そこにいるのは一体?」
私の足元でもきゅもきゅサラダを食べている緑色の猫……ならぬドラゴン。グリーンドラゴンは基本的に草食なのです。
「ああ、ヴェルデのことですか? 見ての通りドラゴンですよ」
「なっ!? ど、ドラゴンだと!? 危険ではないのか?」
「きちんと契約済みですので、ご安心ください」
「そ、それならば安心だが」
アリシアさまと戦ったドラゴンだというのは伏せておきましょう。仲間を殺したと知ってしまえば心穏やかではいられないでしょうから。
「……なあ、オスカー殿、私もその子にサラダを食べさせたいんだが?」
まあそうなりますよね。ヴェルデは可愛いですから。
ですが……
『きゅううう!?』
逃げるように私の後ろに隠れるヴェルデ。
まあ殺されかけた相手ですから無理もないですけれど。
「なっ!? なんで逃げるのだ? こ、怖くないぞ?」
……アリシアさま、その獲物を狙うような目と動きが怖いです。
◇◇◇
「そうですか……もう少し休まれた方が良いとは思いますが、やむをえませんね」
ビアンカが食後の茶をカップに注いでゆく。新茶は今の時期が一番香り高くて美味いのです。
「うむ、一刻も早く王都へ戻り今回の件を報告せねばならん。しかしこれまた美味いお茶だな……」
明日夜が明けたらすぐにでも王都へ発つというアリシアさま。どうやら当家のお茶を気に入ってくれたようで、早くもビアンカにお替わりを申し出ています。
「わかりました。それでは当家の馬車で王都までお送りいたしましょう」
「いやしかし、そこまで世話になっては……」
「いえ、ことは王国にとって重要なのですから、協力するのは貴族としては当然の務めです。それに、アリシアさまは馬や装備一式を失っておられるのですからね。徒歩で王都へ戻るおつもりですか?」
「ぐっ、それはそうなのだが……」
「ちょうど王都の屋敷へ戻る時期でしたので、私の方は数日程度予定を早めてもなんら問題はありません。それにアリシアさまが倒した戦利品のドラゴンの素材も回収してありますから、十分な凱旋の手土産になるかと」
「すまない……恩に着る」
深々と頭を下げるアリシアさま。
「いいえ、本当にお気になさらず。あ、それから亡くなられた騎士の皆さまの遺体も修復して保存してありますので、上手くいけば王都の教会で蘇生も可能となるでしょう」
死者の魂は七日七晩この世に残ると言われていますからね。その間に蘇生の儀式を行えば、生き返る可能性は高いです。
もちろん肉体が損傷していては不可能なのですが、ビアンカとヴェルデが頑張ってくれたおかげで、全員分綺麗な状態で回収することが出来ました。
遺体には保存の術式がかけられているので、腐敗が進むこともありませんしね。
「……オスカー殿、言葉もない。どれほど感謝しているか伝えることが出来ない」
「そのお気持ちだけで十分ですよ。もっとも、教会の神官長殿が過労死するかもしれませんが」
蘇生の儀式は高位の神官でないと行えない。人数が多いだけに、おそらく回復薬を飲みながらの徹夜の作業になるでしょうね。
「ハハハ、違いない」
ようやく笑顔が戻ったようですね。元気になられて本当に良かった。
「さあ明日は早いのですから、アリシアさまは、そろそろお休みになってください」
「そうか、だが先ほどまで寝ていたおかげで眠くはないのだ、何か私に手伝えることはないか?」
「駄目ですよ。興奮状態にあるだけで、まだ本調子ではないのです。今は体を休めることに集中してください。横になって目を休めるだけでも違います」
本来であれば最低1週間は休養をとってもらいたいところ。アリシアさまでなければ、起き上がることも難しい状態なのですよ。焦るお気持ちはわかりますけれど……ね。
「そうだな……すまん無理を言った」
さすがは騎士団長。常に命の危険と隣り合わせの環境に身を置くものとして、体調管理の重要性は誰よりもよくわかっているということでしょうか。
ビアンカに連れられて寝室へと戻ってゆくアリシアさまの背中はやはりまだ本調子からは程遠い印象です。せめて朝までゆっくりお休みください。
「さて、私の方も朝までに出発の準備を終えなくてはいけないね」
とはいえ、大方準備は終わっている状態ではあったので、今更荷造りなどは必要ないのですが。
「オスカーさま、騎士団の馬車の回収、修理、御遺体の積み込み終わりました」
「ご苦労様でしたブルー、予定が変わってしまい申し訳ないのですが、留守中屋敷を頼みましたよ」
「はい、かしこまりましたオスカーさま」
屋敷のことは執事のブルーに任せておけば心配はないですし。私も少しだけ休ませてもらいましょうか。