第一話 竜と騎士
「……おや? 今日はやけに森が騒がしいですね」
嫌な予感がします。何事も無いと良いのですが。
薬草を集めに森に入ると、かすかな金属臭が鼻をつく。
「……血の匂い……しかも大量の……これは急いだほうがいいかもしれません」
森の奥へ進むほどに匂いが強く鮮明になってくる。間違いない。これは人間の血の匂い。
ですが……こんな辺境の森になぜ?
「これは……!? 王立騎士団の紋章!?」
至る所に転がっている動かなくなった騎士たち。盾や甲冑には薔薇と剣を組み合わせた紋章が見て取れる。
王家と直属の騎士団にのみ許される名誉ある印。見間違いようがない。
樹々は根元から折れ、地面は大きく抉られクレーター状になっている。辺りには木々や肉の焼け焦げた匂いが立ち込め、広範囲に渡って激しい戦闘が繰り広げられたことを物語っている。正直、目を覆いたくなるような惨状だ。
「高熱によって土がガラス質に変化していますね……」
ここまで高温の熱……おそらくはドラゴンのブレス。
そういえば、辺境に出現したドラゴンを討伐するために騎士団が派遣されたとかいう噂を少し前に聞いたような気がする。
「この様子だと生き残りは……厳しいかもしれませんね」
ブレスの熱がいまだに燻っている。ドラゴンは森の奥へ向かいましたか……。
生き残りがいるにせよそうでないにせよ、手負いのドラゴンをこのまま放置しておくことはできない。
「っ!? これは……!?」
森をさらに奥へと進んでゆくと、小さな砦ほどありそうな巨大なドラゴンが、体を横たえている。
明らかに満身創痍、急所に槍が深々と突き刺さっていて、どうやらこれが致命傷になりそうだ。もはやまともに動くことすらかなわず、最期の時を待つばかりなのだろう。
そして……もう一人
「ローズブレイド騎士団長……」
王国民であれば誰もが知っている最強の騎士。
数々の英雄譚は劇にもなっており、その名は吟遊詩人たちによって大陸中に鳴り響いている。
その凄まじい鬼神のごとき戦いぶりは『戦鬼』と称され、敵味方問わず畏怖の対象。もはや生ける伝説といっても過言ではない。
「一度剣を抜けば、敵を殲滅するまで止まらない……でしたかね?」
こちらもかなりの重症……放置すれば危険ですが、ただちに命の危険はないでしょう。
ドラゴンを単身でここまで痛めつけるとは……まさに噂にたがわぬ勇猛ぶり。
彼女はひとまず後回し。
息も絶え絶えなドラゴンの対処が先決ですね。
『gururururu……』
最後の力を振り絞り、その琥珀色の瞳で睨みつけてくるグリーンドラゴン。
まだ若い個体。おそらくは独り立ちしたばかりで迷い出てきたのでしょうが……。
『可哀そうに……今苦しみから解放してあげましょうね』
ヒュー、ヒューとかすれたような荒い呼吸……焦点の合わなくなった瞳。命の炎が今まさに燃え尽きようとしている。
『死にゆくものよ 森の覇者よ 孤高なる魂よ 我は求め訴えん 古の契約 うつつの夢 かりそめの死と生のはざまに 宿れ リインカーネーション!!』
肉体からその魂が抜け出る瞬間、ドラゴンの魂は昇天することなく、私が用意したぬいぐるみに吸い込まれてゆく。
ふう……成功するかは賭けでしたが、どうやら契約に応じてくれたようです。
まだ若く、生への執着が強い個体でしたからね。成功する確率は高いと思っていましたが、ギリギリ間に合って良かった。
『きゅう……』
猫ほどのサイズになったドラゴンが上目遣いでこちらを見上げている。
「その体に馴染むまで時間が必要ですね」
ちびドラゴンを抱き上げ肩に乗せる。
「お前の名前は……緑色だからヴェルデです。我ながら安易なネーミングセンスで申し訳ないのですが」
『あいっ!!』
嬉しそうに翼をパタパタし始めるヴェルデ。
ふむ、気に入ってくれたようで良かったです。
「さてと……それでは騎士団長殿を連れて屋敷へ戻るとしましょうか」
その艶やかで木漏れ日のような柔らかいブロンドの髪は、ドラゴンの返り血と自らの流した血によって見る影もない。
「あまり回復魔法は得意ではないんですけれどね」
応急処置的に回復魔法で止血する。
下手に傷を治すと、痕になって残ったり、上手く動かなくなることがある。幸い私の屋敷までは目と鼻の先。そこまで持てばよい。
「失礼します」
騎士団長殿を背負い森を歩く。
ヴェルデに周辺を調べてもらったが、残念ながら他に生存者を見つけることは出来なかった。