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普通女子、普通なだけで、普通でない出来事に巻き込まれる

作者: 藤井

ボイコネライブ大賞応募作品のため、セリフの記述が特殊です。読みにくいと感じる方がいらっしゃるかもしれません。それでも大丈夫と言う方は、ぜひお読みください。それでは少しでも楽しんでいただけると嬉しいです。

 私、シュリー・ホワイトは自分が普通だと知っている。

 

 特別可愛いわけでも美人なわけでもない。

 すごく頭がいいとか、足が速いとか、何かに秀でているわけでもない、平凡な人間だ。


 だから、友人のリンダが自分の店を持つことになったと聞いた時、羨ましかった。

 リンダは昔から手先が器用で、小さいけれど可愛い雑貨屋をオープンさせるのだと、瞳をキラキラさせて生き生きとしていた。


 特別好きなことも得意なこともない自分とは大違いだ。


 そして、同じタイミングでもう一人の友人のサラが、パン屋の若旦那と結婚することになった。

 昔から可愛くて愛嬌のあるサラは、少し照れながらも嬉しそうだった。


 二人に比べて自分には何もないと私は焦った。


 私には、恋人がいるわけでもなく、何か特技があるわけでもない。

 近所だからと勤めている飲食店に不満はないけど、特別この仕事が好きだと言うわけでもなくて、ただなんとなく働いて、日々を過ごしている。

 仕事もプライベートも中途半端で、みんなに比べるとパッとしないのが私だ。


 そんな私のパッとしない人生は、これからも続いていくと思っていた。


 そう思っていたのに、それは突然訪れた。

 

 クリス:シュリー・ホワイトさん。


 艶のある透き通る声が響く。

 その声の主が見たくて私は思わず振り向いた。


 そこにいたのは、明らかに身分の高そうな綺麗な服を着た男の人だった。


 クリス:少しよろしいでしょうか?


 あ、この声持って帰りたい。

 瞬間的にそう思うほどに綺麗な声だった。


 長い銀の髪がキラキラしていて、顔も綺麗で思わず見とれそうになるけれど、今はそれどころではない。


 シュリー:どちら様でしょうか?

 クリス:失礼、自己紹介がまだでしたね。私の名はクリス・パーカー。

 シュリー:ク、クリス・パーカー? ってあのクリス・パーカー?

 クリス:あのが何かはわかりませんが、一応この国で宰相をやらせていただいております。


 知ってる、とは言っても、実際に目にしたことなんてもちろんない。

 でも噂は庶民の私でも聞いたことがある。

 我が国の宰相は、ものすごく頭が良くて、ものすごく仕事ができて、ものすごく顔が良くモテるらしいと。


 噂の主を思わずまじまじと見つめてしまったのは、同じ人間なのかと疑ってしまうほど美しいからだ。

 

 クリス:少しよろしいでしょうか?


 顔もかなりの美しさだけれど、やっぱり声が綺麗すぎる。

 その声を、ずっと聞いていたいと思ってしまう。

 そう思って聞き惚れていた私は、一気に現実に戻される。


 クリス:シュリー・ホワイトさん、身長、体重、スリーサイズ、知力、体力は見事に平均値。髪、瞳、共に我が国で一番多いブラウン。経済力は平均値より低めですが、それは問題なしです。

 シュリー:はい?

 クリス:そして、結婚適齢期であり、現在交際相手はいない。


 何やら書類を見ながらそう言った宰相様に私は開いた口が塞がらなかった。


 クリス:普通の中の普通、普通を極めた普通ですね。


 自他共に認める普通な私だけれど、他人から指摘されるとなぜかグサリとくるものがある。

 だから、少しムッとしてしまったのは仕方ないと思いたい。


 シュリー:普通な私に、何か御用でしょうか?

 クリス:もちろんです。


 妙に力強く肯定された瞬間、私はなぜか嫌な予感がした。


 クリス:お願いがあります。

 シュリー:お願いですか?

 クリス:ええ、実は。


 そう言って話し始めた宰相様の話をまとめるとこうだ。


 シュリー:可愛いと噂の隣国のお姫様に結婚を迫られた。

 クリス:ええ。

 シュリー:咄嗟に恋人がいると嘘をついたはいいけど、実際には恋人なんていない。

 クリス:はい。

 シュリー:でも、恋人に会わせてくれなければ諦めきれないと言われて、どうにか煙に巻こうとしたけれど、相手がしつこすぎる。

 クリス:その通りです。押しかけてくるのです。


 これだけ綺麗な顔でこの声だ。

 迫られても不思議じゃないと思う。

 モテる男も辛いんだなと他人事のように思っていた私だけれど、フッと疑問がよぎる。


 シュリー:えーと、それで、私にお願いとは?


 だって今の話を聞く限り、普通な私に何をお願いするのか見当もつかない。

 そう思って、じっと宰相様を見つめると、なぜか宰相様は笑みを浮かべた。


 クリス:あまりひどい断り方をすれば外交問題になりかねないので強く出ることはできません。できるだけ穏便に事を収めたいと思っています。

 シュリー:確かに、せっかっく和平が結ばれたばかりなのに、揉めたくはないですよね。

 クリス:そこで、シュリー嬢にはぜひ、私の恋人役をお願いしたいのです。もちろん報酬も出します。

 シュリー:え? 無理です。

 クリス:そんなことはありません。これは国の生末を左右する案件です。

 シュリー:そんな大事なことなら、余計に私では力不足です。

 クリス:いいえ。適任です。

 シュリー:適任って? どこがですか?


 私がそう言うと、キョトンと驚いた顔をする宰相様。

 キョトンとしたいのは私の方だと思う。

 

 クリス:いいですか、普通というのは素晴らしいことです。

 シュリー:はあ。

 クリス:人は普通になりたくても、普通にはなれません。

 シュリー:はい?

 クリス:可もなく不可もなく、誰から見ても普通というのは素晴らしい才能です。


 あれ?

 褒められているのか貶されているのかよくわからない。

 普通がいかに素晴らしいかを語る宰相様は、妙に力が入っているということだけはわかる。


 クリス:普通と言うのは平均値です。大多数の中の真ん中、あちらでもないこちらでもない、中心なのです。普通とはとてつもない可能性を秘めているのです。


 普通について語る宰相様のこの感じ、話しが長くなりそうだと察した私は思い切って声を出す。


 シュリー:あ、あの。

 クリス:……失礼、とにかく私が言いたいのは、シェリー嬢にはぜび今回恋人役を引き受けていただきたいということです。

 シュリー:え、でも、そんな、急に言われても。

 クリス:ええ、ええ、わかっています。考える時間も必要でしょうから、明日また来ます。

 シュリー:え、明日ですか?

 クリス:はい、今日は突然すみませんでした。それでは、前向きに検討して頂けると助かります。


 フッっと爽やかに笑って宰相様は帰っていった。

 その姿が見えなくなってもしばらく、私はその場に立ち尽くしていた。

 いつもの道を歩いているだけなのに、フワフワしたまま家に帰り、ベッドに倒れ込んだ。


 シュリー:どうしたらいいんだろう。


 誰かに相談しようにも、リンダはお店がオープンしたばかりで忙しいだろうし、サラだって新婚ホヤホヤだ。家に押し掛けるわけにもいかない。


 その夜はぐっすり眠れなかった。

 考えないようにして寝ようと思っても、あの声を何度も思い出してしまう。

 きっとあの声を聞いた瞬間、私はあの声のファンになったんだと思う。

 けれど、そんなことだけで、恋人役を引き受けるなんておかしい気がする。


 悶々としてあまり眠ることができないまま迎えた翌日。

 いつもように仕事に行く準備をして、家を出れば、宰相様がいた。


 クリス:おはようございます。

 シュリー:おはようございます。

 クリス:今回のお話、引き受けていただけますか?


 宰相様は多分本気で断ったら諦めてくれると思う。

 けれど心のどこかで、この非日常を楽しみたいと思っている自分がいる。

 毎日に不満があるわけではないけれど、普通の私が、普通でない出来事を体験できるチャンスなんてなかなかないと思う。

 それに、こんなに綺麗な人の恋人役なんて、やりたくてもできないだろうし、そしてなにより、この声を聞いていたいと思った。声が綺麗すぎて、耳に残しておけたらいいのにと思ったのは初めてだ。


 シュリー:本当に私でいいのですか?

 クリス:もちろんです。

 シュリー:それでは、私でよければ。

 クリス:本当ですか?

 シュリー:はい

 クリス:ありがとうございます


 嬉しそうに弾む声は、さらにいい声だと思う。


 クリス:詳しい話をしたいので、今から城まで一緒に行っていただけますか?

 シュリー:私、実は今から仕事なんです。

 クリス:はい、存じております。職場の方にはしばらくお休みをいただくよう伝えておきました。

 シュリー:え?

 クリス:あのレストランの店主とは古い友人で、話を通しておきました。

 シュリー:ええ?

 クリス:こちらが店主のサイン入りの休暇許可証です。


 ということで、あれよあれよという間に馬車に揺られる私。


 シュリー:あ、あの私、こんな格好で大丈夫でしょうか?


 私の今の格好は仕事をするときの服で、髪も邪魔にならないように一つに結んでいるだけだ。さすがにエプロンはつけていないけれど、城に行っていい格好ではない気がする。


 クリス:私はその恰好嫌いじゃないですよ。

 シュリー:え?

 クリス:働きやすい効率的な服装で、清潔感もあります。


 仕事の時に着るこの白い服だけは、できるだけ清潔に見えるようにしている。

 少ない給料から洗い替えの白いシャツを買って、毎日洗濯しているのだ。別に誰かに褒めてもらいたくてそうしていたわけではないけれど、なんだか今の言葉が嬉しかった。


 クリス:私も白いシャツを購入しようと決めました。

 シュリー:はい?

 クリス:普通な感じが最高だと思います。

 シュリー:え?

 クリス:私も普通の白いシャツを着たら普通に見えるでしょうから。


 そう言って機嫌の良さそうな宰相様に私は苦笑いをした。


 だって、宰相様レベルの美形な方が、白いシャツを着たら、きっと洗練されて見えると思う。

 ただ本人が妙に普通に憧れを持っているようだから、そこは敢えて触れずにスルーしよう。


 ウキウキと楽しそうな宰相様は、私にどこでシャツを買ったのかと聞いて、そのお店に今度一緒に行くと張り切っている。


 シュリー:あの、でもですね、庶民が行くお店ですよ。

 クリス:はい、楽しみにしていますね。


 そんな話をしていたら、あっという間に城に到着。


 クリス:そういえば、私のことはクリスと呼んでいただけますか?

 シュリー:え?

 クリス:恋人同士という設定ですので、名を呼ばなければ不自然だと思いまして。

 シュリー:あ、はい。そうですね。それでは私のことはシュリーと呼んで下さい。

 クリス:ええ、ではお互い名前で呼び合いましょう。シュリー

 シュリー:はい、クリス。


 馬車を降り、そんなことを話しながら、クリスの後ろを歩いているときはまだよかった。

 お城って綺麗だなとか、天井が高いのはどうやって掃除してるんだろうとか、そんなことを考える余裕があったんだ。


 けれど、階段を上って歩いている時、クリスのもとに一人の文官の服を着た男性が慌てた様子で駆け寄ってきた。

 隣国の姫が、来城したとの知らせを持って。


 クリス:帰国したばかりでしばらくは来ないだろうと思っていました。


 そう言って頭を抱えるクリス。


 クリス:シュリー、すみません。急ですが、今日の夜パーティーに私と一緒に参加してほしいのです。

 シュリー:パーティーですか?

 クリス:はい。急で申し訳ないのですが、私のパートナーとして参加をお願いします。

 シュリー:私で大丈夫でしょうか?

 クリス:もちろんです。パーティーでシュリーをお披露目できたらと思います。

 シュリー:お披露目ですか?

 クリス:ええ、まあ、自慢ですね。

 シュリー:じ、自慢ですか?

 クリス:シュリーが私の恋人なのだと、自慢します。


 嘘だとわかっているけれど、そんなこと言われ慣れていない私の顔は熱くなる。

 フッと笑うクリスから色気が駄々洩れている気がする。


 クリス:すみません。本当は今日はゆっくり話をして、いろんなことを説明したりしたかったのですが。

 シュリー:いえ、昨日から急展開が多くて驚きすぎて、だんだん慣れてきました。


 そう言って笑う私に、クリスが瞳を細めて優しい顔で笑っている。

 私はその顔を見て、あんな綺麗な顔で、そんな風に優しく笑うなんて反則だと思った。隣国の姫ではないけれど、クリスを好きになる理由がわかる気がした。


 それからは、驚きの連続だ。

 案内された部屋で休んでいると、メイドさんたちが入ってきて一斉に頭を下げている。

 頭を下げることはあるけれど、こんな風に人に頭を下げられることなんてない私はどうしていいのかわからない。

 

 クリス:ここにいる者たちが本日シュリーの世話をする者たちです。


 グッと肩を抱き寄せられて、内心で驚く私。

 クリスとの距離が近づいた瞬間、クリスからいい匂いがしてくるし、なんだか距離が近すぎて恥ずかしい。


 メイド:本日はよろしくお願いいたします。


 クリスは私にニコリと笑い、一つ頷くから、私はクリスの腕の中で慌てて自己紹介をする。


 シュリー:初めまして。シュリー・ホワイトと申します。


 肩を抱き寄せられているから、大きくお辞儀はできないから、小さく頭を下げる。

 

 クリス:女性は準備に時間がかかるでしょうから、早速ですがよろしくお願いします。また後で顔を出します。


 それからは、メイドの皆様にお風呂に入れてもらい、マッサージを受け、私は言われるがままだ。何やらいい匂いのする香油を塗られて、肌や髪が艶々になっていく。

 そうして、お風呂が終わって、用意されているドレスに袖を通した。

 体のラインに沿った紺色のドレスには、銀色の糸で鮮やかな刺繍がしてあるもので、素晴らしいドレスだ。おしゃれと言えば、誰かの結婚式に行ったときに少し可愛いワンピースを着たりするぐらいで、こんな豪華なドレスを着る日がくるなんて思わなかった。


 ドレスを着て、綺麗に化粧されて、髪もアレンジされた姿を、鏡で見た瞬間、私は目を見開いた。


 シュリー:すごい。自分じゃないみたい。


 普通の私でも、プロの手にかかれば、それなりに見えるようだ。


 シュリー:皆さんのおかげです。ありがとうございます。

 

 メイドさんたちは、お互いに顔を見合わせて何やら頷きあっている。


 メイドさんたちが言うには、隣国の姫は、よくこの城に滞在しているらしい。気分屋な姫のわがままに付き合うのにメイドさんたちはとても苦労しているとのこと。クリスへのつき纏いもひどいそうだ。そんな姫の話を聞いていれば、ノックの音とともに、クリスが部屋へと入ってきた。


 クリス:シュリー、とても美しいですね。

 シュリー:ありがとうございます。メイドさんたちのおかげです。

 クリス:本当に美しいです。

 シュリー:はは、どうやら化粧映えする顔みたいで。


 窓の外が暗くなり、いよいよパーティー会場へ向かう時間がやってきた。

 ドキドキとする私とは違い、クリスは落ち着いている。


 クリス:緊張していますか?

 シュリー:はい、とても。

 クリス:私が隣にいます。

 シュリー:はい、頼りにしています。


 ドキドキとしたまま、クリスの腕に手を添える。

 いざ、入場してみると、周りの人が、みんなこちらを見ている気がする。

 緊張しすぎて、足元はフワフワしているし、頭が真っ白になった。


 不安と緊張でどうにかなってしまいそうだと思った、その瞬間、クリスにグッと腰を引き寄せられて、耳元で囁かれた。


 クリス:シュリー、大丈夫ですよ。


 私はこんな状況なのにその声に聞き惚れ、足元に感覚が戻ってくる。


 シュリー:あ、え、は、はい。

 クリス:自信を持ってください。みんなあなたが美しくてこちらを見ているのです。

 シュリー:いや、さすがにそれはないと思いますが、嘘でも嬉しいです。

 クリス:私は嘘はつきませんよ。


 ニコリと綺麗に笑うクリスと緊張から顔が強張っているだろう私。

 ちゃんと恋人同士に見えているだろうかと不安になる。


 シュリー:クリス耳を貸してください。


 私の身長ではクリスの耳元に口が届かないのだ。おかげで内緒話もできない。


 クリス:どうしましたか?


 高さを合わせてくれたクリスに囁き声で私は言った。


 シュリー:私たちちゃんと恋人同士に見えていますか? 大丈夫ですか?

 クリス:問題ありません。

 シュリー:それならいいのですが、何かおかしいところがあったら言ってくださいね。

 クリス:私の色のドレスを纏って、こんなに近い距離で親密にしていれば、誰がどう見ても恋人にしか見えないでしょう。


 私の色のドレス?と疑問に思ったけれど、クリスに紺色の瞳と綺麗な銀髪をみて私はハッとした。確かにこの色の組み合わせはクリスの色だ。


 クリス:ダンスを一曲お願いできますか?

 シュリー:え、いや、私、ダンスは踊ったことはありません。


 なんて話をしていたら、何やら前の方から騒めきが広がった。

 

 クリス:来ますよ。


 その一言を聞いた直後、人垣が割れる。

 そうして現れたのは、真っ赤なセクシーなドレスを着こなした女性だった。

 思わず胸元に目が行ってしまうほど、立派なお胸だ。

 ブロンドの髪が美しく、サラリと揺れている。


 クリス:こんばんは、アメリア姫。

 アメリア姫:パーティーに参加されるときはぜび私をパートナーにとお願いしていましたのに。

 クリス:すみません。本日は恋人を連れてきていますので。 


 そう言いながらクリスは、私をさらに抱き寄せた。

 アメリア姫は、私を上から下まで見つめて、フッと笑った。

 スタイル抜群の絶世の美女からしてみれば、私なんてその辺に落ちているじゃがいものようなものだろう。


 クリスとアメリア姫が隣に並ぶと絵になる。

 クリスはなんでこんなに魅力的な女性に迫られて嫌なんだろうかと不思議だ。

 

 そんなことを考えている私の腰を掴むクリスの手に力が入った。

 私は接客業で培った愛想笑いを武器に慌てて自己紹介をした。


 シュリー:シュリー・ホワイトと申します。


 精一杯の笑顔で小さく礼をする私をアメリア姫はじっと見ていた。

 その時、その場に音楽が鳴り響いた。

 どうやらダンスパーティーの始まりらしい。


 姫の登場で、抱き寄せられた私は、クリスとの隙間がないぐらい密着している。

 アメリア姫はもちろん、会場中の視線を集めている私は、愛想笑いしかできない。


 アメリア姫:私の方がクリス様の隣が似合うわ。


 美女にそう言われて、思わず頷いてしまう。

 だからだろう、呆気にとられた顔をしたアメリア姫。


 その時不意に、クリスが、私の腰を離した。

 かと、思ったら、私の手に唇を寄せる。


 クリス:一曲踊っていただけますか?

 シュリー:え、え、ええと、はい。


 姫様ほったらかしていいの? と疑問に思う私だけれど、クリスは強引に私の手を取ると、ダンスの輪へと引っ張っていく。


 クリス:さっきは嫌な思いをさせてしまい、すみません。

 シュリー:いえ、全然、私は何とも思っていないですから。あの、それよりも、私ダンス踊ったことないんですよ。


 ダンスの輪に入ったのはいいけれど、踊りなんてさっぱりな私。周りの人を見て必死に足を動かしているけれど、見よう見まねもいいところだ。


 クリス:踊れていますよ。

 シュリー:いや、これは、ただ真似しているだけです。

 クリス:本当に踊ったことがないのですか?

 シュリー:はい。もう真似をするのに必死すぎて、大変です。


 斜め前の人の足を見るのに必死な私は、笑うクリスの顔を見る余裕もなかった。

 機嫌よさそうな喉で笑うクリスの声が耳に響いている。


 そうしてなんとかダンスを踊ったあとは、逃げるように会場から脱出した。


 クリス:今日はありがとうございました。

 シュリー:いえ、お役に立てたでしょうか?

 クリス:もちろんです。

 シュリー:それならよかったです。

 

 サッと一礼してクリスの手配してくれた馬車に乗り込む。


 綺麗な服を着て、煌びやかな世界に足を踏み入れた私。

 こんな豪華な馬車に乗ることも最初で最後だ。


 クリスともきっともう会うことはないだろう。

 それが、すごく寂しいと思うのは、なんでだろうと深く考えてはいけない気がする。


 小さな自分の家に着いた時、魔法が解けたかのように現実に戻った私。


 私の手に残ったのは、煌びやかな紺色のドレスと今回の報酬だと荷物に入れられていた金貨の袋。

 どちらもクローゼットの一番奥にしまい込んだ。


 シュリー:とりあえず、寝よ。


 嬉しいはずの報酬の金貨がなぜ、虚しく感じるのかなんて考えない。

 クリスに抱き寄せられた感触がまだ体に残っていて、私は自分で自分を抱きしめた。


 なんだか寂しい。


 シュリー:でも、楽しかった……かな。


 お城でダンスを踊る日がくるなんて、人生に何があるかわからない。


 一夜の夢のような体験を胸にこれから頑張っていこう。

 なんて思って迎えた翌日。


 シュリー:いらっしゃいませ?


 思わず疑問形になってしまったのは許してほしい。


 アメリア姫:私はお客ですわ。


 昨日見た、アメリア姫がなぜか私の働く飲食店へと来店されている。

 お客様として扱っていいものか迷ったけれど、本人がお客と言うから、席にご案内する。


 奥から出てきた店長は、異様な雰囲気を察してか、サッと厨房に引っ込んだ。


 アメリア姫は私をじっと見ている。


 アメリア姫:今日はあなたに聞きたいことがあって参りました。

 シュリー:聞きたいことですか?

 アメリア姫:はい。クリス様はあなたのどこが好きなのですか?

 シュリー:好きな所ですか?


 困った。とても困った。だって、私はクリスの恋人ではないのだから。

 けれど、昨日の今日で答えないわけにもいかないよなと思いながら、私はクリスとの会話を思い出す。


 シュリー:普通のところが好きだと言われました。

 アメリア姫:今、なんと?

 シュリー:身長、体重、知力、体力、スリーサイズ、私は平均値なんだそうです。さらにはこの国で一番多い、茶髪に茶色の瞳です。

 アメリア姫:それが何だと言うのです?

 シュリー:クリスはあちらでもないこちらでもない、大多数の真ん中、普通の中の普通、普通を極めた普通が好みだそうですよ。


 アメリア姫は信じられないと言わんばかりの顔で驚いている。

 

 アメリア姫:あ、あなた、そんなことを言われて悔しくないのですか?

 シュリー:いえ、本当ですし、私は自分が普通だと一番知っていますから。


 そんな話をしていると外が騒がしくなった。


 アメリア姫:どうやらお話はここまでですね。


 アメリア姫を呼ぶ声が聞こえてきたことで、話しはそれで終わりになった。


 その日は、アメリア姫が来たこと以外では変わったことはなかった。

 私のいつも通りの日常がやっと戻ってきたと、そう思っていたのだけれど。


 クリス:お疲れ様です。

 シュリー:えっと、はい。お疲れ様です。


 仕事終わりに店の裏口から外に出れば、クリスがいる。


 クリス:今日姫がここに来たと聞きました。大丈夫でしたか?

 シュリー:はい。ちゃんと恋人のふりをして誤魔化しておきましたので大丈夫ですよ。

 クリス:いえ、そうではなく、シュリーあなたは大丈夫でしたか?

 シュリー:私ですか?

 クリス:ええ、何か危害を加えられたりしてませんか?

 シュリー:はい、もちろん大丈夫ですよ。

 クリス:あなたが無事ならよかったです。


 そう言って微笑んだクリスだけれど、なんだか疲れて見える。


 シュリー:クリス、疲れてませんか?

 クリス:そうですね、アメリア姫がここに来たと聞いて、とても心配でしたから。

 シュリー:アメリア姫は、クリスは私のどこが好きのなのかと聞いてこられたので、ばっちり説明しておきました。

 クリス:説明ですか?

 シュリー:はい、クリスは普通の中の普通、普通を極めた普通が好みだそうですよと。

 クリス:え?

 シュリー:普通とはかけ離れているアメリア姫にしてみれば、普通が好みだと言われたら、自分はクリスの好みではないとわかるでしょうし。これで諦めてくれるといいですね。


 そう言った私に、クリスはなぜか口をポカンと開けていた。


 シュリー:あれ? どうしましたか?


 クリスは、次の瞬間、私のと距離を詰めて私の両肩をガシッと掴んだ。


 クリス:私の好みは普通というわけではありません。

 シュリー:え? そうなんですか?

 クリス:私の好みは……

 

 クリスの好みぜひ知りたい。そう思って続きを待っていた私だけれど、裏口から店長がちょうどでてきたことで話が途切れた。


 クリス:今日のところは帰ります。


 サッと踵を返すクリスの背を見送って、私も家路に着く。


 それから数日は、何事もなく、いつもの日常が戻ってきた。

 いつものように仕事に行って、家に帰って、普通の私の普通の毎日。


 シュリー:でも今日は少しだけ特別な日だ。


 だって今日は給料日だから。


 お城でお化粧をしてもらってから、お化粧品が欲しくなった私。

 給料がでたらお買い物に行こうと決めていたから、今日はお買い物の日だ。

 少しいい化粧品が売っているエリアは、なんだか店構えからして、庶民が行く店とは違うけれど、勇気を出して扉に手をかけた。

 キラキラした店内に目を奪われる。

 たくさんの化粧品があり、種類がいっぱいだ。

 高いものだから、真剣に吟味していれば、フッと声を掛けれらた。


 アメリア姫:あら?あなたは……


 顔を上げた先にいたのはアメリア姫だ。

 

 アメリア姫:ちょうどよかったわ。


 そう言ってガシッと私の手首を握ったアメリア姫は、そのまま出て行こうとする。


 シュリー:え、あの、ちょっと、いったい、どこに。

 アメリア姫:行きますわよ。


 普通代表の一般庶民が、隣国の姫に逆らえるわけもなく、私はアメリア姫に連れられて、あれよあれよという間に、馬車の中だ。


 アメリア姫:あなたとお話したいと思っていましたの。この間は時間が足りませんでしたし。


 私は話すことなんてないとは言えず、ハハハと愛笑いだ。

 行き先はアメリア姫の滞在先であるお城だ。


 もう二度とくることはないと思っていたのに、再び訪れることになるとは思わない。


 前回はクリスと歩いた道を、アメリア姫の後ろをついて歩く。


 アメリア姫は国賓だ。

 部屋も恐ろしく広く、煌びやかだ。

 そんな豪華な部屋で、お姫様とお茶をする私。

 この間のパーティーもだけれど、今も夢を見ているようだ。


 アメリア姫:それで、この間の話の続きを。

 シュリー:えっと、話と言いますと?


 何を話してたんだっけ?


 アメリア姫:クリス様は普通の中の普通、普通を極めた普通が好きだと。

 シュリー:あ、はい、そうですね。そんな話をしていましたね。

 アメリア姫:普通とは、なんですの?

 シュリー:え? 普通ですか?


 普通の説明をすればいいの? いや、そんなまさかと、内心では大混乱な私。

 質問の意図すらわからないし。変なことを言って機嫌を損ねるのも怖いしどうしよう。

 困った。

 と、心底困っていたら、救世主が現れた。


 クリス:シュリー、無事ですか?

 シュリー:クリス?


 急いできたのだろう、息を切らしたクリスは、ズカズカと部屋へと入ってきたと思ったら、アメリア姫の前に仁王立ちだ。


 クリス:アメリア姫、シュリーに何の用です?

 アメリア姫:クリス様、わたくしは、シュリー嬢にお聞きしたいことがあります。

 クリス:聞きたいことのためにわざわざシュリーを呼んだのですか?

 アメリア姫:ええ。クリス様にも聞きたいことがあります。

 クリス:何をです?

 アメリア姫:クリス様は普通の中の普通、普通を極めた普通が好みだと伺いましたが、普通とはなんですの?

 クリス:な、何を。


 クリスはなぜか私にチラチラと視線を送る。

 これは助けてくれと言うアイコンタクトだと解釈した私。


 シュリー:クリスは、普通が好みなんですよね?


 一瞬の沈黙後、クリスは言った。


 クリス:違います。

 シュリー:え?

 クリス:私の好みはシュリーです。

 シュリー:えっと、だから、普通が好きってことですよね?

 クリス:いいえ、シュリーが好きなのです。

 シュリー:はい?


 あれ? なんだか言っていることがわからないぞ。


 クリス:好きになったシュリーが普通の女性だったのです。


 真剣な眼差しでそんなことを言うクリスだけれど、私はフッと気づいた。

 これは恋人のふりの演技の延長だと。

 そう思った私だけれど、クリスは言った。

 

 クリス:私はシュリーを真剣に愛しています。恋人のふりをお願いしたのも、あなたが好きだからです。 

 シュリー:え?

 クリス:シュリーは私のこと嫌いですか?

 シュリー:え、あ、ええええ、ちょっと待ってください。一体何を……

 クリス:ずっと前から好きでした。

 シュリー:ずっと前って、だって私とクリスが会ったのはつい最近。

 クリス:いいえ、私は以前あなたの働くお店に行ったことがあります。


 こんなにいい声の、こんなに美形な人に会ったらさすがに覚えているのと思うのだけれど。


 本当に私を好き?

 驚きすぎて、理解が追い付かない。

 けれど、クリスは待ってはくれなかった。


 クリス:シュリー、私との未来を考えてくださいませんか?


 本当にそんなに都合がいいことが起こるだろうか? 身分だとか、普通の私とは釣り合わないとか、考えるべきことはたくさんある。

 けれど、今思うのは。

 クリスのその声を、ずっとずっと聞いていたいということ。

 私の名を呼ぶその声を、耳にとっておきたい。

 そう思って、そのことを伝えようとしたのだけれど……


 クリス:少し焦りすぎましたね。今はまだ、私がシュリーを好きだということを知っておいてくれたらいいのです。これから私のことを知ってもらい、少しでも私のことを好きになってくれたらと思います。


 完全に告白の返事のタイミングを逃した私。

 いや、今ならまだ間に合うかなと思って口を開こうとした瞬間、その場に大きな拍手が巻き起こった。


 パチパチと手を叩くのはこの場にいたもう一人の人物。

 アメリア姫だ。


 アメリア姫:素晴らしいわ。振られるのを見事に回避した、クリス様の手腕。そして、諦めないと言うその不屈の精神、本当に素晴らしい。わたくしも負けていられないわ。


 と、何やら興奮した様子のアメリア姫。

 

 実はアメリア姫、ずっと好きな人がいて告白して振られたそうだ。

 好きな人は一般男性、つまり、普通の男の人。

 振られた理由は、普通の自分と姫では釣り合わないから。

 そこで、アメリア姫は、普通ではない人、つまり普通とは程遠いハイスペックなクリスなら自分と釣り合うのだろうと思って行動していたらしい。けれど、時が経ってもその人が忘れられなかったアメリア姫。そんな時、普通の私と普通ではないクリスの組み合わせが目の前にいて気になってたまらなかったそう。


 そんなことがあり、普通な私が、いつの間にか普通ではない人に囲まれて過ごすことになる。


 アメリア姫とはなぜか恋バナをする仲になり、猛アタックをする姫に、押してダメなら引いてみてと普通過ぎるアドバイスをしてみたり。


 クリス:シュリー、今日も愛しています。


 毎日囁かれる愛の言葉は、耳に心地よく、私はもうこの声なしの日々は過ごせない。


 シュリー:クリス、私、あなたの声、耳に残しておきたいと思うほど大好きなんです。

 クリス:声ですか?

 シュリー:はい。

 クリス:好きなのは声だけですか?


 私の返答にパアアアと花が咲くように笑みを浮かべるクリスの喜ぶその声が聞けるのは、すぐ先の未来。

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― 新着の感想 ―
[一言] 「セリフの記述が特殊です」の前書きに、逆にどんななのかな?と気になり拝読しました。 確かに独特の会話形式に最初は違和感がありましたが、すぐに慣れました。 前半は失礼で自分勝手なヒーローに全…
[気になる点] セリフ部分に名前を置くのが台本みたいで読みにくい
[気になる点] シュリー(年齢不詳:結婚適齢期)さん? 知力普通ならお願い聞いた時の、報酬とお姫様から嫉妬されるリスク対策について確認してから聞くかどうか決めた方が良いですよ?
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