人間と魔族
貴様らがこの両者の間柄をあまりよく知らないことを皮肉にも嬉しく思う。これから私が話すことは全て、真実であると誓おう。
私が生まれるよりも前……そうだな、今から二百年以上前の事だ。人間は技術を提供し、魔族は労力を提供し、互いに対等な関係を保ちながら文明を発展させていた。ここまで足を運んでくれたのならば、この城を中心に広がる街並みを見たはずだ。それらはこの名残だ。
きっかけは私の二つほど前の代の魔王が、とある一国の人間の王と出会ったことだ。海の広がりで陸を分断し領地を分けるこの星で、最も魔族領に近い人間の国、戦で他の人間の国の技術を取り込み、発展を遂げていた多文化共生国家、白露という国の王だ。
当時の人間たちは、陸を絶つ海の向こうは果てしない蒼が続き、何に至ることなく、海の向こうへ向かったものはそのまま生を終えるとされ、陸から飛び出すことなく開拓を諦めていた。しかし、その実は、海の向こうを求めた人間たちがたどり着いた別種族の領地でその好奇心を剥き出しにし、その地で原住民達と息絶えたのだ。
今となっては、この星には多種族が存在しているということが常識となっているが、その常識をもたらしたのが、白露の国王なんだ。
多文化共生国家である白露は、臨海している国であるからか、海路を使い、好奇心旺盛な国王を連れ、この魔族の領地に足を踏み入れた。今となっては当時を知る人間は愚か、魔族も皆死に絶えてしまった。それはとても残念だが、対面した時の互いの表情は、きっと、幻覚でも見たかのように驚いたことであろうな、容易に目に浮かぶよ。
初対面であった両者の間には一度は険悪な空気が流れたものの、好奇心旺盛な白露の国王が物怖じせずに魔族を観察するその滑稽さに二代前の魔王が気に入り、護衛共々城に招かれた白露は魔族と友好を結び、国王が人間の領地に戻り、「海の向こうには人間ではない種族が住んでいる」と広めた。当然初めは半信半疑ではあったものの、今度は魔王が白露に降り立ってからは皆信じるようになり、疑いの余地なく定着した。
それからは魔族は白露だけでなく、他の人間の国とも友好を結び、人間には魔族の、魔族には人間の文化が取り入れられるようになった。今までは自然を寝床にしていた魔族たちには暖かい家が作られ、街が出来上がり、農作によって食糧難も解決された。そして、「家族」という他者間での繋がりももたらされたのだ。
しかし、人間と魔族との関係はそう長く続かなかった。
人間は多大なる知能で生み出した技術を魔族に提供し、魔族は頑丈な肉体での労働力を人間に提供し、互いの文明は白露にとどまらず、他国にまで及び、大陸間での発展を遂げた。だが、その恩恵を悪用しようとする者、異種族との関係を受け入れぬ者が現れた。一度は聞いたことあるだろう、排他派だ。
排他派が最初に現れたのは人間側だった。無尽蔵な体力、頑丈な肉体、単純故の飲み込みの早さ、労働力として優れている魔族は排他派の人間の好奇心による研究対象にされ、その一部が拉致監禁の末、解体、細胞移植、耐久実験によってその全てが亡くなってしまったのだ。
家族を失った魔族は領地に戻る間もなく、新たな研究材料にされ、一体なんの曲解があってか、魔族は完全悪となり、人間領に住む魔族は殺戮の対象となってしまった。
ここまでがこれまでと現状だ。そしてこれから話すことが貴様に同盟締結を申し出た理由と、互いの利益に関する話だ。
まず理由だが、私は魔族や魔王としてだけでなく、この星に住む一生命として、人間と魔族との関係を取り戻したい。排他派を生み出してしまったのは我々魔族だ。生み出してしまったせいで、魔族のみならず、他の種族とも関係が悪化した。その償いとして、落とし前として、私が率先して人間との関係を戻さなければならない……そのために、その第一歩として、貴様と同盟を結び、立役者となってもらいたいのだ。
次に利益だな。こちら側に関しては述べた通り、貴様であれば人間との関係を取り戻せると確信したからだ。
そちらの利益だが……
「ミーアは」
む?
「ミーアは、他の魔族に私と同盟を結ぶことを話したのか?」
あぁ、話したさ、たった一度であれど、貴様が魔族を助けたことには変わりないからな。それだけで信頼に値すると思ったのだよ。
「それなら……エルピスの住む場所を提供して欲しい」
「な、何故私なんですか!住む場所くらい自力で」
「私が君の住処を無くしたから……良かれと思って」
「はぁ……全く、それなら一つ条件があります。貴方と、レイカさんと、そこの神も一緒じゃないと受け入れません」
「僕はご主人様が居れば魔族領でも、あのお屋敷でも、どっちでもいいよ」
「ボクもどっちでも構わないけど、今の少年のことを考えると、ここに居候するのをオススメするよ」
どうやら、話し合いの余地は無さそうだな。判断は貴様に委ねられた。さぁ、人間、私のこの手を握れ、私とともに、今も続く無意味な争いを止めようではないか。
「争い……?ちょっと待って、人間と魔族は戦っているのか……?」
あぁ、言わなかったか?人間は魔族を殺戮の対象にしていると。我々も黙って殺される訳にはいかない。だから、我々も人間を殺しているのだよ。
「ということは……この同盟を破棄したら」
そこは安心してくれていい。貴様は特別だ。ここで働くサキュバスを助けてくれた恩がある。危害を加える気は一切ない。
「だからって……命の保証がないってことに」
それはごく普通に生きていたって変わらないだろう?それとも、隣にいるエルピスという翼族の女は貴様の護衛なのか?
「違う…けど……」
「むしろ私は護ってもらっている身です」
ならばこうしよう。魔族領での貴様たちの命は私が保証する。すぐに受け入れてもらうことは難しいが、当分の間は怯える心配はないだろう。だが、然るべき時には貴様にも協力してもらう。
「……わかった」
「少年!まだエルピスちゃんの依頼が……」
「私の依頼のことはいいんです。きっと、帰ってきませんから」
貴様らの話も気になるが……人間、いいんだな。
「あぁ、よろしく頼むよ、ミーア」
さて、これで同盟は結んだ。次は正式な盟約と行こう。
「あれ?互いの同意で結ばれるんじゃなかったの?」
確かに結ばれたが、この方が雰囲気があっていいだろう!?一度やってみたかったんだ。ロマンだよロマン!
これから行うのは「血の盟約」。互いに指を切り、流れ出た血を相手が舐めて止血して行ういわば儀式だ。これによって、この同盟に穢れをも分かち合うという意味を持たせることが出来るのだ。そして、互いの血を得たことで、どちらか一方の意思だけでは絶対に放棄することの出来ない物へとなる。義務化されると言った方が分かりやすいか。
「指を……切ればいいのか」