表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Unleashed Antiquer  作者: 圧倒的サザンの不足
王国の章
44/47

白露

 ざーっざーっと殴り続ける滝の中で耳をすませ、近くの轟音の中から遠くのやまびこを聞き探る。ざざーっざざーっと激しさを増す水音に、僅かなノイズのような水音では無い何かが耳に届いた。それは危険を知らせるものか、それとも……なんて考えている内に、頭部に鈍い激痛が走り、心の安定を保ったまま意識がプツリと途切れた。

「おーいしょうねーん!止められたかーい?」

「あれ、あの浮いてるのって、ご主人様じゃ」

「さっき流した丸太が一緒に流れてきたね」

「……助けないと大変なことになっちゃうね」

「しょうねーん!今行くから!」

「あ、待って僕も行く」

 頭が凹んでしまったと思いきや、そこには大きなたんこぶが一つ。神様の権能で命に別状はなかったものの、このことを思い出すだけでたんこぶが痛んでしまう。

 頭にコブを作ったまま、今度は魔王城の裏手で騎士団長様と向かい合う。私と同じく存在(エル)の血族である彼女が持つ存在掌握の影響下で能力の使用が封じられてかつ彼女だけが自由に動ける状態で剣の稽古をつけてもらっていた。

「その大剣を持って早く動こうなどと考えては力の流れが追いつかず剣先が鈍ります!大剣の重さを利用し、防がれる可能性など捨てて一心に攻めるのです!」

 サーベルを模した木刀を軽々と振るうエルピスの圧倒的な素早さに翻弄され、無理にでも追いつこうと四肢を酷使して食らいつく。これまでに一度剣を交えたからか、彼女は一切の手加減を許さず、目の前で捉えて剣を振りかぶった途端にその場から消え去り、剣が地面に突き刺さった時には既に私の後ろを取って背中を殴打した。

「はい、これで私の十七連勝ですね!」

 お互い一撃でも入れられたら負けというルールの中で彼女は汗を拭い喜びを見せる。エルピスの掌握領域内での戦闘に不公平感が拭いきれず、背中や四肢につけられた十七個の痣が不服を訴えていた。

「なぁエルピス、さすがにそれは卑怯じゃないか……?」

「何を言っているのですか!戦いに公平など求めてはなりませんよ?相手に不利な条件を押し付け、自分が有利な状態で攻める。これが戦いです。公平性を確保してしまってはそれこそ戯れに過ぎません」

「つまり、エルピスが存在掌握を使い始めた時から勝負は始まっていたと?」

「その通りです!」

 エルピスはやけに満足げにふんぞり返って木刀を腰に差す。しかし、「終わり」の合図をしていない中で、まだやる気なのは目に見えていた。

「次は私も能力を封じましょう。ですが、これまで通り貴方も使用は禁止です」

 力強く踏み荒らされ、数十もある斬り痕の上を彼女は歩いて距離をとる。砂を蹴って入れるだけでは消せない痕に少しばかり足を取られながらも、差したばかりの木刀に手を添えて振り向いた。私もそれに向かうように大剣、現身鏡を両手で握り構える。

 静寂の中で風が静かにエルピスの短く切りそろえた黒髪を靡かせた。一向に始めの合図もしない中で張り詰めた空気ばかりが間を流れる。私も彼女も合図は出さず、自然の一音が開始の宣言となるのが暗黙の了解となっていた。

 風が止み、空気も寝静まり返ったかと思いきや、その刹那に一際勢いのある風が剣先を震わせる。それに乗ってきてか、カーンと鉄を打ち脳を揺らす鋭い鋳造音が遠くから鳴り響いた。交わる視線がその音を皮切りに鋭さを増し、極限にまで上った緊張感が瞬時に興奮へと変わった。

 歯を噛み締め、立っていた場所の土が舞い上がって風に吹かれる。刃で空を斬り、平穏を保って静止している彼女に向けて振り上げた。たとえ避けられてしまっても少し傷がつければ良かった。刃が彼女の顔を掠める。しかし手応えがあまりにも無く、剣先に傷をつけたような痕どころか、髪が切れた様子もなかった。周囲を見渡しても姿はなく、もしやと思い見上げると、純白の二枚羽根を広げ優越感に浸りながら背中で陽の光を浴びる彼女の姿があった。翼族(パラスキニア)である彼女はその特異性を利用して表面的公平からの優位性を確保していた。私が切ったのは、残像だった。

「卑怯だぞエルピス!これだと当たらないじゃないか!」

「戦いにおいて卑怯とは褒め言葉に当たりますよ?私は貴方と違って人間ではありません。私にはこの翼があるのですから、使わない手がありません」

「エルピス!お前友達いないだろ!」

「い、いますけど!それがなにか!」

 優越感に浸っている中、不利な立場から挑発をすると、彼女は顔を真っ赤にさせて答えた。明らかな戸惑いを見せる答えで、嘘をついていることが手に取るようにわかってしまった。

「本当はいないんだろ?見栄はるなって!」

「あぁ、もう!やかましいですね!関係ない話はここまでです!」

 頭から湯気を出すエルビスを思わず揶揄ってしまい、趣旨を忘れかけてしまう。木刀の柄を強く握り、羞恥に怒りを見え隠れさせながら迫ってくる彼女へ改めて剣を構える。降下する速度は段々と増し、それに合わせて剣先を突き出すと、怒りと降下の勢いを乗せた抜刀の威力に、力強く握っていたはずの現身鏡は遠くへ弾き飛ばされ、彼女が持っていた木刀は粉々に砕けてしまった。

 互いに武器を失うと、肉弾戦へ持ち込まれるかと思いきや、エルピスは翼をたたんで私の前へ足早に詰め寄ってきた。

「そうですよ!友達いませんよ!貴方も知っての通り、私は翼族(パラスキニア)の中でも、人間の中でも馴染めなかったんですから!」

「えいっ」

 自虐を混ぜてか、涙を浮かべて怒りをむき出しにする彼女の額に指を弾いて当てる。一体何が起こったのか分からないような間抜けな顔に、私は笑って答えた。

「はい、私の勝ち」

「は、はぁ!?こ、こんなの認めませんよ!剣の稽古なのにこんな形で勝負を決めるなんて!」

「一撃でも入れたら勝ち、そう決めたのはエルピスじゃないか」

「そうですけど……!それは剣での話であって、デコピンで決着をつけるなんて認めません!もう一戦!仕切り直しを要求します!」

 これは難癖だと注文つける彼女に気づけば陽は傾き始めており、腕時計を見ると約束の時間が迫っていた。

「あ、もうこんな時間か、ごめん、次ミーアの所だから」

「魔王城はすぐそこじゃないですか!走れば間に合いますよ!ですから!早く!剣を取って!」

 不満を爆発させている彼女は自らの持ち物である本物のサーベルを引き抜き、地面に突き刺さった私の大剣をサーベルで指す。私はやれやれと降参して背中を向け、早く早くと貧乏揺すりをするエルピスの圧を受けながら顔だけ振り向いた。

「私達、友達だろ」

 腕を組み、苛立ちを隠せていない中そう告げると、さらに顔が赤く染まり、今度は怒りではない別の何かを動力源に、手に持ったサーベルを乱雑に振り回し始めた。命に危機に晒されながらも、その姿はなんだか微笑ましいものだった。

 それから、完膚なきまでに切り刻まれた私は、魔王の間にてミーアに傷薬を背中に塗ってもらっていた。

「全く……いくらあいつのことが気に入っているからと、時間を守らないのは感心しないな」

 やや呆れながらも、顔が見えないながらもその裏に見える寂しさを声に現れている魔王に返す言葉もなく、身を縮こませるばかりだった。

「揶揄いすぎたかな……」

「窓の外に貴様らの様子を見ていたが、偉く楽しそうな稽古だったなぁ?」

 寂しさが一転し、痣に湿布、傷口に包帯を当てる力が痛みを伴うまでに強くなり、呼吸が辛くなるほどの包帯の圧迫感に根をあげてしまう。それでもミーアは弱めることなど一切せず、自業自得だと言いたげなのか、私が言葉を挟むことを許しそうになかった。

「初日からこの調子じゃぁ三ヶ月後が心配だな。私の稽古は明日からにしてやろう。あの神や龍の話によると、頭を打ったらしいしな」

「あ、あぁ、ありが……痛たた!」

「何がありがとうだ!もう少し私の同盟者としての自覚をだな!貴様が頼りなんだぞ!」

 包帯がきつく巻き付けられ、満足に呼吸が出来ないまま背中を力強く叩かれる。手形がついてしまったのではないかと思わせるほどの力で、ある種の激励もあるのかもしれないと、自然に気が引き締まった。

「白露の祭り、そこらじゅうの、人間領全てと言ってもいい。力を持った者が王になりに行くんだ。国としてはとても小さいが、どこの国もが白露と友好を結びたいと日夜奮闘しているのだ。それほど白露という国には価値があるのだよ」

「そんな国の王を力で決めていいのか?」

「そうでもしなければ誰も白露を見向きもしない。民意よりも、力の強さを取ったのだ。それほど白露の国は小さい」

「他の国は白露の力目当てで友好を結ぼうとしているのか……どうして」

「今白露は魔族と人間との間で中立を保っていると話したな。概ねそれが関係する。貴様が滝に打たれていたあの森が焼かれれば人間達の国へ攻め込み、逆に我々が人間へ攻め込めば我々を攻撃するのだよ」

「つまり、白露と友好を結べば、攻め込まれたとでっち上げるだけで魔族を簡単に滅ぼせると!?」

「そういうことだ。だから我々魔族にとってもあそこは絶対に手の内にしたい。白露が仲間にいるというだけで他国は思うように攻め込むことが出来ないからな」

「今魔族が生き残っているということは、白露はどことも友好を結んでいないってことでいいんだな?」

「恐らくな。しかし……」

「しかし?」

「最近どうも怪しい動きがあるようなんだ」

「どういうことだ?」

「国交が続いているからか、情報を探ることが出来てな、どこかへ攻め込む準備をしているようなんだ。それが魔族へなのか、他の国へかは定かでは無い」

「心当たりは?」

「あると思うか?正直なところ、今の国王のことすら何も知らないんだ」

「今の国王すら分からないなんてどうなってるんだ!?」

「私にもわからんが、どうやら国家機密のようだ。余程王について知られたくないらしい」

「そんなところに行くことになるのか……」

「まぁ、不満があるのならば、貴様が白露を変えてやるまでだ」

「三ヶ月後まで、頼むよ、ミーア先生」

「次回のUnleashed Antiquerは」

「ねぇねぇお兄、白露ってところ、着いて行っちゃダメ?」

「ダメだ。アルプスはミーアのところで待っててくれ」

「ぶー!ぶー!」

「ダメったらダメ!」

「あっそう!いいもんね!お兄の知らないところで私も強くなるんだから!」

「まさか、死神として誰かを殺めるんじゃ」

「そんな事しないよ!?」

次回、Unleashed Antiquer 出立

「妹が野蛮になっていく……」

「冗談も程々にしないと……本当に殺しちゃうよ?オニイチャン?」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ