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Unleashed Antiquer  作者: 圧倒的サザンの不足
王国の章
42/47

烙炎

 あの時の貴方は、そんな表情は一切していませんでした。私に振り回されている時も、手を引いてくれていた時も、貴方はいつも笑顔でいた。もう忘れてしまったかもしれませんが、私が翼族(パラスキニア)だと知り、剣を抜いた時は、とても辛そうで、悲しそうな表情を浮かべていました。私がエル(お母さん)を殺そうとした時は、赤の他人であるはずなのに必死で止めようとしてくれていました。

 今の貴方を見ると、新たな一面を見れたと喜ぶべきでしょうか。それとも、悔しい思いをさせたことを悔い嘆くべきでしょうか。不思議と胸が痛み、アルプスちゃんを抱えるこの手が震えてしまいます。

「……第二ラウンドと行こうか」

 地獄のように燃え盛る炎が人皮を焼き、吹き荒れる熱波に汗が噴き出す中、彼は口を噛みながら全力で威圧するように睨み、ぽつりと呟いた。空で観戦していた私たちにもその声は届き、抱えられているアルプスちゃんは、彼と、彼と対峙する魔王ミーアを交互に見ては憂いに溢れていました。

「いいだろう。何度でも相手してやる」

 魔王ミーアは挑発し、彼を閉じ込めた時のように同じ力を使おうとするも、生成された氷は炎に焼かれ、一瞬にして空気に溶けて無くなります。それから魔王の表情が揺らぐことはありませんでしたが、動揺し、自らの油断に焦りが感じられました。

 きっと、過去に私が氷に足を囚われた時に感じた衝撃を、形は違えど魔王ミーアも感じていることでしょう。彼女に同情しつつ、彼に対して畏れが積もります。悲しみが氷、怒りが炎を巻き起こすのなら、楽しい時、喜びのときは何をしてしまうのか、その力で自覚無く人を傷つけてしまうのではないかと、杞憂であればいいのですが、芽生えてしまいました。

付与(エンチャント)、烈風、烙炎!!」

 彼の声とともに、竜巻の中に放り込まれたような横殴りの強風の中で火だるまとなった彼の姿を見る。その体が炎に包まれたと同時に、辺りを燃やしていた炎がその勢いを強め、魔王の間全体を包み込んでいました。

 不思議と、自分の翼に炎が燃え移る危機よりも、一切の火事を見ていないであろうアルプスちゃんと、全身が燃え上がっている彼への恐れが勝ってしまいます。抱えられているこの子は自らの兄が火中にあることに上手く声が出せず、小刻みに震え、何度も目を背けようとしてもじっと焼き付けていました。

「魔王ミーア!このままだと彼が死んでしまいますよ!?」

 炎の床の中、滝のような汗を流し、ジリジリと歩み寄って来る伊黎さんを、僅かな愉楽と多大な焦りが入り乱れた目で捉え続ける魔王に問いただしました。彼女には先程までの余裕はあまり感じられず、力が縛られたことと、火だるまとなった彼を目の前にして一切の身動きが取れずにいました。

「そうだな。だがそれがどうした」

 一瞬、自分の耳を疑い、背筋に刃を突き立てられたような悪寒に苛まれました。この状況、あの表情、到底それが冗談や虚勢に見えず、言葉が詰まってすぐに言い返すことが出来ませんでした。

「エルビス、貴様は騎士団長として、安全圏にいながら命を懸ける兵士の戦いを、貴様の意思で止めるのか?この戦いに、戯れに、貴様はいるのか」

「ただの遊びに命のやり取りなど不要です!伊黎さんも!今すぐ止めてください!」

 どんなに彼へ呼びかけても、重く炎を踏む足は止めることを知らないのか、火だるまと化した体でゆっくりと魔王へと向かっていきます。力ずくで止めようと動こうとしても、今抱えているアルプスちゃんを火の海へ落とすこととなり、それが首枷となってただ見ていることしか出来ませんでした。

「貴様はまだ分からないのか?なぜこの戯れに、私も奴も全力なのか」

「なぜって、彼を白露の国の王にさせるためでは」

 魔王ミーアは大きくため息をつき、私の方を睨みつけました。

「この話はもう終わりだ。これが終わるまで一切口を挟むな」

 細く鋭い目で睨まれ、その屈辱に歯の奥が擦れる鈍い音が私の中で響き渡りました。こんなに言葉が詰まり、やるせない気持ちになるのは初めてで、段々と勢いを増す惨状に、気づけば焦燥に駆られていました。これに気づいた時には彼は炎の上を走り出し、烙炎に包まれた大剣で魔王を討ち倒さんと豪快に乱暴に振って無駄に空を斬っていました。

 かすりもしない刃を魔王は苦渋に満ちた表情で目で追いかけ、それでも闇雲に振るう刃に当たりかけた所をすんでのところで避け続けます。炎に包まれた彼は目の前すらも見えていないのか、思わず鼻を塞ぎたくなる異臭の中で魔王を壁際へと追い詰めました。

「貴様が思う気持ちも少なからず分かる。これでは見るに堪えない。見ていろ、そして気をしっかりと保て」

 彼女の苦渋に満ちた表情は、追い詰められた焦りと言うより、別のなにか。壁に背中をつけた途端、魔王の目は閉ざされ、烙炎の大剣はその首を取ろうと大振りに下ろされます。『気をしっかりと保て』。その真意が一切分からず、赤い飛沫が目に映る前に思わず目を背けてしまいました。

堕落(ディブラ)!!」

 その時、彼女の異名を思い出します。堕落の魔王ミーア。自らをそう口にし、一度たりとも鱗片を見せなかった力が今、狂乱の烙炎に染まった一人の人間を、灼熱の地へ伏せさせました。

 目を塞ぐ意思が反して戦意が絶えた情景を映させます。屈辱の炎は鎮静を始め、黒く焼けた体が魔王の足元に剣を手放して横たわっています。アルプスちゃんの呼吸がか細いことを腕伝いに感じ、揺さぶろうとしました。

 扉の前で後悔を孕ませた心苦しさを浮かべる魔王の目が私と交わった時、彼女は瞬時に驚愕し、走り出しました。

「エルピス!アルプス!!」

 後ろめたさに荒らげる呼び声がした時、私の視界には天井を走る魔王が映り、その直後、光は一瞬にして喪われ、熱された床上にアルプスちゃんと共に墜落してしまいました。

ーーーーーーーーーー

 一方的な戯れから数日が経ち、真っ暗な世界の中で木扉を叩く軽い音が来客を知らせます。

「エルビス、入るぞ」

 声の主は応答を聞かずにズケズケと入り込み、その気配を近付けさせながら私の近くで腰を下ろしました。

「気分はどうだ?」

「悪くはありません。アルプスちゃんや伊黎さんは今どこに」

「時間が惜しいのでな、アルプスは復興の手伝いに、あの人間は奴の中に棲む神と龍と共に魔族領にある森の中へ放り込んだ」

「森?ここに森なんてあったのですか」

「あぁ、この前の襲撃で街は焼かれ、領の大半を荒地にされてしまったが、この城の裏手にある森が火の手を逃れてな、奴の力を成長させるには最適だろうと」

「よくもまぁ無事でしたね」

「あの森は魔族領にありながら所有権は白露の国にもある。森を燃やせば間接的に白露の反感を買うのだよ」

「白露……ミーアさんは伊黎さんをそこの王にさせたいのですよね」

「そうだな。元はそのつもりは無かったのだが」

「貴方の同胞を助けたという単純かつ軽薄な理由で、そこまで信頼していいのですか?」

「前にも言ったはずだが、私は人間と言う種族が許される世界を作りたい。魔族を裏切り、幻想種、主に龍を滅ぼした。今の人間共にその自覚があるのかは分からんが、私は、人間共にその罪を自覚させ、その上で許そうと思う。きっかけは何だっていいのだよ」

「でも、ミーアさんがそこまでする理由って」

「私はアルプスを助けた。あの人間はサキュバスを助けた。何の因果かは分からんが、まぁ、そういうことだ」

「あのサキュバスさんはこの前の襲撃で」

「あぁ、知ってる。貴様らを連れてきた功労者ではないか」

「いえ、そうでは!」

「だから褒美を与えてやった」

「ですがあのサキュバスさんはあの後すぐに自決を!」

「勝手に私の同胞を殺すな」

「……はい?」

「待ってろ、今その頭の包帯を取ってやる」

 魔王の冷たい細い指が頭に触れ、硬く締めていた包帯が冷却剤との拘束を解き放ちます。未だに残る打ち付けたような痛みと共に、その箇所に熱が宿ると共に視界が開けました。

「どうもお久しぶりです。無事で何よりです」

 安寧に微笑みかける魔王ミーアの隣には、一切気配を感じさせなかった魔族が一匹。人間が身に纏うようなスーツを着こなした紫色の肌をした童顔のサキュバスが細い尾を振りながら相変わらずな無表情で私のことを真っ直ぐと見つめていました。

「な、なんで、だってあの時銃声が」

「あれですか、確かに私はあの時外の惨状を見て自決を試みました。ですが、魔族は私たちが思っているより頑丈でして」

 彼女が指さした右のこめかみには、確かに銃をあてがったような跡がついており、銃弾を浴びたとは到底思えぬ打撲痕が黒く目立っていました。

 魔王ミーアの話の中にあった、魔族の肉体を使った実験が行われる理由も垣間見え、その強靭さも去ることながら、襲撃の時に魔王を瀕死に追い詰めたあの男の実力にいつの間にか恐れを抱いていました。

「こいつが生きているとわかった時のあの人間の顔と言ったら、傑作だったな!」

「ええ、後先考えず私を助けたあの人間が、想像の遥か上を行く滑稽な表情をしてましたね」

「あはは……ところで、褒美とは?」

「あぁ、正直あまり話したくないのだが」

 魔王が浮かべる曖昧さに目をそらす仕草に、余計好奇心が掻き立てられる中、隣のサキュバスは無表情ながらも、ほんの僅かながら口角が上がったような気がしました。

「サキュバスは、淫魔ですよね」

「まさか」

「あぁ、そのまさかだ。こいつから聞いた時はゾッとした」

「そしてあの人間の中には神が棲んでいます。なので無限に生気が吸い取れると踏み、休息中だけでも人間の生気を頂こうと」

「なぜ却下しなかったのですか!」

「仕方ないだろう!数え切れない程の仲間を失った今、私は王として、仲間の心労を少しでも癒してやらねばいかんのだ!」

「だとしても!伊黎さんの許可は取ったのですか!?」

「強制的にイエスと言わせました」

「よーし分かりました!ミーアさん!彼のところに案内してください!その思春期少年の腐った根を淀みない健っ全な精神へ叩き直してきます!」

「ま、待て、痛みはもういいのか?」

「はいぃ?この程度の痛みなんてことありませんよ!ちょっと頭がぐらつく程度で音を上げてたら騎士団長なんて務まりませんよ!さ、早く、案内、してください!」

「わ、わかった……何故だ。何故だか逆らえん」

「次回のUnleashed Antiquerは!」

「女王直属の騎士団長サマは時に威圧的でなければならぬものなのか?」

「そんなことありませんっ!ただ、あんなどこの馬の骨とも分からないサキュバスに己身を性的に差し出すことが許せません!」

「ま、まぁ、元より貴様をあの人間の元へ連れていくつもりではあったが……」

次回、Unleashed Antiquer 祭りへ向けて

「奴も病み上がりなんだ、お手柔らかにな?」

「関係ありません!こういうのは後先をもっとちゃんと考えてですね、男女の付き合いというものを段階的に踏んでから……」

「ただ癒しを与えているという事はどのタイミングで伝えたものか」

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