古都襲撃
肌を焼く風、鉄の臭い、激しく音を立てる炎、抵抗虚しく無惨に荒らされた魔族達の生活空間にして砦、これが天の災いによって起こったのであればどれほど割り切れたのだろうか。景色が変わったと同時に飛び込んで来た情報に、口を開いたまま間抜けな声すらも出せずにいた。
「伊黎さん……」
焦土に足を踏み入れ、黒く焼け焦げた魔族の一部を手に取ったエルビスが尋ねる。
「私たちがココを離れたのって、どれくらい前でした?」
「図書館行って、家に帰って、リヒト達と会って、楓さんに会って……三、四日前かな」
唯一形を残した、街の中心部にある天を衝く塔の形をした魔王城を見上げ、疲労から目覚めたアルプスは震えた足で焼け跡を踏み、静かに歩き出す。
「アルプスちゃん?一体どこへ」
「行かなきゃ……ミーアさんのところに……私が死神になったこと、伝えなきゃ」
一切こちらを振り向かず、焼け石となった道にポタポタと雫を落としながら歩み、切迫した息遣いで平然を装いながら、育てられた街をまっすぐと進んでいく。
「エルビス、存在掌握で私たち以外の人間や、生きている魔族がいるか、分かるか」
建物は全て崩れ、開けた土地で他の人間を探すよりも、生きている魔族を探す方が困難極まりない。そんな中、彼女はアルプスに一切悟られないよう、静かに、そして僅かに首を横に振った。
「やはり、貴方もこれは人間の仕業だと思っているのですね」
「仮に、魔族が反乱を起こしたとして、城以外の全てが壊落しているのは不自然だ。反乱を起こすのなら、ミーアを暗殺する方が早いはずだ」
「なら、なぜ魔王城だけを残して、ほか全てを破壊したのでしょうか」
「……魔族の抹殺と、私たちへの見せしめなのかもしれない……ミーアと同盟を組んだ以上、私達はもう人間の敵だからな」
黒い煙が立ち上る中、空へ逃げた有翼種や、屍に紛れてやり過ごした数少ない命が戦火の中起き上がり、瓦礫を持ち前の力で持ち上げて屍を外へと引きずり出す光景が目に映る。魔王城から遥か遠くにある瓦礫の山で、怒りと憎しみを込めた殺伐とした目をしてる彼らに、僅かに胸を締め付けられる思いをしながら、唯一健在している城の前でアルプスと共に足を止めた。
「……この奥に、生きている命が複数あります」
エルビスの暗く沈んだ声に期待と不安が積もる。ガラスが張られた入口を押し開き、灰の降らない室内へと入ると、一体の魔族が物陰からおずおずと姿を見せた。
「あ、貴方達でしたか……驚かせないでください」
ところどころがすす汚れた紫色の肌をした、黒く細長いしっぽをゆらゆらと揺らして胸を撫で下ろした、過去にその命を救ったサキュバスが、切羽詰まった空気の中で安心感を漂わせていた。
「魔王様がお待ちです。連れてくるよう仰せつかっていますので」
サキュバスは私たちに有無を言わさず背中を向け、早々とエレベーターへと向かっていく。その足取りは心做しか軽く、肩の力が抜けて、気が緩んでいるようにも見えた。
上下に動く箱は最上階まで運び、一本道の最奥にある大扉の前でサキュバスは深々と頭を下げた。あらゆるものから解放され、その役割を全うした。一切の悔いも残さない満面の笑みを、彼女はしていた。
「それでは私は持ち場に戻りますので、ごゆっくり」
扉を押し開き、閉まるその瞬間までサキュバスは私たちを見つめる。
「ようやく……来たか……随分と早かったな、人間」
残火が魔王の間を焼き、熱風の中で雷光が足元を走る中、焼けた服の奥に見える肌が焼けて肉が見え、全身の切り傷から血がとめどなく流れ、床に倒れながら血だらけの顔を残り少ない力で持ち上げているミーアが、空虚感に満ちた笑みを浮かべていた。
「ミーア!!」
「来るな……人間」
力ない微笑みを向けていた彼女が一変し、自らの首にあてがわれた刃に目を向け顎を動かした。
絨毯を裂くように当てられた刃先はミーアの首筋に傷を作り、少しでも動かせばいとも容易く首を落とせてしまうほどに力の込められた剣は、甲冑に身を纏わせた人間が主導権を握っていた。
「はは……再開の形がこうも情けない形とはな……最期に貴様らの元気な姿を見れただけで」
「最期とか、そんな悲しいこと言わないでよミーアさん!その人、ここを襲った悪い人?なら、殺してあげるから!」
アルプスは勇猛に胸の中から赤い刃の大鎌を取り出し、命を刈り取ることに一切躊躇を見せず、狂ったように笑いながら鎌を軽々と振り回して見せる。彼女が見せた死神の鎌にミーアは目を見開かせるも、その光景を一切良しとせず、目をそっと閉じて首を振る。
「来るなと言ったはずだ……こいつは我々魔族を軍を率いて壊滅させたのだ……いわば軍曹、お前たちが勝てる相手では無い」
甲冑に全身を隠した人物は一切表情を伺えず、その奥が男か女かすらも分からない。鎧の人物は呼吸を僅かに荒げさせ、震える剣がミーアの傷をさらに深くさせる。
「魔族と同盟を組んだ聞けば、こんな子供とは、拍子抜けさせる」
兜に曇らせたその声はとても低く、老人のような、重厚感が漂う。甲冑の奥から放たれる威圧に思わず背中の剣の柄を握るも、鞘から引き抜くことができず、汗を垂らしながら次の言葉を待っていた。
「しかし、例えどんな子供であろうと、魔族と手を組んだ以上裏切り者であることに変わりはない。早急にその命、無惨に散ってもらおう」
「貴様……!易々とこの命を勝手にされてたまるか!」
足に力を込め、焼け焦げた絨毯を足でちぎり、剣を引き抜こうとした瞬間だった。
後ろの扉の奥から何かが爆ぜるような音が轟き、隣で同じくして柄に手をかけていたエルビスが驚倒に震え、その直後に、悲哀と憤怒が混じりあった表情で唇を噛んでいた。
「少年!目の前のことに集中するんだ!!」
突如として襲う胸騒ぎに思わず振り向こうとしたその時、細い指の両手で頭を強く掴んで押さえつけられ、いつの間にか外に出ていた神様の声が鞭を打つ。
「そうでしたね……!ミーアも私も、人間の敵だ。よそ見している暇なんてない」
目の前でミーアが倒され、話し合いの余地など当然無い。例え魔王が倒されようと、一矢報いることすらできないのであれば、同盟なんて全く意味を成さない。ならば、と、己を鼓舞したところで、押し殺すほどの威圧を真っ向に受けながら大剣現身鏡を引き抜き、強く、足がちぎれてしまう覚悟で強く踏み込み、全身で風を切って甲冑の男へと剣を振り下ろす。
男はミーアの首筋に添えていた剣を動かし、頭を目掛けて振り下ろされた大剣に軽くぶつけ合わせる。力を入れるような、金属同士が擦れる音は一切せず、刃同士の鋭く透き通った接触音だけが空間に響き渡る。
「軽いな」
兜の奥で短く笑うように男は言い、僅かに踏み込みを見せたところで押し負け、背中に風圧を受けながら壁に殴打される。
「お兄!」
「少年!」
それが全力とは思えぬ微動にエルビスが唖然とする中、アルプスは狂った笑みを絶やし、神様が一目散に駆け寄って折れた背骨に手を当てる。地面が裂けてしまうような深々と走る痛みは生命の神の治癒術によってみるみるうちに癒えていく。
「もう、誰も目の前から消えさせないって誓ったんだ!だから私が!」
「待ってくださいアルプスちゃん!貴女では到底叶う相手では!」
エルビスが顔を青くさせて手を伸ばすも、嬌笑を浮かべる死神の耳には届かず、軽々と、禍々しい赤い半月の刃を振り回す。
身の丈よりも大きなそれを、首や肩、足や指先を目掛けて一切無駄を見せず、目にも止まらぬ速さでアクロバティックに操る様に、男は苦渋の色は見せないながらも右手に持つ血に汚れた剣で防ごうとはしなかった。
柄を片手で持ち、胴体を目掛けてその場で回転、後ろ飛びで避けて着地後の一瞬の硬直を見て小さい体躯を活かして懐に入り込んで両手で柄を握り、体を縦に切り裂くよう持ち手を軸に回転、すんでのところで横に軸をずらした男に死神の鎌が一回転を迎える前に腕で止め、鎌の向きを変え、重いものをすくい上げるように、赤い刃を振り上げた。
「にひっ、生命刈リ取リシ常闇鎌!!」
弧を描くほどにつり上がった口はケタケタを笑い声を上げ、赤い刃は景色をも紅く染め上げる。フィルター越しに見た世界で空高く飛び上がった男を捉え、唯一自由に動ける死神だけが床を抉る程の力で飛び上がり、鎌先に目が釘付けにされている男目掛けて振り上げた。
「やめろアルプス!!」
死神の鎌は人間を切り裂く。この場の誰もがそう確信した。しかし、魔王の枯れた叫びに赤いフィルターはその瞬間に外れ、甲冑の男は剣を振り下ろして空中からアルプスを鎌ごと叩き落とした。
「うっ!ぐっぅ!!ミーアさん!なんで止めるの!?」
「言ったはずだ……今のお前たちではこいつを倒せないとな!」
「そんなの、ミーアさんがぼろぼろだったから過大評価してるだけだよ!」
「魔王を……舐めるな」
傷だらけの体ながらも膝に手を付きながら体を起こし、アルプスを睨むその目に全体の空気が凍てつく。刃物に背筋をなぞられるような悪寒に意識までもが支配されたような錯覚に陥り、甲冑の男は弱った獲物を狩り切ることができずに姿を眩ませた。
「私もあの人間も、本気で殺し合いをしていた。結果は貴様らが見た通りだ」
「そんなの、嘘だよ。ミーアさんが負けるはずないよ!」
「なら、この傷を見るがいい」
ミーアは血だらけの手でローブの紐を解き、右肩から左脇腹にかけてつけられた大きな切り傷をアルプスに見せつけた。
傍から見ても、それは今こうして話していられることが不思議な程に深く、他のどの傷よりも凄惨で、今にも失血死してしまいそうな程の多量の血で汚れていた。
体の内側まで見えてしまいそうな傷にアルプスは慌てて口を押え、込み上げて来るものを抑え込もうとするも、その場で溢れさせてしまう。
「はぁ、これは酷い傷だね、ボクがいなければ死んでるよ?」
神様は私の傍から歩き出し、虚ろな目で何度も堪えるミーアの傷口に手を触れ、大小問わず瞬時に塞いでしまう。しかし、溢れた血液までもが戻ることはなく、痛みが引き、苦悶の色が消えた魔王は、かなりの安堵に包まれて眠るようにその場に力なく倒れ込んだ。
「わーい久しぶりの出番だー!次回のUnleashed Antiquerはー!」
「堕落の魔王ミーア……恐らく彼女が最後の魔王」
「少年、君はその魔王と同盟を組んだ。あの人間の襲撃もあって、現実味を帯びてきたんじゃないのかい?」
「手も足も出なかった……私達であんなのを沢山相手にしなきゃならないのか……?」
「ま、いざとなったらボクがいるし?レイカ君もいるし?人間と神と龍が力を合わせれば、なんとかなるなる!」
次回、Unleashed Antiquer 反逆者の烙印
「神様、楽観的すぎますよ」
「え?そうかなぁ?ボクは少年とレイカ君達の力を信じてるだけだよ」
「……なんか、神様のせいで頬が緩んじゃいますよ」
「ええい、笑え笑えー!ボクに少年の可愛い笑顔見せろー!」
「や、やめてくださいよ!ちょっ神様!顔近い!離れて!恥ずかしいから!んんーー!!」




