表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Unleashed Antiquer  作者: 圧倒的サザンの不足
存在の章
35/47

エル

 八つの首を持つ竜が生命活動を止め、動物の置物のように項垂れている姿を、執事服に身を包んだ老人は満足気に、そして蔑むように見下ろしていた。

「これは想定外でした。エル様のお力に身を溺れさせながらもカードを使って死から免れた……この館の魔力に飲まれなかったからこそできたこと……」

 老人はゆっくりと手を叩き、荒らされた装飾を蹴散らしながら不気味な笑みを浮かべて歩いてくる。その不穏さにアルプスがエルピスの背に隠れ、リヒトが赤く穢れた銀白色の槍先を向けていた。

「ですがそれは、己に欲がないことの現れでもあります。欲がない人間には一体何が出来る?欲がない人間は一体何を遺す?人は欲があるからこそ大成するのです。欲に埋もれ喰われた彼らよりも、まず喰われるべきだったのは無欲な貴方達だったのではないのでしょうか?」

「てめぇ、安全な場所で見ていやがったくせに、一体何様のつもりだ!俺たちの何が分かる!」

 激しい剣幕で怒鳴るリヒトに、老人は顔色ひとつ変えずに、もう動くことの無い竜の体へと手を触れる。

「何を仰る。我々は()()ではありませんか。帰巣本能に従って我々はここへと集い、欲を満たし、母であるエル様へ醜い魂を捧げ、復活を挙行賜ることが存在(エル)の血族である我々の運命(さだめ)……ですが貴方達はそれ以前に、人として劣っている」

「……そんな死に損ないの私たちを殺そう。とでも言いたげですね」

「へっ、そのくせ家族だ何だと妄弁か、下らねぇ」

 老人は呆れ顔でため息をつくと、竜の骸が、触れられていた箇所から土塊となって崩れていく。これまで起こりえなかった光景に目を見張らずにはいられなかった。

「……いいでしょう。あれほどの魂を喰らえば、たとえ不完全であれどエル様は復活するのです。この生物は魂を入れておくための入れ物にすぎませんから」

 土塊は元の形を残さぬほどに崩れ、山となる。

「これより、始祖エルの復活の儀を執り行います」

 老人のしゃがれた声が館内に響くと、床に滴っていた血溜まりが床の上に模様を型どり始める。部屋の隅から隅まで円形を作り、円の中心に向けて幾何学模様を何重にも描いていく。画家がこのフロア全体をキャンバスに使って描いているような、いや、それよりももっと機械的で迷いのない描画に、身の毛がよだつ思いがした。

 部屋の中心に最後の図形が描かれると、幾何学模様は赤く光を放ち、シャンデリアのロウソクを消して全てを赤く染めあげる。感涙の声を上げる老人に、先程までの威勢が消えたリヒトは焦りに近い恐れを抱き、エルピスは警戒心をむき出しにしつつ、背中に隠れるアルプスの盾となっていた。

 眩い赤光に思わず目を覆う。目を潰しにかかる光は衰えを知らず、微かに聞こえる新たな息遣いに目を開く。

 血族たちの流血から現れたそれが身につけていたものは、全身を纏ったドレスのような真っ白な布切れが一枚だけだった。

 脇まで伸びた白い髪に白銀色の瞳、アルビノを思わせる透き通った白い肌に細い体型が不健康に思わせる大人の形を持った女性が、翼もなく私たちを見下ろす形で、魔法陣の中心で宙に浮いていた。

「現世も久しい。正当な形でこの身を宿すのもいつぶりか。()()()らよ、我を呼び、何を望むか」

 低めの女声と共に赤い光が衰えていく。それが名乗らずとも、目の前で私たちを見下ろしている彼女がエルであることを知らず知らず理解する。

「おお、エル様!今日はその御身を顕現なされたこと、誠に嬉しくございます」

 感激のあまり、エルを崇拝するよう跪いた老人は目からボロボロと涙を流していた。跪拝されても厳格な面持ちを崩さない彼女はふわりと素足を床につけ、止まった時間を動き出させるように歩き老人の前に立った。

「お前が我を呼び出したか、お前は何を望む。無限の富か、万夫不当の力か、底なしの愛か」

 老人はニヤリと笑みを浮かべ、ただ傍観していた私たちを指さした。

「今現在のエル様は不完全な状態にあります。その力を完全なものにするため、そこにいる愚鈍な四人の魂をエル様の中へ取り込んでいただくことを望みます。」

 白銀色の冷たい瞳が私たちに向けられると、凍てつく殺意が空気をも冷え込ませる。今にも穿とうとしていたリヒトの手から槍が落とされ、エルピスの後ろに隠れてその姿を目にしていないアルプスすらも、身動きが取れなくなっていた。

「そうか」

 腑に落ちたような彼女の声に様々な光景が目に浮かぶ。喰われるだけだったあの人らよりも、様々な手段で命を弄ばれる私たちは、きっと()()なのだろう。

 震えた手で槍を拾いあげようとするリヒトへと歩を進めるエル、期待に胸を踊らせ嘲笑う老人。素肌を床に叩きつける軽い音が止み、ようやく柄を握ったリヒトは影が差す方を見上げた。

「ならば、我の手で殺さねばならないな」

 エルの手がリヒトの頭に徐々に近づいていく。彼の頭を掴むよう触れようとした瞬間、彼女の右手が老人の方を向き、シワだらけとなっていた体が皮と骨だけとなり、身につけていた執事服を残し、風が吹いて消えていった。

「貴様が先立って身を捧げるのが筋だろう……我の手で子を殺せと宣う輩の魂など要らぬがな」

 エルは不満げに手の力を解し、腰が抜け尻をついた彼の腕を引っ張り起き上がらせる。床に落とされた赤く穢れた槍を手にすると、血染めは一瞬にして跡もなく消え去り、元の銀白色を取り戻した。

「はぁ……疲れた。厳かな言動は我の性にあわんな。ほれ、これはお前のだろう?レゾンデートル(存在意義)か、大切にするのだぞ」

「あ、あぁ……」

 リヒトは綿雪を掴むよりも柔らかな手つきで拾われた自身の槍を取り戻し、微笑む彼女に畏敬の念を抱きながら、これまでより一層慎重に背中にこさえた。

「それにしても、あまり変わらぬな。この()()は、十年前と何も変わらぬ……そうか、皆、死んでいってしまったのか」

 一人後悔と悲壮感に浸りながら、この屋敷を、そのさらに向こうを見つめるエル。私たちは彼女が口にしたその意味を理解するには至らず、首を傾げるだけだった。

「すまない、今のは我の独り言だ。気にしないで欲しい」

 儚げにしおれた笑みを浮かべて俯く彼女は、酷く心残りがあるように思わせる。血族の魂達でその身を甦らせたエルに、コツンコツンと足音が響いていく。

「姉貴……?」

 リヒトが呼びかけるも、一歩一歩確実に前に進む彼女の重い足を止めることは出来なかった。無表情で柄を握るその姿に、何故か身動きが一切取れず、今にも振り下ろされようとしている刃先に視線が集まった。

「お前は……!!」

 エルがそう口にした瞬間、エルピスが憎悪に呑まれた形相で刃を振り下ろす。

 その首が落とされる光景が目に浮かぶも、目を閉じることすらも叶わない。石膏に固められたかのように動かない体に本能から危機感を覚える。

「やっと見つけましたよ。()()()()

 振り下ろされた刃は彼女の願いを叶えることはなく、エルの周りを囲む透明な壁によって阻まれる。それにエルピスが動揺や驚きを見せることは全くなく、不敵な笑みを浮かべていた。しかし、その目は笑っているようには見えず、あの時のアルプスのように、右目が紅く、その赤い目の色よりも紅く輝いていた。

「自らの復活のために自分の子を犠牲にしておきながら、死を恐れるなんて、愚の骨頂ですね」

「こんなにも早く我の前にその姿を見せるなんて、想定をはるかに超えている……しかし、覚悟していなかったわけではない」

「なら、その首を今すぐ差し出してください」

 全身に力を入れるあまり、歯で歯茎を抉り、鉄臭いものが口から流れ出す。束縛から解放されようと藻掻くのはリヒトも同じで、彼の目の前で起ころうとしている惨殺を止めようと、僅かながらも動きを見せていた。

「それは出来ないな。我は死んで行った()()の意志を継がねばならない」

「仲間?血族(私たち)は仲間ではないとでも言いたげな口ぶりですね」

「あぁ、血族(お前たち)は家族ではあるが仲間ではない。むしろ、敵になりうる存在だ」

「望んでもいないのに勝手に私を生み出しておいて、今度は敵呼ばわりですか、私は貴女の都合のいい人形か何かですか!」

 エルピスの怒号に刃が壁を打ち破り、ガラスのような鋭い破片がエルの肌を切り裂き、血を流せる。息を荒らげた彼女の目の光がいっそう強くなると、屋敷の装飾や天井が崩れ始め、この世の欲望が瓦礫の下へ埋もれていく。

「違う……!我は、我は……」

「いくら言い訳を思い浮かべようと無駄です。今すぐにでも、殺してあげます」

 天井や壁が全て崩れ落ち、青空が顔を見せる。屋敷を取り囲っていた森が、廃墟が、幻だったのかと思わせるほどに跡形もなく消え、円形に抉れた荒野の上に、私たちは立っていた。

「これも、貴女自身のせいであることを自覚してください。身勝手に私を生み出した貴女の罪です」

 右目の紅い光が青い空を赤に染め上げる。白かった雲は黒く焼け焦げ、純白の翼を広げた彼女が私たちをその紅い瞳で見下ろしていた。

「おい兄貴!エルピスの姉貴は……どうなっちまってるんだよ!」

 これまでにないほど焦りを見せたリヒトに、怒気が混ざった問いを投げかけられるが、禍々しくも、神々しく見える彼女を前に声を絞り出すことが出来なかった。

「あれは我が生み出した、天と地を征く原初の種族、翼族(パラスキニア)の一人であり、我の血を直接受け継ぐ者の一人、名をKalmia・E()L()V()I()S()だ」

翼族(パラスキニア)!?待てよ!この星には人間と魔族、幻想種しかいないはずだろ!?それに血を直接受け継ぐって一体……あぁもう訳わかんねぇ!!」

「今は分からずとも良い」

 頭を両手で強く掻きむしり、混乱している彼を尻目に、エルは彼女を指さす。ELVISの目は一貫してエルを鋭い視線で一瞬たりとも目を離さず、その隙を伺っている。

「お前たちも血族ならばあの目の輝きを一度は見たことがあるはずだ」

「目の輝き……?確かアルプスちゃんも」

「え、え?わ、私?」

「あの目の光は、人によってその色こそ違えど()()()()である証。この状態はある物に強い感情を抱けば抱くほど強いものとなり、()()()()に耐えきれずなってしまう廃人化を加速させてしまうものだ」

「目の輝きが超越状態って……私もすぐに廃人化しちゃうの?」

 思い当たる節が二つほどあり、声をも震えて私に寄り縋るアルプスに、エルはELVISから一切目を逸らさず、その出方を伺っていた。

「……お前は何か身の回りで異変を感じたことはあるか」

「異変……?ない……けど」

「そうか、ならば()()大丈夫だ。その異変こそが血の代償であることは覚えておいて欲しい」

「それで、超越状態を解く方法はあるのか?廃人化を加速させるんだろ?」

 気づけば体が自由に動き、エルに並んでELVISを見上げていたリヒトが柄に手を伸ばしながら訊く。

「超越状態は常に血族の力を行使している状態だ。廃人化は力の使用によって進行する。つまり、使用できないようにする……または感情の根源を断つ他ない」

「……つまり、エルを殺すか、エルピスの姉貴を倒すしかないって訳なんだな」

「そうなってしまうな」

 軽い舌打ちが風に乗って音が流され、叫び混じりのため息が響き渡る。彼の手には三叉槍が握られ、震えた矛先を、エルピスに向けていた。

「ったく、やるしかねぇのかよ!……兄貴!アルプスちゃん!エルピスの馬鹿野郎を止めるぞ!!」

「止めるって言ったってどうやって!?エルピスさん空飛んでるんだよ!?」

「んなもん石でも投げつけて撃ち落とすんだよ!まずはそれしかねぇ!」

 落ち着きが無くなったリヒトが槍を握る手に力を込めると、その姿を見て現状を理解したアルプスが震えながらも死神の鎌(ティナ・アルプス)を取り出し、構えた。

「嫌だよ……エルピスさんを傷つけるなんて……でも……エルピスさんが廃人になるなんてもっと嫌だ!お兄、私たちでエルピスさんを倒すよ!」

 二人に背中を押されたような気がして、神々しいものを前にして震えていた手でようやく剣を引き抜いた。長い刀身に体を持っていかれずに両手で握ると、その震えが目立って見える。

「……やるぞ」

 迷いがないなんて嘘でも言えない。しかし、止めるしかない。世界図書館でのこと、廃墟でのこと、屋敷でのこと、彼女の行動全てがこれに繋がるのであれば、私は彼女を()()()と思う。彼女を許す、ただそれだけのために、全ての力を以て倒すしか無かった。その覚悟が、ようやく少しずつ芽生えてきた。

「次回のUnleashed Antiquerは」

「エルピスさんを廃人になんてさせない!」

「エルが何したか知らねぇが、まずは姉貴を倒さねぇと!」

「貴方達の考えが手に取るように分かります……」

「何!?石で撃ち落とす作戦がバレちまう!」

「エルピスさんのお耳ふーってしてトロトロにするつもりだったのに!」

「二人とも、それ本気でやるつもりだったのか……?」

次回、Unleashed Antiquer エルとエルビス

「あ、あの、お耳ふーだけはやめてください、あれとてもくすぐったいので」

「アルプスちゃん!姉貴の顔真っ赤になってるぜ!」

「ならお耳ふーだけじゃなくて、はむはむしたりぺろぺろしたり、ちゅってしたり!」

「二人とも……真面目に……」

「あぁんっ、伊黎さんっ!そんなことしちゃだめぇ!!」

「兄貴、何考えてんだ、真面目にやれよ」

「お兄のくず、へんたーい、節操なしー!」

「三人とも後で覚えておけよ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ