暴飲暴食暴力暴言
「お、兄貴、お前どこ行ってたんだよ!心配してたんだぜ?」
料理や酒を楽しむ人たちを掻き分け、三人を探す中で後ろから聞き覚えのある声がする。
「リヒ……ト……?その隣の人らは誰だ……?」
今まで地味な色の革ジャンを着ていた彼が、首から金色に輝くネックレスを下げ、良く言えば芸術的で、悪く言えばセンスのない派手な服を着崩して肌を見せ、両隣に見知らぬ女性を抱かせていた。
二人の女性は私に軽蔑するような目を向け、似合わぬ服を着たリヒトに甘い言葉を吹きかけていた。
「いや、やっぱいい。それより、エルピスとアルプスを知らないか」
「さぁな。どっかで遊んでんじゃねぇのか?そんなことより、兄貴も男だからよ、同じ歳の女と恋仲になったらどうだ?それとも兄貴は年上が好きなのかー?」
二人の女性に挟まれ有頂天となってしまった彼に揶揄われ、心の中がざわつき始める。リヒトもここの誘惑に負けたようで、あとの二人が気にかかった。
「アルカルテのことはどうするんだよ……!」
「あぁ、もちろんここから出たら迎えに行くさ。でもなぁ、俺ら閉じ込められるから、遊ぶしかねぇんだわ」
彼がホールに響くほどに高笑いすると、隣の女性は私を嘲笑う。リヒトはそんなことを知りもせず、二人の女を抱き寄せて蕩けさせる。
「飯も酒も娯楽もあるんだ。なんも不自由ねぇからよ。別々に楽しもうぜ、それじゃぁな」
「おい!待てリヒト!待って!」
結局誰も呼び止めを聞かず、人混みの奥へ、個室へと消えていく。
「あ、伊黎さん!貴方もここに来れたのですね!」
リヒトが消えていった先を意味もなく見つめていると、天井の方から聞き慣れた声がする。二階にも三階にも声の主は見つからず、恐る恐る真上を見上げると、純白の大きな翼を広げて飛び回っていたエルピスが私を見つけゆっくりと降りてきた。
「もう、貴方が森の中で突然走るものですから、探すの苦労しましたよ?」
「何言ってるんだ……?エルピス達が私を置いて先に行ったんじゃ」
「んー……まぁ、この際どうでもいいです!それより聞いてくださいよ!実はここ、私たちが願ったものが形として現れるみたいなんです!試しに願ってみますね!」
エルピスはご機嫌のまま、翼を広げたまま、手皿を広げた。目を閉じ、力むように願う。すると、目の前で彼女の願いがうっすらと形を見せ、実体化すると同時に手の上に落ちる。
物を拾った子供がするように見せられたものは、真っ赤で大きなイチゴだった。
「どうです?すごいでしょう!?」
「これはたしかに凄い……」
目の前で起きた出来事に惹かれ、やってみたい気持ちが芽生えると、すぐに理性がそれを押し留める。
「それより、アルプスどこにいるか知らないか」
「あ、そういえば、あれから見かけてませんね……」
「一緒じゃなかったのか……?」
「はい、アルプスちゃんも伊黎さんを追いかけて森の中へ消えてしまい、それっきり見かけてません」
「そうか……だからエルピスは空から探してくれてたんだな」
「いえ?ただ飛びたかったから飛んでいただけですよ?」
呆れた。魔王城でアルプスと初めて会話した時、エルピスはあんなに可愛がっていたはずなのに、レストランでも同じ料理を共有していたのに、いつから薄情になってしまったのか。
「どこへ行くのですか?」
リヒトもエルピスも当てにならない。ならば自分で探し出すしかないと歩き始めると、危機感を持っていない彼女に呼び止められる。
「アルプスを探しに行く」
「はぁ、そうですか」
雑談の中に舌打ちを紛れ込ませ、振り返らずに足早に人混みを掻き分ける。
しばらく歩き回って探してみるも、不思議と疲労を感じない。夢の中で走っているかのように。
酒を飲み、食事を床に落としながら談笑する光景にも慣れ、それがここの当たり前なのだと思い始めたところで、部屋の隅で蹲る一人の少女を見つけた。
淡い期待に胸を躍らせ、すすり泣く彼女へと近づく。気づけば飛ぶように走り、周囲の人を突き飛ばしてでも走り続ける。
少女まであと少しというところでその容態に気づき、足を緩める。すすり泣く声が目の前から聞こえてくるところで足を止め、赤かったり黒かったりする体をまじまじと眺めた。
「アルプス……?」
名前を呼ぶと彼女の体はぴくりと反応し、おずおずと顔を見せる。
「あ……おにぃ……お兄!」
アルプスは涙を弾けさせ、全身痣だらけの体を労ることなく私に飛びつく。その小さな衝撃にゆっくりと床に座り込み、甘える猫のように頬ずりをする彼女の頭を優しく撫でた。
「どこ行ってたの?リヒトお兄とエルピスさんはどこ?」
「……さぁ、どこ行ったんだろうね」
「お兄……?」
「それよりアルプス、なんでそんな痣だらけなんだ。ミーアに着せて貰った服が台無しじゃないか」
服に着いた埃を払い、露出していた痣を服で隠すと、アルプスは後ろめたそうに目をそらす。彼女は気まずそうに手を腕に添えると苦痛に堪える表情が一瞬見えた。
「……言うとお兄が心配するから言わない」
「それは……アルプスは私の妹だから心配くらい……」
「これくらい平気だから。エルピスさんもあの人も、私よりいっぱい痛くて苦しい思いしたんだもん。私は死神になるって決めたから、大丈夫なの」
満開の笑顔を向ける彼女に安堵の息を漏らし、跳ねた髪に拳骨を添える。アルプスは痛がる声を出しても、笑って誤魔化す。今にも崩れてしまいそうな体の形を保つようそっと抱き寄せると、腕の中でプルプルと震え始める。
「お兄……痛いよ……離して」
震えた声の懇願も抱き留め、壊れてしまわないよう腕に力を入れる。腕が私の背中に添えられると同時に、彼女は崩れ落ちた。
「どうしてもっと早く見つけてくれなかったの……!痛かった!怖かった!お兄と離れ離れになって、色んな人が私をなぶって、笑って、汚して……またお兄と会えなくなるのかなって思って……寂しかった……」
か細くなっていく彼女の声を、騒音響くパーティ会場の中で聞き止め、部屋の隅で嘔吐く少女の背中を撫でて宥める。
「お兄のせい……お兄のせいで怖かった。セキニン取って」
「……ミーアのところに帰ろうか」
アルプスの頭をポンポンと叩き、折れかけていた腕を引いて入口の石扉を前にする。
「お兄?エルピスさんとリヒトお兄探さなくていいの?一緒に帰ろうよ」
「いや……それは……」
「ねぇお兄、ここにいたら二人も危ない目に会うかもしれないよ?」
今まで素直に着いてきていたアルプスが今になって駄々をこね始める。石扉を押しても引いても一切動きを見せないことに苛立ちが積もり、体を前後に揺らされて理性が崩れ落ちてしまう。
「あの二人はアルプスを見捨てたんだよ!!だからリヒト達がどうなろうと知ったこっちゃない!」
石扉と会場を繋ぐ通路全体に声が響き渡り、アルプスが怯みじわじわと涙を浮かべる。繋いでいた手がするりと抜け、今更になって何をしてしまったのか自覚した。
「お兄、さっきから変だよ……!エルを尋ねるためにここに来たのにすぐ帰ろうとするし、エルピスさんとリヒトお兄のこと毛嫌いしてるし、ちょっと強引だし!そんなの、ここにいるみんなと一緒だよ!お兄だけはきっとまともだって信じてたのに!お兄はお兄のままでいてくれるって信じてたのに!!」
「待ってくれ、アルプス!アルプス!!」
泣き声をあげて人混みの中へと混ざっていく彼女を呼び止めることもできず、通路の壁に自らへの怒りをぶつける。
気づけば通路に座り込み、壁を殴っていた手が赤黒い痣を作り熱を帯びていた。アルプスを追いかける気力も湧き上がらず、ぽっかりと空いていた胸に手を当て、とある天使の姿を頭に浮かべて懺悔していた。
「アッコンシェ……コレ、私のせいだよな……」
呆れて軽蔑しつつも、その見下すような表情がやけに和やかな彼女の顔が目に浮かぶ。
人間を愛玩動物と愚弄した彼女が正しい、と深く溜息をつく。
このままではミーアに顔向けすることもできず、ホールへと戻ろうとしたその時だった。地響きと共に、号哭と叫声、怒号と群衆の足音がこの通路へと近づいてくる。
先頭を走っていたのは、ダルマのような体型で身体中に金や宝石を身につけた、見るからに高貴な人間で、周囲の人を押し退ける様は見るも無残なものだった。
人の流れに逆らいホールへと戻ると、先程までの宴のような華やかさは全くなく、壁には血飛沫や肉片が飛散し、床に落ちた料理やテーブルクロスが赤黒く染まる。
部屋の最奥では、赤く汚れた群青色の鱗にがっちりと硬められた八つの首をもち、六つの足を地面につけ、一本の尾を地面に鳴らし、十六もの目で獲物を見つけては喰らい尽くす竜が、身内がそうしていたように、会場内で骨や肉を食い散らかしていた。
ここには、アルプスも、エルピスも、リヒトも誰も見かけられず、底知れぬ空虚感が全身の力を奪い、腹を空かせ涎を垂らし続ける竜の前で膝を付かせた。
「次回のUnleashed Antiquerは」
「少年!シャキッとするんだ!少年にはまだボクがいるじゃないか!」
「神様、私には無理だよ」
「こういう時こそ、困った時の神頼みさ。きっとボク以外の誰かが助けてくれるって!」
「なんでそこは神様が胸張らないんですか」
次回、Unleashed Antiquer 天舞一閃、地走一突、離合一殺
「少年が活躍するところを一番近くで見たいからね!」
「本当は神様も怖んじゃ」
「ギクッ……ほ、ほら!ボクは少年の傷をすぐに癒せるように、ね!フレッフレッ少年!がんばれがんばれ少年!」




