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Unleashed Antiquer  作者: 圧倒的サザンの不足
存在の章
32/47

亡者達の宴

 轟音がもたらしたのは、永遠の静寂だった。霜が張られた地面にはビリビリと稲妻が走り、透明で水の滴る壁が冷気を放つ。

 押し寄せる疲労に膝から崩れ落ち、薄氷がバリッと音を立て割れる。

「なんだこれ……兄貴がやったのか?」

 リヒトは壁の中で凍死した骸を至近距離で眺め、触れようとするも、放たれる冷気に手を引っ込める。

 血を流し続けるエルピスは氷に囲まれて赤黒く色を付ける。彼女が流した汗をも氷の結晶へと変える寒気の中、危機感のない笑みを向けていた。

「また貴方はそうやって哀しみに溺れるのですか……みっともないですよ……?」

 エルピスの声が段々と弱く、か細くなっていく。骸のように唇が青くなり始める彼女に、アルプスが何度も体を擦るも、快復の兆しは見えてこなかった。

「エルピスさん!しっかりしてよ!目を開けて!お兄のことちゃんと見てよ!ねぇ、ねぇってば!」

 必死に訴えかけるアルプスの滴が彼女の閉ざされた目に落ちる。

 段々と冷えていく体に目を背けた時、アルプスの左目が瞼の隙間から白く輝き初め、浅い呼吸をするエルピスの体が呼応するように淡く光を放った。

「もう誰も私の前から消えさせない!!絶対に目を覚まさせてあげるから!」

 アルプスの指先が爪で貫かれた跡へと滑らかに入っていく。しかし、傷口が広がることはなく、透過していると言った方が正しいのかもしれない。

()()()()!!」

 エルピスの傷口から瘴気のような黒い煙が抜け始め、彼女の体から光が消えていく。その光を取り込んだかのように、アルプスの左目が白い光を強くさせ、雷が落ちるよりも眩しく街を照らし始めた。

 毒の抜けたエルピスがうっすらと目を開けると共に、アルプスの左目は閃光を失った。それでもアルプスは、目覚めた彼女をしっかりと目で捉え、いつの間にか流血が止まっていた傷跡を抑えながら起き上がる彼女に飛びついた。

「わわ!?アルプスちゃん!?私怪我人なんですよ!?」

「そんなことはどうでもいいよ!エルピスさんがちゃんと目覚めてくれたから、全く気にしない!」

「少しくらい気にかけて下さい!」

 目覚め一番に抱きつかれて顔を赤く染め上げるエルピスに、彼女は頬擦りをして熱が戻った人肌を楽しむ。エルピスは戸惑いながらも彼女の頭を優しく抱き寄せ、慈悲深い微笑みを向けていた。

「あれがアルプスちゃんの力ですか……とても、温かかったですよ」

「うん……今のエルピスさんも、温かいよ」

「……元はと言えばリヒトさんとお兄さんのせいですけどね!」

「んな!急になんだよ、せっかくいい雰囲気だったところを黙って眺めてたのによ!ぐうの音も出ねぇけど!」

 慈悲深い微笑みが一転し、からかうような含み笑いを私たちに向けるエルピスは、深手を負いながらも普段の調子を取り戻したかのように見えた。作り笑いなどではなく、心から私たちをからかっているようだった。

 復活したそんな彼女に、尾を引くものがありながらも、安らぎが奥底で浮かび上がった。

「リヒトさん、伊黎さん、少しこちらへ来てくれますか?」

 アルプスの肩を借りながら立ち上がるエルピスに、リヒトと顔を見合わせて近づくと、彼女は傷口を抑えていた手で私たちの頬を力強く叩いた。

 それは一瞬の出来事で、すぐに理解が追いつかなかったが、熱を帯びる頬が出来事を知らせた。

「痛かったでしょう?でも、私が受けた痛みはその何倍も、何十倍もあるんです。このサーベルで貴方達の腹を貫いて、同じ痛みを味わせることだってできます。でも、私はこれで許そうと思います。これ以上のことをすると、きっとこの子は悲しんでしまいますから……それだけ、私はこの子の元気な姿を守り通したいのです」

「……アルプスちゃんも名倉家の人間だもんな。エルピスの姉貴にだけ体を張らせる訳には行かねぇ!この街は危険だってことはわかってんだ!ここはアルプスちゃんの二人目のお兄として、いいとこ見せてやるぜ!な、兄貴!」

 辺りは氷に囲まれ、廃人化した血族達が無力化されたが、決して安全とは言いきれず、エルピスの身に起きた出来事が気を引き締めさせる。

 氷の中の展覧会を見物していたアルカルテやレイカを呼び戻し、万全な状態では無い彼女を背負って街中を歩き始める。

「にしてもなぁ、姉貴が急に盾になるもんだからびっくりしたぜ……」

 街の中心部にある森へ向かう中、リヒトは不用心な素振りを見せながらも、街を細々と見渡しながら呟く。

「それは……貴方達二人が止まっていたからです!アルプスちゃんが死んでしまうところだったんですよ!?」

 エルピスは私の背中の上でそう騒ぎ立て、軽く私の頭をポカポカと叩く。不思議と嫌な気分はしないが、やはり後悔は積もるばかりだった。

「まぁまぁエルピスさん、結果的に助かったんだから、お陰で私も力に目覚めたんだし!」

「そうですけど……やっぱりもう一発叩かせてください!無性に腹が立ちます!」

「はは、止めてくれよ。思ったより効いたんだからな」

 両手足をばたつかせて暴れるエルピスを落とさないよう歩くも、足を滑らせないよう意識を向けるだけで手一杯の中、アルプスの後ろからの支え無しでは何度も転びそうになってしまった。

「さっきの姉貴見て思ったんだが、もしかすると姉貴は受けのタイプなのかもな」

「う、受け!?」

 彼女の両手足は動きを止め、代わりに顔から湯気が出始める。

「いいい、一体何を考えてたんですかリヒトさんってばもう!貴方は変態なんですか!」

「は?何言ってんだ?姉貴は防御向きなんだなって話してるだけなんだが……」

「エルピスさん、顔赤いよ?大丈夫?」

 どうやら彼女の捉え方が変態的なもので、勘違いを起こしたエルピスは私の頭を軽く殴り続ける。この時だけ、彼女は攻めのタイプなのかもしれない。

「姉貴が受けとなると、俺と兄貴は攻めだな!」

「私が受け……リヒトさんと伊黎さんが攻め……!かひゅぅぅ……」

 突然、彼女の体重が背中にかかり、熱っぽい吐息が耳に当たる。口から魂が顔を見せ、抜けてしまそうになり、蕩けた顔をアルプスにからかわれる中、荒廃したこの街中で一本たりとも見せなかった木が、目の前で立ちはだかる。

 突然地面から生えたのか、木の根がコンクリートを突き破り、群生して森となっているようだった。

 自然の脅威とも捉えられるようなこの木は、木皮が厚く図太く伸びているようで、何度も切り倒そうとした跡が残っていた。結果、至らずという無念が積もったことだろう。

 目の前にある木はただの丈夫な木……ならばどれほど良かっただろうか、空から見ればここは森のはずだが、周囲のほかの木が密集し、曇天もあってか陽光が遮られ、二本目以降の木が真っ暗闇の中に埋もれてしまっていた。

「……アルカルテ、レイカ、悪ぃがここで留守番を頼む」

 常夜を前にしてリヒトは二人を見下ろす。彼らもこの森に不思議と恐怖を抱き、怯えているように見えた。

「え、リヒトと一緒に行っちゃダメなの?」

 アルカルテの声が潤み、リヒトとを繋ぐ手がいっそう強く握られる。

「お前を危険な目に合わせられねぇから……もし危なくなったらレイカと空に逃げればいい」

「……絶対!帰ってきてよ」

 僅かな期待を抱いて向き合うも、リヒトは何も言わず、今まで通りの笑顔でアルカルテの頭を優しく撫でる。

「ご主人様達も、気をつけてね」

「お兄とエルピスさんが危なくなったら、私が助けるから、心配しないでね!」

 自らの力に自信を持ち、胸を張ってみせるアルプスにレイカはクスクスと笑って応える。もの寂しげだった彼の目は、彼女に期待するよう真っ直ぐで安らぎを含むものへと変わった。

「……任せたよ。()()()

 氷に覆われた街で二人に見送られ、()()()()()な常夜の森へと入っていく。

 外からでは見えなかった二本目の木の枝が頬を掠めたところで後ろを振り向く。まだ数歩しか歩いていないはずなのに、一本目の木が消え、その奥もまた何も見えず、閉じ込められたかのような閉鎖感が押し寄せてきた。

「……風の音がするな」

「人の気配がしますね」

「ねぇお兄、向こうになんか見えるよ」

 三人が突然そんなことを言い始める。この森は木の葉が揺れる音がしなければ、人の温もりも感じない。目の前は真っ暗闇で何も見えない。それなのに、三人は私だけを置いて先へ先へと進んでいく。

 後ろから誰かに見られている気がする。誰かが近づいてくる気がする。レイカ?アルカルテ?違う。もっと大きくて、恐ろしいもの。

 逃げなきゃ、逃げなきゃ命がない。なんの根拠もなしに本能がそう叫ぶ。気づいた時にはもう走っていた。それでもソレは追ってくる。

 草木を踏む音に耳を塞ぎ、追ってくる気配から逃げ続ける。視界も頼りにならない中走り続けていると、石にでも躓いたのか、体がふわりと浮き上がり、土とは異なった地面を転がり落ちる。

 全身の痛みで目を覚まし、身の回りの景色が館のエントランスのような場所になっていたことに気づく。ここへ転がり込んだのか、それとも運び込まれたのか……

 館に似つかわしくないボロボロの体で立ち上がると、執事服に身を包んだ一人の老人が、扉の前で一礼をする。

「貴方で()()ですね?それでは()()()を拝見します」

 招待状なんてものは持っておらず、私が最後であることに首を傾げる。

 執事は扉の前へ立つよう促し、絨毯の土足で汚し、分厚く、重々しい石扉を前にする。

 ドアハンドルに手をかけた瞬間の事だった。目の前の石扉が一瞬にして消え、隣にたっていた老人が中へと誘う。どうやら持っていたようだった。

 扉の先の一本道を歩いていくと、シャンデリアに照らされ、豪勢な飾り付けの中でパーティテーブルが大量に並べられ、大人数が料理を囲む。吹き抜けとなってた二回三階では娯楽を楽しむ老若男女の声が聞こえ、幸福と堕落と狂気が満ち溢れていた。

 料理が無くなればまた新しいものが運び込まれる。駒が壊れれば新しいものが現れる。女を喰いたければ、少女からグラマラスまで。男を侍らせたければ少年から美形高身長まで。全ての贅と快楽と誘惑がここにはあった。

 誰もがこの光景に疑問を抱かず、誰もが()の一部として取り込まれていた。

 それは、既にここに来ていた()()も例外ではなかった。

「よし、行くぜ!次回のUnleashed Antiquerは!」

「ついにやってきました!私たちの楽園!」

「ここに居れば困る事なんにもなし!金も仕事も責任も要らねぇ全てが自由!」

「話によれば、私たち存在の血族は完璧な生命のようで、ここにいれば老いることも死ぬこともないようですよ!」

「不老不死ってやつか!そいつはすげぇな!ハッハッハ!」

「ええ!ですから永遠にここで羽を伸ばせますね!」

次回、Unleashed Antiquer 暴飲暴食暴力暴言

「お兄……どこなの……早く来て、助けて……!!」

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