表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Unleashed Antiquer  作者: 圧倒的サザンの不足
存在の章
31/47

廃人達の街

「それでは、またのお越しをお待ちしております。さようなら、皆さん」

 深々と頭を下げ、清々しいまでの爽やかな見送りをする楓に手を振り、ホテルミオソティスの回転扉を通り抜ける。

 現在時刻午前九時、日はまだ登ったばかりだが、スーツを着込んで忙しなく歩く人や、子供を連れて見渡す人、大きな荷物を背負ってひたすらに前へ進む人、皆誰もが己の目的に沿って歩を進めていた。

「さて、私達も行くとしますか!」

「おおー」

 各々が気だるそうに拳を突き上げ、気の抜けた声を上げる。太陽が街を眩しく照らすも、エントランス前だけにはどんよりと雲がかかっていた。

「一体どうしたんだよ皆……まさか、昨日の晩御飯が当たった……?」

「いや、そうじゃねぇんだよ……」

「逆になんで伊黎さんはそんなに平常運転なんですか……」

「もっとあのベッドで寝たかった!」

 ほのかに酒の匂いを漂わせるリヒトは青ざめた顔で頭を抱え、一夜にしてやつれたエルピスは目の下にクマを作り、アルプスは今にも部屋に戻ってしまいそうな程に駄々を捏ね始めた。

「リヒト、今夜は一緒に寝るんだよね。リヒトの腕ギュッてして寝るね」

「ご主人様、僕なら平気だから、早く行こう」

 リヒトの腕を引っ張って無理やり歩かせるアルカルテ、唯一やる気に満ち溢れたレイカに、こうも簡単に感動してしまうとは思いもよらなかった。

 気だるげなエルピスを背負い、背中で眠らせているうちにアルプスの手を強引に引き、またも人気のない所へと向かう。人の流れに紛れ込み、朝方からか、全くと言っていいほど利用者の居ない街中の公園で足を止める。

 人が来ないうちにレイカは龍へと姿を変え、空へ咆哮を轟かせる。思わず耳を塞ぎたくなってしまうほどの声量にも関わらず、背中に身を預けているエルピスが目を覚ますことはなかった。騒音で不機嫌になってしまうどころか、ヨダレを垂らしながら幸せそうな寝顔をしていた。

「お兄ー、私もおんぶしてよー」

 翡翠色の龍は空を駆け、風を切り、雲を切る。下の悪天候すらも上を飛べば問題はない。

 見慣れた空に飽きたのか、アルプスは背中で眠っているエルピスを羨ましがり、私の体を揺さぶり始めた。エルピスはこれすらもゆりかごのように感じているのか、全く目を覚まさない。

「あ、おい、兄貴、あの街、怪しくねぇか?」

 レイカの首元に座り、空の先を見ていたリヒトが曇天の下を指す。雲の隙間から見える程度だが、その街は遠目から見てもわかるほどに、これまでとは異質な雰囲気を発していた。

 紙のコンパスは相変わらず進行方向を向いているが、ややその街へと傾き始める。

「レイカ、方向が変わった。すぐ下にある街に行こう」

 龍は首を縦に振り、徐々に雲の下を突き抜けていく。

 灰色の空の下、交通網が完全に機能していない大きな街が一つ。道路は封鎖され、街の入口全てには立ち入り禁止の札やテープが厳重に貼られ、有刺鉄線やコンクリートの壁に囲まれている。

 その壁の中で、ビルのほとんどは倒壊し、多くの地割れが起こり、間から繁茂した植物の蔓や根が建造物を侵食し、中心部には森が広がっている。これこそ、自然と都市が共存したような形と言えるのかもしれない。

 もうこの街に人はいない。灯火一つない、壁に囲まれた廃街には期待も何も抱かなかった。こんなところにエルの手がかりがあるのかどうかすらも疑わしかった。

 街を囲う壁を一周すると、貫いたようなヒビ、爆破したような焼け跡、登攀したかのような穴の数々が目立っている。その中には、つい昨日焼かれたかのように熱が残っているものもあり、その燃焼痕は、目の前で新しい壁が生物が傷を癒すように再生されていた。

「なんだか気味が悪ぃな……」

「それでも、行くしかないんだ」

 まだ塞がりきっていない龍が通れるほどの大穴の前に降り立ち、隙間風が轟轟と響く中を堪え歩く。

 思っていた通りだが、これは予想を裏切る光景だ。

 生気を纏った人は誰一人としておらず、虚ろな眼でフラフラと目的もなく右へ左へ歩くだけの、まさに生きた屍が呻き声を上げながら徘徊している。

 ムカデが這いずり回る音も聞こえてきていいほどに環境音は全くなく、鳥のさえずりも、羽音すらも、聞こえてこなかった。

「ねぇ、お兄……怖い……」

 アルプスが怯えた声を発した直後の事だった。すぐ近くを歩いていた屍の首が捻れ、彼女に襲いかかろうと奇声をあげながら飛び上がる。

「兄貴!アルプスちゃんが危ねぇ!」

「わかってる!」

 この状況下でも安眠しているエルピスを背負いながらでは、背中の剣を抜くことなんてできず、咄嗟の思いつきでそのまま柄を握り、存在消滅を行使する。

 背にあったものの突然の消滅を目の当たりにしたからか、それとも血族の力を使ってしまったからか……目の前の骸は金切り声をあげ、静かな廃街に響かせる。それに共鳴するかのように、建物の陰から、遠くの道から、更なる奇声が響き渡った。

 こいつは普通の人間じゃない。この場の誰しもがそう感じた。あまりに耳を塞ぎたくなるような、雑音を発する人の形をした生物に目を背けることができず、骸は鉤爪のような生爪をアルプスの喉元を目掛けて伸ばした。

「不用心ですね!!」

 爪がアルプスの喉に触れようとした刹那、突如として私の体が軽くなり、鋭利な刃物が爪を切り落とす。例外がただ一人、彼女と骸の間に入っていた。

「エルピスの姉貴!」

「全く、伊黎さん!自分の妹ちゃんが襲われかけていたのに、何やってるんですか!危うく死んでしまうところでしたよ?」

「エルピスがもっと早く起きてくれたら良かったのに」

 彼女は一瞬、鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔を見せ、楽観的な微笑みを浮かべる。

「それもそうでしたね。それではお互い様ということで!」

「兄貴!アルプスちゃんに血肉見せるんじゃねぇぞ!」

「了解!お兄のいい所、少しは見せてやる!」

 エルピスの切り込みがあったおかげか、状況の整理がつき、すくんだ足も自由に動かせる。

 刀身が百七十センチもある大剣を引き抜き、リヒトも背中の三叉槍の刃を見せる。銀白色に輝く三つ又の槍に思わず目を惹かれ、骸の生爪が薄汚くくすんでいるように見えてきた。

 武器を取り出すのを見計らってか、骸は切れた爪をも己の武器として使い、鋭利なもう片方の爪も使ってアルプスに襲いかかろうと再び飛び上がる。

 猿のような跳躍に槍も大剣も届かず、軽々と飛び越えられて、絶望の色を見せているアルプスを前に再び爪を見せた。

 エルピスの超速反応で再び割って入るも、骸は構わずもう片方の鋭利な爪を彼女に突き刺す。彼女の口から血が吐かれ、背中まで貫かれた爪から彼女の鮮血がアルプスの頬に滴り落ちる。

「なに……見てるんですか!はやく……!」

 口から血を垂らす彼女を前にして骸は笑う。切られた平たい爪も彼女の腕を貫き、サーベルを手放させる。苦痛に堪えるエルピスの目が少しずつ赤く染まり始め、僅かに光が薄れていくのが見えた。

「姉貴の仇だぁぁぁ!!」

 リヒトはそう雄叫びをあげながら槍を地面に突き刺し、棒高跳びの要領で空高く飛び上がる。しかし、槍は地面に突き刺さったまま、彼は飛び上がっていた。

「来い!従槍レゾンデートル!!」

 飛び上がった頂点で彼は槍に手を向ける。突き刺さった槍がグラグラと揺れ、糸に引かれたようにするりと抜け彼の手に戻る。

 槍先は骸の脳天を捉え、自由落下とともに伸ばされた腕の勢いで骸の体を縦に穿いた。銀白色だった刃が、赤黒く染まり、骸の体は苦痛に堪える声をあげることすら出来ず、エルピスの体から爪を引き抜き、血溜まりを作ってその場に倒れて冷たくなってしまった。

 結局私は何も出来ずに、ただ二人の勇姿を見届けただけだった。だが、傷口を抑え、倒れ込んだ彼女へ真っ先に向かえたのは私だけだった。

「エルピス、エルピス!目を開けてくれ!」

 街中に響いてしまう恐れなんて知らず、ただひたすらに嘆きの声を上げる。こんな私の惨めさに彼女はうっすらと目を開き、嘲笑を向けながら血にまみれた手を私の頬に添えた。

「みっともない声を出さないで下さいよ……貴方は私はリヒトさんと違って、まだ子供なんですから……」

 どれだけ傷口を抑えても血は止まらず、服をちぎって包帯代わりに使っても、すぐに赤く染まってしまう。

「この程度の傷……普段ならなんともないんですがね……やはりアレも存在(エル)の血族の一人……私の腹を貫いた時に、生体機能を止めたようです……」

「つまり、エルピスの体はもう……」

「ええ……こうして話せていることが奇跡なほどに……」

「おい……兄貴……まずいことになっちまったぞこれ……」

 周りから大量の足音と共に、呻き声と奇声が混ざった集団が押し寄せてくる。それは道路からだけでなく、建物の壁を這い、倒壊したビルを乗り越えて来る者や、地割れの中から登ってる来る者まで、完全に退路を絶たれるほどに囲まれていた。

「これで……皆さん仲良く共倒れ。ですね……」

「縁起でもないこと言わないでよエルピスさん!お兄が!リヒトお兄が……!まだいるから!」

 段々と弱りに蝕まれるエルピスに泣きつくアルプス、この数を前に戦意が欠片もなくなったリヒト、最期は幾分かマシに過ごそうと寄り付くアルカルテとレイカ……

 こんなことに巻き込んでしまった責任感と多大な罪悪感が、押しつぶされてしまいそうな程に体にかかる。

「来るな……」

 この声は自らの罪を自覚させるほどにはあまりに十分であるが、贖罪に至ることはない。もたらすのは、無策の中で生まれる蛮勇な闘志。

「来るな」

 当然、骸達が足を止めるはずもなく、その牙を見せびらかしながらぞろぞろと歩いてくる。

 彼女の血に塗れた体を立ち上がらせ、滴血を拭う。

「来るなぁぁ!!」

 己の不甲斐なさと無力さに怒って声を絞り出し、喉を枯らす激昂を街に響かせる。

 最期かもしれない一声に、諦めかけていたリヒト達は目を見開いた。

 瞬時にして街全体が白く霜を張り、冷気に包まれる。透明な壁の中に、骸たちは埋もれていた。黒い曇天では、激しい雷鳴が轟き、大きな雷が街に直撃した。

「……次回のUnleashed Antiquerは……って、今回は私一人なんだよな……全く、何やってんだよ私……戦犯じゃないか……アルプスは守れないしエルピスは瀕死だし、せっかく作ってくれたチャンスを無駄にした……私は……これからどうしたらいい……?どうやって向き合えばいい……?」

次回、Unleashed Antiquer 亡者達の宴

「助けて……神様……」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ