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Unleashed Antiquer  作者: 圧倒的サザンの不足
魔王の章
3/47

堕落の魔王

 邪魔するものは誰もいない。全くと言っていいほどに事情を知り得ていない私たちと、ミーアと名乗った堕落の魔王が一つテーブルを挟んで対面している。

 神様はこの部屋を座ったまま目の届く範囲で物色し、レイカはミーアの頭から僅かに突出している黒いツノを憧憬の眼差しで見つめ、エルピスは何が起こってもいいようにと、腰に提げているサーベルの柄に手を添えていた。この場に緊張感というものは微塵程にしかなく、恐らく、持っているのはミーアとエルピスだけだろう。私はと言うと、目の前にいる魔王が、神様のようにコスブレした人間とも取れる容姿をしていることが気がかりだった。

「そ、そんなにジロジロ見られるとなんだか無性に腹の底がむず痒くなるんだ。早く貴様らも名乗ってくれないか」

「はいはーい!それじゃぁボクから!」

 四分の三から視線を集めていたミーアが苦汁を飲んだかのように歪な表情をしながら私たちから視線を逸らす。そんな中、我先にと部屋を見渡していた神様が手を大きく振りながら彼女の方へ焦点を合わせて立ち上がり、狐耳としっぽを露わにした。

「ボクは伊倉!生命の神伊倉。信者はたった一人の最も弱い神様だよ」

「なっ……!神だと!?いや、きっと嘘だ。貴様!本当のことを言え!」

 醜悪なものとして人間に固定概念を植え付けられている魔族の前に、正反対の聖なる存在として崇められている神が目の前で能天気に名乗るのだから、驚きを見せるのも無理もない。それでも神様はミーアに怒ることなく、首を傾げる。

「んー、ボクは本当に神なんだけどなぁ。何か刃物はないかい?」

「ん?あぁ、それなら」

 彼女は手のひらを上に向けて小さな円形の魔法陣を浮かび上がらせ、その中から小さなナイフが浮かび上がり、それを手に取って神様の前に置かれた。受け取ると、自分の腕を剥き出しにして、ナイフを逆手に持った。この場の全員が何をしでかそうとしているか察するも、ミーアだけが顔を青く染め上げていた。

「それじゃぁ、えいっ」

 神様は軽はずみな調子で、思い切りナイフを自分の腕に突き刺す。鮮血がミーアの方にまで飛び散り、神様は痛がる様子もなく、赤く染ったナイフを引き抜いた。

「き、貴様!何をしているのだ!い、痛くないのか?」

「あー、大丈夫大丈夫、ボク神だから」

 そう言いながらナイフをテーブルの上に起き、開いた傷口を指でなぞる。瞬く間に傷跡もなく、元通りになっていた。ナイフに着いた鮮血も、ミーアの頬に着いてしまった血飛沫も、気づけば元からそこになかったかのように綺麗さっぱり無くなっていた。

「ぐぅっ、もう何があってもこれに勝るものはない気がしてきた……」

「それでは次は私ですね」

 ミーアが頭を抱える中、今度は私の隣に座っていたエルピスが立ち上がる。驚かせようとさせる意図は感じられぬも、指の間から覗くミーアの視線は、彼女の背から生えた純白の大きな翼に釘付けだった。

翼族(パラスキニア)女王直属騎士団団長、カルミア・エルピスと申します。路地であのサキュバスを見つけ、逃げる手伝いをさせて頂きました」

「翼族と言うと、絶滅したはずの……!人の形をしておきながら翼を持つ種族と言えば他に天使族がいるが……貴様には輪がない。つまり、本物の翼族。まさか生き残りが居たとは」

 エルピスはミーアではなく私に視線を向けながら苦笑いをする。空高くに国を築いた種族が滅んだのであれば、巡り巡って噂として耳に入るのだろう。神様の暴挙の時とは打って変わって、キラキラと目を輝かせて彼女の穢れ知らぬ純白の翼を眺めていた。

「それじゃ、次は私かな」

 神様やエルピスのようにインパクトを与えることは出来ぬものの、テーブルに手をついて立ち上がろうとした。その時だった。私の力(存在消滅)を行使しようとすらしていないにもかかわらず、支えにしたテーブルが一瞬にしてその場から消え、ナイフが床に落ちた衝撃で金属音を立てた。手に体重をかけたせいで前に倒れ込み、心配そうに駆け寄るエルピス達と、目を見張るミーアとで視線を集めてしまった。

「これじゃ格好がつかないな、あはは」

 すぐさまテーブルを戻し、苦笑いをこぼしながら立ち上がる。最中に後頭部をテーブルにぶつけてしまい、患部を擦りながら頭を出した。

「えーっと、私がラクイラ。あのサキュバスを逃がした本人だ」

 他に言うことも無く、椅子に座ると、ミーアがようやく我に返ったのか、それでも焦点を合わせずに私の方を向いた。

「ラクイラと言ったか……貴様……もしや、いや、なんでもない」

 彼女が何を言い淀んだのか気になりつつも、最後に残ったレイカが立ち上がり、部屋の入口に向かって歩き出した。

「最後は僕だね。多分、驚くよ」

 きっと、この部屋の広さで十分事足りるだろう。彼は大きく息を吸って高く飛び上がる。そして吸った分を声として絞り出し、少年の器からは考えられないほどの、全長二十メートル程の翡翠色の龍へと変貌させた。

「龍……だと……幻想種までもが私の前に現れるなんて……ははっ、そうか、きっとこれは夢だ」

 衝撃の臨界点を超えた彼女はとうとう現実逃避してしまい、背もたれに寄りかかって脱力しきり、天井近くにまで伸びた彼の顔を虚ろな目で見て見ていた。

(もういいかな)

 天井から見下ろす彼の声が私にだけ届く。つぶらな瞳でこちらを見ていた彼に頷くと、それからにも言わずに人間の姿へと戻って椅子に座り直した。

「僕の名前はレイカ、見ての通り、人間にも龍にもなれるんだ。よろしくね、魔王様」

「あ、あぁ……よろしく頼む……すまないな人間……あまりに驚きすぎてどうにかなってしまいそうだ……本題すら忘れてしまうところだよ……っと待てよ、神に翼族に龍、となると……人間は貴様だけなのか?」

「一応レイカも元は人間だけどね。純人間となるとそうなるね」

「私が思い描いた理想が目の前にやってくるとはな……私は嬉しいよ、人間」

 虚ろな目からは思えぬほどに笑顔になり、希望に満ちた眼差しで何かを決意したかのように頷いた。

「この頼みは貴様達にお願いしたい。いや、貴様達でなければダメだ。特に人間、お前でなければな」

「あの手紙に書いてあったやつか」

「あぁ、率直に申すが、私と、堕落の魔王ミーアと、同盟を組んで欲しい」

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