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Unleashed Antiquer  作者: 圧倒的サザンの不足
存在の章
23/47

不思議な関係

(ご主人様、街が見えてきた)

 あれからずっと脱力感に襲われ、風に靡かれていると、目の前を覆っていた雲が晴れ、高層の建物が並ぶ街が見えてきた。遠目から見ても分かるほどに人通りが多く、賑わいを見せていそうな場所だった。

(できるだけ人目につかないところで降りるか、今のレイカの姿を見られたら厄介なことになるかもしれない)

(うん、わかった)

 大きな街から少し離れた、人通りがほとんどない広場に降り立つ。周囲には誰もおらず、日が登って来た方向には巨大な建物が日の光を遮る山を作り出していた。

 ズボンのポケットに入れていた紙のコンパスを取り出す。紙に描かれた動く矢印は街の方向を指していた。

 街に入ればご飯にありつける。なんてことを考えていると、腹の虫が激怒する。それはアルプス達も同様で、グーグーと唸りをあげていた。

「大きな街ですね……色々なところに目移りして首が痛くなってしまいそうです」

 街へと足を踏み入れるなり、エルピスは高層建築に目を輝かせ、埋め込められたモニターや電光掲示板、窓の奥に見える人々を見上げ、ぐるぐると回りながら楽しげに歩いていた。

「僕は龍に育てられたから……こんなに人がいっぱいいるところに来るのは初めてかな、ちょっと怖い」

 この街並みに興奮するエルピスとは対象的に、レイカは道行く周りの人々に怯え、私の服を掴んで背中に隠れる。街の人々は、そんな彼を誰も気に止めること無く無関心に通り過ぎていく。

「ねぇ、お兄、私とお兄って、どこで生まれたんだろうね」

 アルプスは街並みに感動するでもなく、多くの人に怯えるでもなく、手を繋いですれ違って行く家族連れを見て哀愁を漂わせていた。

「分からない。そもそも私は小さかった時のことを何も覚えていないから」

「そっか、そうだよね。私のことも覚えてなかったんだし……」

「湿っぽい話はやめて、飲食店を探しましょうよ!アルプスちゃんもお腹ぺこぺこなんですよね、ここなら絶対になにか食べられますよ!」

「えぇ、早くここから出たい……僕もお腹すいてるけど、人目が気になる……」

 この空気を壊すように、二人は周りを見渡す。その甲斐あってか、アルプスもお腹を擦りながら一緒に店を探し始める。その顔からは先程までの陰気なものはなく、光が差したような、今のエルピスのような歓喜に溢れたものへと変わっていた。

「天気もいいですし、少し暖かい。こんな日こそ翼を広げて飛びたいですね!」

 エルピスは小躍りしながら、今にも本当に翼を広げてしまいそうに力を入れ始める。当然、人目が多いこの場で翼族(パラスキニア)の象徴を見せることを許すはずもなく、彼女の手を掴み、力づくで縛り付けた。

「うぅ、冗談ですよぉ……ここで翼を広げるなんてしませんからぁ」

 はぐれないよう手を繋ぐアルプス、人の目を恐れて背中に隠れるレイカ、そして、そこに暴走してしまわないよう抑制されているエルピスが加わり、図らずともなんとも歩きづらい構図が出来上がってしまう。

「なぁ、そこのあんたら、ちょっといいか?」

 突然声をかけられ振り向くと、背中に三叉槍を携え、手には灰色の砂を握り、革のジャケットを着こなしている、エルピスと同年齢であろう高身長の男性が人目を気にしながら私たち四人を見つめている。彼の後ろには、今のレイカと同じように隠れている紺碧色の長髪の少女がいた。

 少女は男性とは歳が離れているように見え、私達の姿を目に移さないよう怯えながら背中に張り付いている。彼はそんな少女を引き剥がすような素振りはなかった。

「一つ聞きてぇことがあるんだがいいか?」

「一体なんでしょう?」

 周囲の人々とは違い、私と同様に背中に武器を携えた彼に、アルプスは怯えて私の体に張り付く。エルピスは少し警戒しながらも尋ねる。今にも腰に提げたサーベルを抜いてしまいそうな程に。

「お前たち、存在(エル)の血族って知ってるか?」

 男は警戒心をむき出しにしているエルピスを尻目に、周りの足音に掻き消されてしまうほどに小さく言う。しかし、至近距離にいる私たちの耳にはしっかりと届き、彼女の警戒が解かれ、平穏な空気が流れ始めた。

「え、ええ、知ってますよ」

「もしかして……貴方も」

 彼はホッと一息つき、やんわりと微笑んだ。そして背中にいる少女の腕を引き、私たちに姿を見せる。レイカとほとんど同じ、百四十センチでオーバーサイズの白いシャツに青いネクタイを締め、白と黒のストライプ柄のズボンを身につけた痩せ型の少女だった。

「良かった。お察しの通り、俺も血族だ。俺はリヒト、こいつはアルカルテだ」

 彼に斡旋されたアルカルテは隠れながらも、酷く警戒しながら軽く会釈してみせる。その可愛らしさにエルピスの鼻息が心做しか荒くなり、今にも少女に触れてしまいそうだった。

「あ、私はエルピスと言います!この男の人はラクイラさんで、隣と女の子はアルプスちゃん、そして彼の後ろに隠れているのがレイカ君です」

 エルピスが私よりも先に紹介を済ませると、少女の姿を見たからか、アルプスの警戒心は薄れ、彼女がそうしたように、アルプスも軽く会釈をする。一方レイカはそれどころではなく、ガタガタと震えながら覗き込んでいた。そんな二人を見つめながら、リヒトと名乗った男はなにか引っかかるような表情を浮かべていた。

「ラクイラ……?アルプス……?珍しい名前だな、偽名……じゃないだろうな?」

 こちらからしてみれば、アルカルテという名前もさほど広まる名前ではないだろうと思いつつも、真っ先に偽名であると見破られ、諦める他なかった。

「あ、いやぁ、実はそっちの方は貰った名前でね」

「へぇ、で、本名は?」

「名倉伊黎だ。アルプスは私の妹なんだ」

「名倉……なぐら……名倉!?」

 リヒトは何度も口ずさむと、途端に街に響き渡る程に大聞く声をあげて驚く。あまりに突然の反応に、隣で照れくさく隠れていた少女が、再び怯えて後ろに隠れてしまった。私たちがそんな光景を見にしても、まるで私たちだけが周囲から切り離されたかのように、道行く人々は無反応だった。

「お前、名倉家の人間なのか!?」

 血相を変え、作り笑いを向けている彼は、私とアルプスの体をまじまじと見つめ、慌てて周囲を見渡し始める。エルピスに目配せしても、なんのことか分からないようでゆっくりと首を横に振り、アルプスもまた自覚がなく、困惑するように私と彼の顔を見比べていた。

「な、なにかまずいことでも……?」

「そうじゃねぇ。名倉家はな、俺にとっちゃ大事な一家なんだ。恩人と言うべきか、根源と言うべきか……良くも悪くも俺が見張らねぇとダメな人間なんだ」

「えっと、ラクイラ……いえ、伊黎さんとリヒトさんはなにか関係が?」

「直接的な関係はねぇんだ。でもな、俺が存在(エル)の血族の力を手にすることができたのは名倉家のおかげでもあって、所為でもある。世代的にはそうだな、俺たちの二つ上の代だな」

「つまり、私とアルプスとリヒトさんは血が繋がってるってことでいいのかな」

 遠い親戚とやらだろうか、存在(エル)の血族と呼ばれるからには、全員が始祖エルからの血を親から子へ引き継いでいるようだが、血族でもない他人からでも繋がりが結ばれているとなると、血族というものは意外と身近なところに居るものなのかもしれない。

「そうなるな。それで、血の繋がりがあるやつに会ったら頼みたいことがあったんだよ!」

 作り笑いのように見えたぎこちない表情が一変し、張り詰めたものが解けたように自然なものへとなっていく。彼の目は喜びに満ちたものできらきらと輝き、満面の笑みで言った。

「伊黎!お前のこと兄貴って呼んでもいいか!?エルピスのことは姉貴だ!」

「えっ姉貴はちょっと、嫌ではないんですが……」

「私も兄貴って呼ばれる程じゃないし……そもそも私ってリヒトさんより年下でしょ……」

「歳なんか関係ねぇよ!あ、俺のことは呼び捨てで構わねぇから!」

 明らかに年上の人から下出に兄貴や姉貴と呼ばれるのに快く承諾するにはなんだか気が引ける。

「じゃ私はリヒトお兄って呼ぶ!」

 ここに例外が一人、アルプスだけは意外と乗り気で、先程までの恐怖心がさっぱり無くなって、リヒトに好機と敬意の目を向けていた。

「おう!いいぜ!よろしくなアルプスちゃん!」

 親戚だとわかってからか、大人のお兄さんに頭を撫でられても嫌がる素振りすら見せないアルプスに、いつの間にかお互いの空気感が馴染んで和やかなものへとなっていた。エルピスもやれやれとため息をつき、苦笑いを私へ向けていた。

「これは拒否するのもなんだか申し訳なく思ってしまいますね……」

「そうだね……たまにはそう呼ばれるのもいいかもしれない」

「おっ、呼んでいいのか!?」

「ただし、ここみたいに人通りが多いところは控えてくださいね……?警戒されるのも疲れるので!」

「おう!わかった!」

 素直で強引な彼と、いつの間にか友好な関係が築けたような気がして私も嬉しくなっていると、レイカもこの空気に引き込まれ、リヒトの後ろにいたアルカルテの元へと歩み寄っていた。

「リヒト、その子怖がりなのか?」

 レイカが勇気を出して近づくに連れ、彼女から涙が浮かび上がり、ますます身を引いていく。リヒトがどんなに前に出そうとしても、彼女はなかなかそれに従うことは無かった。

「あぁ、ちょっと色々あってな。人間不信っていうか、俺以外になかなか心開いてくれねぇんだ。アルカルテには色んなやつと仲良くなって欲しいんだけどなぁ」

「じゃぁ、僕がその子のお友達第二号になる」

 レイカの震えが完全に治まり、真っ直ぐな目でリヒトを見つめると、アルカルテを慈しむ彼の目がパッと開かれ、元の快活なものへと戻る。

「本当か!?こいつが見てるのは俺だけの世界なんだ。他のやつが入ってくるのを拒んじまってる。だから、お前がアルカルテの世界を少しでも広げてやってくれ」

「どうすればいいのか分からないけど、僕に任せて」

 そんな彼の余計な一言で不安になってくる。手段も確証もないのに、自信満々な彼に任せてもいいのだろうか。今はそんなことを思いながら彼の動向を見守るだけだった。

「ほら、アルカルテ、お前の友達になってくれるそうだ」

「やだ。友達は要らない。リヒトだけでいい」

「そう言うなって……わりぃ、こんな調子だからよ、協力してくれな」

 少女の聞くだけで癒されるようなか細い高音の声を耳にし、レイカは初めて顔を赤くする。リヒトは少し申し訳なさそうになりながら説得していると、彼が赤い顔のまま焦りを見せて私を振り向く。

「ご主人様、僕、あの子好きかもしれない」

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