居心地の悪い我が家、全てが新しい街
「お兄、どうしたの?早く開けて」
見慣れたはずなのに、新築のように様変わりした自宅を前に驚きを隠せずに一歩を踏み出せずいると、アルプスが玄関を力ずくでこじ開けようと体を前後に揺さぶっていた。
「あぁ、待ってて、今開けるから」
不思議そうに私を見上げていたレイカを尻目に、鍵を探すよう服をまさぐる。ズボンに縫い付けられた前後のポケットや上着のポケット、保管場所となりえそうな箇所をどれだけ叩いても、目当てのものが出てくることは無かった。
「……ない」
「え?」
アルプスは呆気に取られたような間の抜けた表情を私に向ける。エルピスも自分のカバンの中を探り、この家の鍵の在処を焦りながら探していた。
「鍵が、ないんだよ」
「え?は?まさかお兄……落とした?」
「かもしれない」
「えー!!」
彼女は心底呆れかえり、玄関そのものを壊してしまいそうな勢いで駄々を捏ねながら前後の揺さぶりを強める。近所迷惑になってしまうのでは、なんて思っていたが、日が沈みかけているにも関わらず、辺りからは人の気配は愚か、周囲の家屋の電気が一切灯ることも無く生活感が微塵も感じられなかった。
周囲に誰もいないし、見てもいないのだから、窓を割ってでも自宅に侵入しようと考え始めた時、金属製の扉が大きな音を立てると同時に、アルプスが「あっ」と声をこぼした。それを見ていたエルピスとレイカは空いた口が塞がらない様子でその光景をじっと眺めていた。
「お……お兄……その……ごめんなさい」
「……説教はこの後だ。ここを誰かに見られたらまずいから中に入るぞ」
凍りついていたレイカたちの手を引き、自宅の中へと強引に押し込む。半ば気絶したかのように微動だにしない彼らを動かすにはなかなか体力を奪われ、内装までもが全く新しくなっていた八畳程のワンルームでアルプスと共に倒れ込んでいた。ここまで何もかも新品にされてしまっているようで、かえって居心地が悪い。まるでここが自宅ではないかのようだ。
「ここがお兄の家なんだね」
溜息を零すだけの沈黙に耐えきれなかったのか、アルプスがバツが悪そうに暗い部屋を見渡す。布団に箪笥といった家具しかない、余計なものが一切置かれていないこの部屋で彼女は退屈そうにしながらも、叱られる時は今か今かと怯えていた。
「今のが、アルプスの力なのかもしれないな」
「へ?」
苦笑いをしながらそういうと、彼女は想像外の出来事が起きたかのように間抜けな声を漏らす。自分に腕枕をしながら玄関に目を向けると、外すことの出来る窓枠があるように、そっくりそのまま、玄関の扉が外れて壁に立てかけられていた。
「最初はもうボロボロだったのかなって思ってたけど、見た限りこの家全体が新しくなってるみたいなんだよ」
「ん?ということはお兄がミーアさんのところに来るまではもっと古かったの?」
「まぁ、そうなるな」
「じゃぁ!」
アルプスは悪くない。なんて言おうとしたが、新品になったものが突然壊れるなんてことはなかなか起こらない。やはり彼女の血族としての力が働いた、と考えるのが妥当なのかもしれない。
「アルプスの力がなんなのか……考えないといけないな」
創造、破壊、複製、変化……『エル』が述べていた力の種類の内、あれに該当するのは破壊もしくは変化のどちらかだろう。しかし、あの扉の部品が壊れて扉が外れたなんてことはなさそうだったから、変化の力で見ていいのだろう。
もしも、私の存在消滅が変化の力に分類されるならば、アルプスの力はどんな力なのだろうか、と気づけば己の空腹すらも忘れてそんなことをぼんやりと考えていた。
自らの空腹にようやく気づいたのは、レイカやアルプスの腹の虫の怒りが耳に届いてきてからだった。エルピスのものも聞こえてきたが、控えめで可愛らしい鳴り方をしていた。
「買い出し行くか……」
中身があるよう祈りながら冷蔵庫の中を開けてみるも、保存食の一つもない全くの空で、思わず大きく溜息をつきながら扉を勢いよく閉める。
「私も行く!」
「暗い夜道、お二人に歩かせる訳には行きませんので私も」
「え……二人が行くなら僕も行く」
ようやく気がついた二人には目を向けず、そのまま玄関へと歩いていく。
「私一人で大丈夫だから、三人は留守番頼むよ」
壁に立てかけていた閉まらない扉を玄関口にはめ込み、ポケットをまさぐっても鍵がないことを思い出し、夜道を歩き出す。
「あっ」
途端に財布を忘れてしまったことに気づき、来た道を振り返ると、街灯に照らされた元に、見覚えのある人影が一つ、そう遠く離れていない場所から私のことをじっと見つめていた。どうしてこの街はこんなにも小さいのか、心底呆れてしまう。
「見つけた……こんなところにいたんだね……」
声の主がゆっくりと歩きながら近づいてくる。今すぐ逃げようと思っても、逃げる先に家はない。もうお別れにしようと大剣を掴もうとするも、今の背中には何も無く、空気を握っては離すを繰り返していた。
「どうして……すぐどっかに行っちゃうの」
彼女の疲弊した声がどんどん近づいてくる。後ずさりしながら離れようとする度、近づく歩幅が大きくなってくる。見つかってしまっては振り切ることも出来ない。そうして彼女を視界に収めながら今晩の食事をどうしようか考えているうちに目の前にまで迫られ、全体重を預けられるように抱きつかれてしまった。
「でも、やっぱり、最後はちゃんと帰ってきてくれるもんね……伊黎君」
私の胸に顔を埋め、見上げる彼女の表情は、とても元気とは程遠いものをしていた。生気が一切感じられない目、取り繕うように無理やりあげている頬、そこを伝う一筋の雫……この一日のうちで彼女は今にも身を投げ出しそうな程に既に疲れきっていた。
「灯織……?一体どうしたんだ……?」
もう私にとって彼女はどうでもいい存在、それなのに何故だろう。目の前で衰弱している彼女が心配で、気になって仕方がなかった。
「もう……伊黎君ってば……今ならこんな私を跳ね除けられるはずなのに……私の事嫌いなはずなのに……心配してくれるんなんて……やっぱり君は優しいね」
彼女は一切泣き言を言わず、自らをも偽りながら私に取り繕った笑顔を見せる。心の奥底で、締め付けられる感じがして、嫌悪の対象である彼女のそんな姿を見て辛いと感じていた。
「なんでこんな夜に歩いてるんだよ!」
「伊黎君さえいればもうなんでもいい……」
「なんで私たち以外誰もいないんだよ!」
「伊黎君さえいればもう何もいらない……」
「なんでこの街全部が新しくなってるんだよ!」
「伊黎君さえいればもうどうでもいい……」
何を聞いてもまともな返事が返ってこない。この街で見かけた人間は彼女だけだと言うのに、灯織は何も答えてくれなかった。
「凪咲は!?凪咲は一緒じゃないのかよ!?」
思えば、雪の降っていた今朝方、ここを飛び出す時にも凪咲の姿は見かけず、その時も灯織ただ一人だった。
彼女のことを聞いた途端、灯織の表情が段々とさらに暗くなっていき、力の無い拳が私の腹部に直撃した。
「全部……伊黎君のせいなんだよ……?」
「それってどういう」
思わず尋ねてしまう前に、力のこもった打ち上げるような拳を再び腹部に受けてしまう。血を吐き出し、外壁に背中を打ち付けられ咳き込みながら腹を抱えてうずくまる。風と荒らげた息が耳を支配する中、灯織の足音が段々と主張を始める。
すぐ隣に自宅が見えるも、助けを呼ぶことなどできない。また一方的にやられるだけなのかと、歯を食いしばりながら近づく彼女を睨むと、私の前で膝から崩れ落ち、再び全身を私に預けるよう抱きついてくる。
「全部、君の娘なんかがいるせいなんだよ……あの子のせいで……あの女のせいで凪咲ちゃんは……!」




