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Unleashed Antiquer  作者: 圧倒的サザンの不足
存在の章
19/47

疑心

「さて、ラクイラさん、私たちも行きましょう」

 紙のコンパスを握っていた手をゆっくりと開き、頬を撫でるそよ風に飛ばされないよう注視していると、エルピスがいつものように明るい微笑みを向けながら私の袖を引く。その和やかな表情が本心から来るものなのか、今の私には判断しかねた。

 無限に広がっている草原を歩きながら、紙に書かれた動く矢印の導きに従う。後ろを向けば天高くそびえる図書館があるが、周辺には他の人工物は何も無い。木の一本も見当たらず、ただ地平線が広がっていた。

(レイカ、起きてるか)

 こんなにもだだっ広い草原をただ歩くだなんて無謀なことをするよりも、日が傾き始めてしまうよりも前に私の体内に棲む翡翠色の龍の名前を呼ぶ。

(ん……今起きた。ちょっとだけ寝てた)

(起こしちゃってごめんよ、また背中に乗せて欲しいんだ)

(うん、わかった。今から外出るね)

 彼はそう言って私の意識の中で立ち上がり、胸の辺りから翡翠色の髪をした少年が勢いよく外に飛び出てくる。所々の髪が逆立つように跳ね、まだ眠そうに半開きの目で私を見つめていた。

「あれ、ここどこ?魔王城じゃないんだ。魔王様もいなくなってるし」

「ミーアは別行動なんだ。ここは世界図書館の周辺地域だよ」

 そういえばレイカもここに来るのは始めてだったかと遠くの塔を指さし、何処なのか教える。彼は寝起きだからか大きな欠伸をしながら「ふぅん」と半分聞き流し、両手を高く上げながら体を伸ばしていた。

「よし……何とか眠気は無くなったかも。今から龍になるから離れてて」

 エルピスとともにアルプスをレイカから遠ざけるように少しずつ下がり、軽く準備体操をしている人間の姿の彼を眺める。アルプスは一体何が起ころうとしているのか全く分からず、私の背中に隠れながら彼から目を離さないよう顔をのぞかせる。

 草原のど真ん中で一人体操をしていた彼の準備が整い、深く息を吸っては晴天に向かって咆哮へと変える。風の吹く音だけが囁く草原に彼の高声が長く木霊する中で、翡翠色の髪と目をした少年の姿が、同色の鱗で全身を覆った全長二十メートル程の翼竜へと変貌し、再び轟音を上げる。

「お、お兄……!なんであの子が……ドラゴンになったの……!?」

「あぁ……説明すると長くなるけど……とりあえず怖くないから、大丈夫だよ」

 私の背中に隠れて怖がっているアルプスを安心させようとエルピスが手を引こうとするも、彼女は一向に変貌したレイカを見ようともしない。

 何とかしてこの龍が無害であることを証明するべく、彼女に慈しみの目を向けている彼を手招きする。すると彼は私の意図を汲み取ってくれたのか、その場から動かずに首だけを動かし、私の体の前に龍の巨頭を預けてきた。鋭い牙を隠し、荒い息を落ち着かせている彼の頭を抱き寄せ、優しく撫で始める。この姿をアルプスが見ているかは定かではないが、レイカはとても嬉しそうで、自ら私の方へ顔を擦り付けていた。

「ほら、アルプス、大丈夫だから」

 怯えたまま彼の背中に乗せる訳にも行かず、やや強引に彼女の手を取って、レイカの顔に乗せる。初めは彼から目を背け、触れることを嫌がっていたが、ひんやりとした鱗の奥にある温もりを感じられるようになったのか、進んで彼の前に立ち、彼のつぶらな瞳を見てようやく警戒心を解いてくれた。好奇心に身を任せて彼の背中によじ登ろうとしているのが何よりの証拠だった。

「お兄!早く行こ!日が暮れちゃうよ!」

「まぁまぁ、レイカは速いから、あっという間に着いちゃうよ」

「本当!?んっしょ…うぅ」

 アルプスは龍の鱗の繋ぎ目を掴んで上がろうとしているが、脇腹の鱗は背中の鱗とは違って引っ掛けることができるような出っ張りがなく、なだらかな鱗をしていた。

(レイカ、しっぽ登らせてやってくれないか)

(あ、何してるのかなって思ってたけど、僕の背中に乗ろうとしてたんだね。いいよ、ついでにご主人様も一緒に乗せるね)

 人の言葉を話せない今の彼と意識の中で言葉を交わす。翼族(パラスキニア)であるエルピスは翼を広げ、いつの間にか一足先に彼の背中に乗って彼女の頑張りを傍観していた。

 地面を叩いて主張するしっぽの元へアルプスを引き連れ、しっぽをトントンと叩いて場所を知らせる。すると、翡翠色の鱗がビッシリと埋め尽くされているしっぽがしなやかに動き、とぐろを巻くように私とアルプスの体を巻き付け、付け根部分へと体を上げてくれた。丘のような不安定な背中ではあるが、滑り止めが貼られているかのようにザラザラとしていて、容易に歩くことができた。

「よし、レイカ!出発だ!」

 彼にではなく、エルピスとアルプスに知らせるよう高らかに草原の風に乗せて言う。靡くそよ風もここでお別れ。レイカは両翼を大きく広げ、羽ばたいてその巨体を空中へと浮き上がらせる。徐々に浮上し、地面に生えていた一本一本の草が見えなくなって緑色の画用紙と化した時、彼の体が動き始め、強い向かい風が吹き始めた。

「アルプスちゃん!大丈夫ですか!?」

 気を抜けば空に投げ出されてしまいそうな向かい風の中でエルピスとともに喚き叫ぶ彼女に目をやる。死に物狂いで鱗を掴む彼女は、どう考えても大丈夫なようには見えなかった。

「大丈夫じゃないよ!飛ばされちゃいそうだよ!」

(レイカ、スピードを下げてくれないか)

(え……うん、いいよ)

 彼が困惑しつつも、向かい風がだんだんと弱まっていく。やがて風は先程の草原で感じたそよ風程度にまで弱まり、私の意識の中で小さな不満を零しながら空を駆けていた。

「ぜぇ、はぁ、じぬがどおもっだ」

 息も絶え絶えで全身汗だくとなってしまったアルプスを座らせ、能力を使って起こした冷たい風で扇ぐ。汗はたちまちに引き、呼吸も落ち着いてきたところでレイカの声が聞こえてきた。

(ご主人様、ひとつ聞きたい事があるんだけどいい?)

(あぁ、どうしたんだ?)

(さっきからご主人様、なんか怖いよ、アルプスさんとは話すけど、エルピスさんとは全然話さないし、何かあったの?)

(何も無いよ、だから気にしなくて……)

(僕、ご主人様に嘘ついて欲しくない。初めて会った時のような優しいご主人様でいて欲しい。だから教えて欲しいな、僕とご主人様だけの秘密ってことで)

 落ち着きを取り戻したアルプスから離れ、彼の首元へと歩く。そこへ座り込んで後ろを振り向くと、エルピスが相変わらず微笑みを絶やさずに彼女と生を感じあっていた。

(……エルピスが私を殺そうとしているかもしれない)

(え……?ご主人様が翼族(パラスキニア)の国を滅ぼしたから?だとしたら今更だよね。今までチャンスはいくらでもあったよね)

(あぁ……理由は分からないけど、少なくともエルピスが私に殺意を向けているのは間違いないんだ。あの図書館の中で、エルピスは自らの手を汚さずに殺そうとしたんだ)

(……僕はその時寝てたからその時のことは分からないけど……きっとご主人様の周りにいた虫を叩こうとしたんだよ)

 だといいけれど。なんて思いながら彼の首の上で大きく、そして長くため息をこぼす。たった一度のあの出来事で彼女を幻滅してしまうのも間違っているのだろうか。

 あのようにアルプスと打ち解けようとしているのも、豊かな表情を見せるのも、無条件に私に着いてくるのも……彼女の行動全てが私を殺すためなのかもしれないと疑ってしまう。

(レイカは)

(うん?)

(レイカは私の事、殺したいなんて思ってないよね)

(ううん、思ってないよ。だって、僕はご主人様の願いを叶えたいからここにいるんだから)

(私の願い……か)

 そういえば彼は他人の願いを叶えたくて私と一緒に来ているのだと思い出す。私はそんな彼を、今そうしているように都合のいいように使っていた。しかし、彼は不平不満を何一つこぼさずに付き合ってくれている。きっとこれが通り道だと信じて……こんな私がとても惨めで、酷い人間だと思ってしまう。それでも、彼の真っ直ぐな言葉は心に届いていた。

(そう、ご主人様の願い。だからね、僕を存分に使って欲しいんだ。その分労わっても欲しいけど)

(……そうか)

 自然と笑みがこぼれ、気づけば彼の鱗を撫でていた。直接肌に触れている感覚はないが、目の前で彼の口角が上がり、意識の中で彼が照れるように笑ったような気がした。含み笑いでもなんでもない、純粋なものだった。

(あ、ご主人様、街が見えてきたけど……あれ?あそこって……)

 雲の隙間から見えてくる景色は既に草原ではなく、見覚えのある街並みだった。私が人生の大半をそこで過ごしていた、住み慣れた街が。

(もしかして、世界図書館と私の家って……近いのか?)

(かもしれないね……降りて休む?)

(狭い家だけどな……よし、ここで降りてくれ)

(うん、わかった)

 アルプスは龍の背中で風を感じることにもう慣れたのか、降下する勢いにも順応し、雲を貫いても慌てず騒がず、深呼吸をしながら着陸を待っていた。

 空き地を探しながら空を彷徨い、無人の公園に降りると、ある違和感が襲ってきた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、よくよく見てみれば、周囲の家屋も心做しか新築のように見えて仕方がない。人間の姿へと戻ったレイカと、アルプスとエルピスも連れて今まで住んでいた私の家へと足を運ぶ。

 生命(いのち)の神の神社を目印に家へと向かうと、築何十年はあっただろうボロボロの一階建て一軒家が、築数ヶ月、いや、数日と思わせる全く綺麗なものへと変わっていた。

 アルプス達はこの事実を全く知らず、この立派な一軒家へと歩き出した。家主である私は、家の前で立ちすくむだけだった。

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