表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Unleashed Antiquer  作者: 圧倒的サザンの不足
存在の章
17/47

天を衝く図書館の地下深く

 迷路の中で迷いなく進む彼の背中を追いかけ、ハシゴも階段もない、司書机から真東の壁に立てられた本棚の前で歩みを止める。これといってなんの特徴もない、周囲と全く同じように見えるただの本棚。ヴィオリはそんな本たちの中でたった一冊、他と比べてほんの僅かに色褪せた表紙の本に手をかけて取り出そうとする。だがその本を取り出すことはできず、レバーのような仕掛けで本棚の奥から鎖や歯車が駆動する音が小さく聞こえてくる。本棚は引きずるように横へと動き、そうして現れたのは、下へと続く階段だった。

「足元注意だよ。暗いから気をつけて」

 ヴィオリはそういい、アラリカの手を引きながら光の無い階段を下っていく。

 これと同じような階段は以前歩いたような気がする。あの時と全く同じ階段なのかは定かではないが、この階段を下った先は、彼が保管されていた機械があるはず。

 壁伝いにコツンコツンと石の螺旋階段を下っていくと、ようやく通路にたどり着いたようで、暗闇の中で真正面から彼らの足音が響く。そして、彼らが通り過ぎた壁からは炎や電気などではない生物的な灯りが辺りを照らし始めた。

「さて、この先には一冊の本がある。その本が君たちが求めるものだ。持ち出し厳禁だからね」

 ヴィオリは通路の最奥を指差し、私たちの横を通り過ぎていく。アラリカは一段目に足をかけた彼に着いていくことはなかった。

「アラリカは一旦君たちに預けるから、満足したら声をかけてあげてね、実は寂しがり屋さんなんだ」

「ごしゅ……!余計なことを……!」

 焦りながらも顔を赤く染める彼女を見て彼は愉快に笑い、ゆっくりと階段を上っていく。響く足音が遠のき、やがて本棚を引きずる耳障りな音が脳を刺激した。

「あの、早く見に行ってはくれませんか、ご主人様が言っていた通り『寂しがり屋さん』なので」

 恥ずかしがりながらも、それを表には出さず、彼に向けた嫌味のように私たちを催促する。

「意外と可愛らしいところがあるのですね」

「お兄みたいだね」

「私が寂しがり?そんなまさか」

「聞こえてますよ」

 数十メートルもある長い通路を先程のことを話のネタにしながら歩いていると、声が響いていなかったはずなのにも関わらず、遠くからすぐ近くにいるかのように冷徹な声で忠告されてしまう。そんな声に思わず震え上がり、冷や汗をかきながら振り返ると、やはり彼女は遠くで私たちを見ていた。

「は、早く読んで帰ろう」

「そ、そうだね」

 通路の最奥には石造りの台座の上に古びた本が一冊立て掛けて置いてある。透明な板で囲まれていたその本には、古びていながらも虫食いは全くなく、文字も掠れて消えているなんてことは無かった。

「あれ?エルピスさんは見ないの?」

 アルプスがこの通路全体に響かせる程の声量に思わず振り向くと、先程まで駄弁っていたところで、私たちとアラリカに挟まれる形で彼女は歩みを止めていた。アラリカもそんな彼女が不思議に思えたようで、小首を傾げていた。

「いやぁ、あはは、もしかすると私も血族かどうか分かりませんし、ほら、私ってあれじゃないですか、翼族(パラスキニア)じゃないですか」

存在(エル)の血族が人間のみだとは限りませんよ」

 気づけば、露骨に焦る彼女に不信感を抱いていた。しかし、少し考えれば彼女はここへ来る経緯も含めて流れに流された身、私たちが強引に知らせる権利もなかった。

「まぁ、エルピスが知りたくないのなら、強要はしないよ」

 彼女を安心させるべく微笑みながら本に向くと、後ろの方で、

「ありがとうございます」

と、ホッとため息混じりのか細い声がこちらに届いた。

 本を囲む透明な板を動かし、中の本を手に取る。文庫本サイズの薄っぺらい本の表紙は他の本のような……少し色あせてはいるが、白一色の表紙に、『存在(エル)の血族』と黒文字で銘打ってある。あまりに簡素なこの全てに興味など微塵も沸き起こることは無かったが、無意識の中で右開きに表紙を開いていた。

 巻頭には何も記されていなかったが、次のページへ捲った時、ページの中心に目立つようにこう書かれていた。

『存在、それは「有」の中に「実像」や「虚像」が属するもの。全ての現象幻覚実物に当てはまるもの。あらゆるものは常にそこに「存在」している。この「存在」全てを操ることができるものを、「エル」と呼ぶ。そして「エル」の力を受け継ぐ者達を、「存在(エル)の血族」と呼ぶ。』

『これは、存在(エル)の血族のために存在(エル)の血族の特異性を記したものだ。』

 意味の分からない文と、ある種の警告文とも取れる一文をアルプスとともに目にしたあと、本文へ続くであろうページへ捲る。どうやらこれは手記のようで、整理されながらも乱雑に書かれた文字列に冒頭し始める。

『「エル」は、もう一対と共にこの世界を創世したものであり、存在を司る者であり、力の祖である。故に血族は「エル」を超えることは出来ない。』

存在(エル)の血族は、「エル」により産み落とされる。又はその血を引く者全てが該当する。故に「エル」は絶対的な母である。』

『血族の力は千差万別、創造、破壊、複製、変化、多岐に渡るが、「エル」は総てを持つ者である。』

 啓蒙するかのような語り口ではあるが、これではまるで「エル」についての本のようだ。内容も濃いものではなく、この本のように古く、薄っぺらい。ないよりは断然マシのレベルではあるが……

 あの一文があったからには、次ページには力の詳しい話が載せられているのかと淡い期待を乗せて捲ったが、そのような話は何一つとして見当たらず、白紙のページが続くのみ、そうして捲り続けて最後の見開き一ページ……

『存  の     子  こと   、血  白    との 皿で    土  ることは  。こ は  の血が  に丁ち  、  の  を巨糸  うとす  め ある。』

 このページと、巻末までもが赤黒く染まり、その内容が全く汲み取れず、染みから免れた文字で文章を連想させようとしても、思いつく限りの全ての単語が意味を成さなかった。

 今すぐ本を閉じて見なかったことにしよう。そう思って手をかけた時、隣にいたアルプスが不意に私の袖をつかみ、赤黒く染まったページを見て強く震える。たった一ページの恐怖に目が話せず、口をパクパクと震わせているアルプスから奇声とも取れるような甲高い声が小さく聞こえてくる。

 慌てて本を閉じ、僅かに黄ばんだ白い裏表紙を目にした時、新たな文章が指の隙間から目に訴えかけてきた。

『「エル」は全ての存在を保つため、常夜の森にて半世紀に一度復活しなければならない。』

存在(エル)の血族はその血の使命がある。「エル」を復活させ、本能(エス)の血族を抹殺すること。本能という無意識の感情を抹消し、()()()()へと昇華させること。』

 絶対的な母、エルを復活。本能(エス)の血族を抹殺。生命を存在へと昇華……最後の一文に至るまでまるで意味が分からないが、エルと言う人物は常夜の森という場所で会えるということが唯一の収穫だった。

 裏表紙の文を目の当たりにし、手を離した時、本の隅の小さく書かれた別の文が飛び込んできた。

『著者 存在(エル)の血族の始祖、エル』

 エルによって産み落とされた人物ではなく、エル本人によって書かれたこの本。これが持ち出し禁止である理由がわかったような気がした。

「……アラリカ、一つ聞きたいことがある」

「その本の内容についてでしたら、私ではお答えいたしかねます」

「なら、常夜の森ってどこにあるか教えてくれないか」

 後ろの方から疑問に思う声が反響して聞こえてくるも、彼女は詮索せず、遠ざかるようにコツンコツンと足音をたてる。

「上に戻ります。暗いので足元にご注意を」

 本から目を離せずにいたアルプスを担ぎ出し、エルピスと並んで石の螺旋階段階段を昇る。彼女もまた何も聞かず、足音だけが響く静寂が支配していた。

「おや、これはこれは早いおかえりだね」

 アラリカに先導されながら中央の司書机の元にたどり着くと、椅子に座って書類を書き上げているヴィオリと、頭にたんこぶを作って蹲っているミーアが集っていた。

「常夜の森の場所が知りたいんだ」

「という事は、最後まで読んだんだね?」

「あぁ、私たちの結末も知ったよ」

「知ってもなお、行こうと言うわけか……いいだろう。僕には君たちを止める資格も権利もない」

 彼はそう言って紙の上で走らせるペンを止め、机の中、幾重にも折りたたまれた紙を取り出す。その紙は真っ白で、手のひらよりも小さく折りたたまれていた。

「これは常夜の森へ案内してくれるコンパス。君たちが読んでいる間に準備しておいたんだ」

 たたまれた紙を受け取り、中身が気になって開こうとするも、貼り付けられているかのようにビクともしない。力ずくで開こうと手に力を込めた時、指の中で紙がひとりでに開き、中に書かれていたであろう矢印が図書館の外を指していた。紙の向きを変えても、不思議なことに矢印が外を指していることに変わりはなかった。

「それは紙の裏に特定の地名を書けばどこへでも案内してくれる世界機関特製のものなんだ。それでも紙製だから強風に煽られると飛んじゃうから気をつけてね」

 さほど重量もなく、裏を見てみると殴り書きされたような乱雑な字で常夜の森と書かれていた。こんな紙に書くより、機械を使った方がいいのではないかと疑問に思ってしまう。

「わかった。ありがとう」

「あ、あと、それは返さなくていいからね、まだ沢山作れるから。裏の文字を消せば何回でも使えるからね」

 アルプスの体の震えが治まり、エルピスが彼女を気遣って手を繋ぐ。ミーアは半分涙目になりながら頭をさすってようやく立ち上がった。

「くぅ……なぜ私はお前に殴られなければならないのだ!」

「ミーアが存在(エル)の血族について話したからじゃないか!もし違ったら僕達はこの人らを殺さなきゃならなかったんだよ?」

「初めから殺す気満々だったじゃないですか」

「あぁ、それもそうだったね。あははは!」

「全く、笑い事ではないだろ……」

「そういえば、なんでミーアは存在(エル)の血族について知ってたんだ?」

 大人たちの間の和気あいあいとした空気が私の純粋な疑問によって壊される。何かを思い出したかのようなミーアが口を僅かに開いたところをヴィオリが慌てて制止した。

「君たちは今魔族がどのような状況に置かれているか知ってるよね?」

「魔族は人間と争いを続けている……ですか?」

「その通り、でも今は停戦状態なんだ。理由は単純、魔族達はこのまま行くと、人間たちが何もしなくても負けるからだ」

「ならなぜ衰退している今のうちに叩かないんだ…?チャンスなんだろう?」

 話が進み行くに連れ、ミーアの表情が重く、悔しさに塗れたものへと変わっていく。そして我慢出来なくなったのか、ヴィオリの制止を無視し、話始めた。

「主に二つの要因がある。一つは魔王が私に変わったこと、もう一つは……詳しくはわからんが、お前たち血族が関係していると聞いた」

「ミーアと……存在(エル)の血族が?」

「あぁ、これはとある人間から聞き出したのだが、今の人間は新しく魔王となった私の出方を伺っているらしい。そしてその人間が、存在(エル)の血族の人間なのだ。今となってはもう死んでしまったがな」

「ミーアが殺したのか……?」

 人間との平和を望む彼女がそんなことをするはずがないと思いつつも、悔やむ表情を目の当たりにすると、どうしてもそのような疑問を抱いてしまう。彼女は目を見開き、慌てて私の服を掴んで首を横に振った。

「違う!決して私は殺してなどいない!あの人間は私と戦っている中で廃人となってしまったんだ!私はあの人間の自殺を止められなかっただけなんだ!!」

「廃人になった……?ミーア、今、存在(エル)の血族が廃人になったと言ったのか!?」

 胸ぐらを掴むミーアをただ傍観していたヴィオリが切羽詰まったかのように、汗を一つ垂らしながら身を机から乗り出す。私たちはそんな彼を、首を傾げて見つめていた。

「あ、あぁ……そうだが……」

「ここはいろんな情報が集まってくるんだ。でもね、なんで停戦状態になっているのか、これが分からなかったんだ。でもこれでようやくわかった!君のおかげだ!ミーア!」

「そ、そうか?」

存在(エル)の血族の廃人化がなぜこの戦争に影響を……はっ!そういうことなんですか!?」

「どうやら、騎士団長の名に偽りはないみたいだね」

 点が繋がり喜ぶヴィオリと、エルピスだけがミーアの一言で人間と魔族間の情勢を理解し始める。気づけば、この話に飽きたアルプスは付近にある本棚から手当り次第に本を手に取り眺めていた。

「ま、待て二人とも……話が掴めないのだが」

「私もさっぱりなんだけど……」

「これも単純な話さ、今の人間たちは廃人化した血族に脅かされているんだよ。現にとある街で魂の抜けたような、文字通りの生きる屍が無差別に人を襲い、ある場所に向かっているという情報があるんだ」

 彼は机の中からクリップで留められた紙束を取り出し、叩きつけるように置いて見せる。ミーアと共に眺めていると、襲われた人間達の名前と死因がズラズラと並べられていた。

「そしてその向かっている場所というのが」

「常夜の森……なのか?」

「恐らくね。そして、森に入った者たちが出てきたという情報は入ってきていないんだ。ここ何十年もね。さっきも言ったけど、君たちが森へ向かうのに僕は止めることはしない。決めるのは君達だ」

 ヴィオリとアラリカの視線が私に集まり、図書館の外を指すコンパスに目を落とす。もしもこれが解決出来れば人間と魔族間の戦争が再び始まってしまう。しかし、行動を起こさなければ何も出来ずに魔族の敗北が決定してしまう。私にはどちらを優先すればいいのか分からなかった。

「……人間、貴様とて一人の人間だ。同族の殺戮に思うところがあるのでは無いのか?」

「だけど、これを解決してしまったら……」

「貴様の考えていることはわかる。安心しろ、魔族達のことは私が何とかしてみせる。私は魔王だからな」

 彼女の手が私の肩に乗り、力強い言葉と共に肩が強く掴まれる。痛いと声をあげたくなるほどだが、ミーアの覚悟を決めた真っ直ぐな目に、そんな弱音を言うなんてことは出来なかった。

「……わかった。エルピス、常夜の森へ行くけど、いいかな」

 私も覚悟を決め揺るがない眼を向けると、エルピスは包み込むように微笑みかける。その笑顔に私も少し緊張が解れてくるような気がする。

「構いませんが……アルプスちゃんも連れていくのですか?」

「それなんだが……しばらく私はあいつに構ってやることが出来なくなりそうだ。だから貴様らに頼みたい」

「連れていくしか無さそうだな」

「すまない……」

「いや、これもアルプスのことを知るチャンスだ」

「なんか、この光景、いいね」

 常夜の森へと向かう事を固めたところで、ヴィオリが微笑みながら頷いているところが目に入る。普段彼のそばに居るアラリカまでもが、彼のいまの行動に首を傾げていた。

「いやね、人間と魔族と翼族(パラスキニア)が互いに協力し合うなんて、君が思い描いていた理想じゃないか、ミーア」

「……この程度、まだ私の理想には遠い」

「まぁ、いいではないですか、ここから初めて行きましょう。全ての種族が仲良く暮らす、貴女の理想の実現を」

「……そうだな。よろしく頼む」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ