ヒストリセット
世の中には人間関係をリセットする癖のある人がいるらしい。ネットで調べてみるとそういう癖のある張本人が何故リセットしてしまうのかを語っている。いわく、
『飽きてしまう』
『面倒くさい』
そして、ネットで言われているものとは別に、人間関係をリセットする人間が存在する。中学時代にいたあるクラスメイトのことだ。
それは、中三の六月の修学旅行にまで遡る。僕を含めた三人の班はいわゆる「余りもの」の集まりだった。僕は、たまたまクラスで仲の良い友達が作れなかったため、どのグループにも入ることができなかった。そしてもう一人は、自分からは全く喋らない根暗なやつで、これも余るのは仕方がないように思えた。
だが、榎並君はどうして余りものになってしまったのか謎な人物だった。見た目は小綺麗だし、話す感じもごく普通なのに、彼は基本的に一人ぼっちだった。何か問題があるようには見えないのに、何故なのだろうと僕はかねがね思っていた。
だから修学旅行の夜、僕は「どうしてこの余りものの班にいるのか」榎並君に聞いてみることにした。「組むやつがいないからだよ」と彼は答えた。
「それはそうなんだろうけど、どうして友達がいないんだい」
僕は失礼を承知で尋ねる。すると彼は気丈に自分の過去を語り始めた。
「僕、元々は友達いたんだよ。だけど、どれも長続きしなくて数か月くらい付き合ってると嫌われてしまうんだ。持ってせいぜい一年ってところで、二年以上関係が続いたためしがない。小学校の頃からずっとそうなんだよ。悪気があるわけじゃないんだけど、しばらくすると必ず嫌われるんだ。だからこのクラスにも仲の良いやつはいないし、いわゆる幼馴染ってのもいないんだよ」
僕は「どうして嫌われてしまうんだい」と聞いた。
「さぁ、それはこっちが知りたいよ」
榎並君は肩をすくめる。だが、でもね、と付け加え彼はこう言った。
「友達のことは線香花火だと思えば気が楽だよ。わずかな間だけ楽しませてくれる一時的なもの。そして、消えてしまえばまた別のものをつければいい。僕はそう思うようにしているんだ」
そう話す榎並君の表情は言葉とは裏腹にどこか寂しげだった。僕はこのクラスにはいなくとも、別のクラスには幼稚園や小学校時代から仲の良い友達がいる。だから僕という人間の歴史を知る人は確かにいる。他人から見た僕の歴史は途切れることなく続いている。
だが、榎並君には長く付き合っている友達がいない。長くて一年ほどで関係が切れてしまう。ずっとそうやって生きてきた。彼は、生まれてからずっとこの街で生きていながら彼と言う人間の短くない歴史を連綿と知る証人がいないのだ。それはとても寂しいことだと僕は思った。
その後、中学卒業と同時に、彼は親の仕事の都合で地方に引っ越していった。結局、彼とは連絡先を交換せずに別れた。榎並君がどこでどういう風にして生きているのか、今となっては知る由もない。中学を卒業してもう十年経つ。彼は今も線香花火を灯しているのだろうか。