殺人鬼は猫に嫉妬する
こんにちは、遊月です!
日曜日のお昼と言えば、そう、ヒーローが遅れて登場する時間ですね!
今回はなんと、デート回!?
本編、スタートです!!
「あっ、梨田さん! ほら、猫がいますよ!」
「どれ……あぁ、本当だ。可愛いね」
「はい! 可愛いなぁ~、近寄ったら逃げちゃうよね……?」
夏の休日――と言っても姉は友達と出掛けていて、父親も仕事、母親も仕事はないはずだが朝からどこかに行っているらしく、ひとりきりだという美玲に誘われるままに、梨田は彼女と連れ立って歩いていた。
まだ暑い日は続くものの、美玲は今日も元気で、その姿を見ているのは本当に微笑ましい。それに、うっすらと汗ばみ、心なしが少しだけ日焼けしたように見える彼女の隣を歩けるのなら、夏の昼間も悪くないとも思った。
「あの猫が、気になるのかい?」
「うん!! ……、はい。可愛いなって思って……」
別に気にする必要などないのだが、元気いっぱいに返事をしたあと、少し恥ずかしそうに訂正する美玲。もちろん、そういう部分も梨田が彼女に対する庇護欲をそそられるところではあるし、そんな彼女が思わず無防備によそ行きではない顔を見せてしまうほどに信頼されているのだという実感も湧いてくる。
……先日は少し退こうとしてしまったが、やはり彼女がもう少し恋愛に対して興味をもつ年頃になったら真剣に交際を申し込むべきかもしれない――美玲の太陽のような笑顔を見ながら、梨田は本気で考えていた。
……ところで、美玲はずっと塀の上にいる猫に釘付けだ。時には可愛らしく「にゃーにゃー」と声真似などしながら、頭を左右に揺すって猫の注意を引こうとしている。
そんな姿を見て微笑ましく思っていた梨田だったが、ふたりの平穏な時間は突如として終わることになる。
道路の向こうから競歩でもしているのかという勢いで近寄ってきたひとりの男が、美玲にぶつかったのだ。はずみで飛ばされそうになった美玲を抱きかかえる梨田だったが、背中に妙な感触。美玲自身の汗だけではないような濡れ方をしている。
「えぇ、どうしよう~、梨田さん、どうしよう、服が臭い……」
しかも付着させられた液体からは、嗅ぐものを不快にするような生臭さが漂っている。美玲もそれに気付いたのだろう、「せっかくのデートだったのに……」と泣きそうである。デート、という響きの甘さに我を忘れて浮かれそうにはなったが、事はそう単純なものではない。梨田は「とりあえず僕の家においで」と美玲を家に連れていく。
それから手早く着替えさせて(もちろん子供服など持っていなかったので、少しサイズ大きめのものしかなかったが)、ジュースを手渡し、自室でゲームを起動する。
「美玲ちゃん、せっかくだけど、猫はまた今度にしよう。今日はこれで我慢してもらえるかな?」
「はい……、うぅぅ……」
「泣かなくていいんだよ。美玲ちゃんは何も悪くないし、僕はむしろ、こうやって美玲ちゃんとゲームできるのも楽しいんだ」
努めて、優しく。
心のなかでは美玲に涙を流させた人物への怒りが満ち満ちているものの、それはなるべく表に出さないようにしながら、梨田は美玲のさらさらな髪を撫でる。絹糸のように滑らかで、触れたところから幸福感が梨田を包んでいくようだったが、今は。
「すぅ…………、」
ゆっくりと眠りについた美玲を、静かに見下ろす。
その華奢で小さな身体をベッドに横たえてから、「少し待っていて」と小さく囁いて、梨田は家を飛び出した。
* * * * * * *
滝沢結斗は、とても晴れやかな気持ちで昼下がりの道を歩いていた。数日前に、小さい頃から面倒を見ていた親戚の娘が彼氏ができたなどという報告をしてきたせいで、胸がモヤモヤしていたのである。
彼にとってその娘は恋愛対象であり、だからこそ小さい頃から、オムツを替えたりもしてきたというのに。他のやつよりも、自分の方がよく知っているんだ、それなのにどこの馬の骨とも知れないやつに横から掠め取られてしまった……その悔しさは、滝沢を凶行に駆り立てた。
自身の体液をフィルムケースに入れて、それをすれ違い様に引っかける趣味に目覚めてからは、なんとなく胸のモヤモヤは晴れつつある。
対象はもちろん、幼き日の彼女を彷彿とさせる少女たち。
『大きくなったらおじさんのおよめさんになるー!』
眩しい笑顔でそう言ってくれていた彼女の影を重ね合わせながら、これまで25人前後の少女たちに自分の体液を掛けただろうか。夏の暑い中、じりじりと鳴き続けるセミの声を耳にしつつ、楽しげに浮かれている少女たちを驚かせて、困惑させる。その快感は、次第に彼にストレス発散以外の欲求までも与えていた。
もっと、もっと、もっと!
幸せそうにしている少女を怯えさせたい、何も知らないだろう無垢な少女たちを穢したい、もっと、もっと!
図書館帰りらしい大人しそうな少女にも、日焼けした小麦色の肌が眩しい活発な少女にも、両親と手を繋ぎながら道を歩いている少女にも、同級生らしき男子とふたりきりでバス停に立って頬を染めている少女にも、木陰で涼んでいる少女にも、木の枝に縄をかけて沈痛な表情をしていた少女にも、プラットホームでゲームをしている少女にも、廃材の中に佇んでクスクスと笑っている少女にも、線の切られた公衆電話を耳に当てながら何事かを呟き続けている少女にも、柳の木の下で佇む青白い顔の少女にも、夜中には井戸で皿を数えている少女にも、自分の体液を掛け続けた。
どうしてだろう、虚しさもありつつ、体液を掛けた相手が漏れなく驚いた反応を見せてくれるからか、自分という存在がそこそこ社会に認知されるものであるような気さえする。しかもネットでは『怪奇! 真夏のぶっかけ男!!』などという特集が掲示板で組まれるほどだったので、滝沢の承認欲求はどんどん満たされることになっていく。
こんなに嬉しいことはない……歓喜の涙すら流しかけながら、そろそろ日が傾くのではないかという時間を迎え、次はどの少女に自分の体液をかけようかと考えていたときだった。
「あぁ……、少しお話いいですか? たぶん先程お会いしていると思うんですが」
背後から、異様に艶のある男の声が聞こえた。
その後、滝沢の姿を見たものはいない。
前書きに引き続き、遊月です!!
やはり夏ということで、少しホラー要素も入れてみました(少女たちとか、最後とか)。お菊さんにもぶっかけられる度胸、恐ろしいですね!
フィルムケースってそういえば最近見ないけれど、もしかしたらもう見たことないという方もいらっしゃるのでしょうか……?
毎度お付き合いありがとうございます!
また次回、お会いしましょう!
ではではっ!!




