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空き巣と殺人鬼

おはようございます、遊月です!

毎週日曜日朝、それはヒーローがやって来る時間……!


今回も我らがヒーローが活躍しますよ!

本編スタートです!!

 寺山明宏(てらやま あきひろ)は、心底焦っていた。ドア1枚を隔てた向こう側からは、ひとりの少女がテレビ番組を見ているらしい音が聞こえてくる。今のこの時間、この家の者は全員出払っているはずだった――事前に調べた生活サイクルと照らし合わせれば、そのはずだった。

 寺山は今、人生初の空き巣をしているところだった。長年勤めてきた商社が、春先に猛威を振るった感染症を発端とした大幅な業績悪化によって人員を削減することを決断し、取り立てて大きな功績があるわけでも、強いコネクションを持っているわけでもなかった寺山もその対象になったのだ。経営陣からすれば利益を生むわけでもないのに在籍年数だけでそれなりに金を食う厄介者を追い払ったという感覚なのか、それともまったくそんな意図はなく、つまり自分はその他大勢の解雇者同様ただ単に「首を切っても会社に損失のない人物」としてしか見られていなかったのか、それは定かではない。しかし、彼の解雇によって寺山家は困窮した。

 それまでも決して裕福とは言えない暮らし向きだったが、それでも安定はしていたはずの生活を支える収入が突然なくなったのだ、生活が大きく変わるのも無理はない。妻はパートに出るようになり、ひとり息子の俊彰(としあき)もバイトを始めることになった。都内の難関大学への進学を目標に勉強漬けの日々を送っていた俊彰は、勉強時間を大幅に減らすことになったのである。


『俊彰、先月の模試の判定Dになってたみたい。目標の大学を変えた方がいいって面談でも言われたわよ』

 パートで疲れきった妻から不機嫌そうにあった報告。そうか、と返して『もう少し発破かけないと厳しいかな』と呟いたのが運の尽きだった。妻は深い溜息をつきながら『それじゃ余計俊彰を追い詰めるでしょ? ただでさえ生活が変わって無理してるのに』と吐き捨てるように言ってから、言葉をなくした寺山を見つめて言ったのだ。


『あなたはいいわよね、毎日ハローワークに行くとか言って出掛けてられるんだから。気分転換とかできてるんじゃない?』

 ゴミを見るような、冷たい視線だった。

 それから今日に至るまで、家族とはろくに話せていない。


   * * * * * * *


 針のむしろのような暮らしから抜け出すためにも、彼にはまとまった金が必要だった。だからこうして、裕福そうな家に目星をつけて、綿密な計画まで立てたというのに……!

 家族の生活リズムも把握していた、だからこの家の母親が昼過ぎには不倫相手に会いに行くことだって知っていたし、娘だって夕方まで帰ってこないはずだったのに。


『またがれ~♪ 馬並み~のセンターポールゥゥー♪ カラカラーになーるーまでー♪ しーぼりーとれ~♪』

 部屋の中からは、昼過ぎに放送されている子ども向けアニメの主題歌が聞こえてきている。確か元上司の息子が好きだとか言っていた『摩砲(まほう)少年♂パーリナイ』のオープニングテーマだったはずだ。幼い声で、この家の娘も一緒になって歌っている。

 昔は俊彰もテレビに向かいながら……何だったか、アニメの歌を歌っていた気がする。そういえば家族の時間というものをほとんど持つこともなく生きてきた……それくらい仕事に追われて、ようやくそれから解放されたのも解雇という形だ。

 解雇されたのを機に、家族の時間を作るのも悪くないとも思った。どこか3人で出掛けるのもいいのではないだろうか、幼い頃いくらせがまれてもあまり一緒にいてやれなかった俊彰にも、長年連れ添ってくれて、俊彰のこともほとんど任せきりになっていた妻にも、いい気分転換になるような気がしたのだ。その時にでも、今までの感謝の言葉を伝えようとも考えていた。

 しかし、どうやってそれを切り出せばいいのかもわからないうちに妻も俊彰も働きに出るようになり、自分は家のなかで鼻つまみの扱いを受けるようになっていき……考えると涙が出てくる。


「うっ……ふ、くぅ……っ、」

 すぐ近くに家の住人がいる。そうわかっているのに、思わず嗚咽まで漏らしてしまう。幸い聞こえてはいないようだったが、なんとか自制して、すぐに涙を止めた。


 なんとしてもこの家から金を持って帰る。そして生活を立て直すのだ、もとの家族に戻るために――――深呼吸をした寺山の瞳には、黒い決意の炎が宿っていた。まずは両親の寝室からだろうか、娘のいる居間はなるべく避けて――


「えっ、お、おじさん、誰?」

 決意と共に背を向けた居間のドアが開いて、背後から怯えきったような声がした。振り向くと、そこには驚きと恐怖を硬直した様子の娘がいて。

 動揺しつつも、『何もせずにいてくれたら何もしない』と言おうとした寺山の前で、少女はよりによって子ども用に販売されている携帯電話を取り出し、どこかに電話しようとし始めた。焦っているのか震えからか手元はもたついていたが、いつ通話状態になってしまうかわかったものではない。思わず、頭が真っ赤になった。


「なっ! 何をするんだァーッ!!」

 叫ぶや、寺山は手を大きくふりかぶって、少女の頬を張る。まだ小さく軽かった少女の身体は壁まで吹き飛んで、ぶつかった頭から、ごり、と鈍い音がして。

「ぎっ、」

 短い声が聞こえた気がした。

 この声には覚えがある、そうだ、まだ子どもの頃にどうしても飼いたくて近所の家から盗んできた犬が仔犬を産んで、飼いきれるわけがなくて“処分”したときに漏れていた声だ……嘘だ、嘘だ、寺山は半ばパニックになって少女に近寄る。


「おい、おい、おい! しっかりし…………」

 意識はないが、すぐにまだ育ちきらず平らな胸が上下しているのが目に入った。よかった……生きてるのか、不慮の事故で子どもを殺さずに済んだことに安堵したのも束の間。


 よかったものか。

 心のどこかから、そんな声がした。


 寺山の痩せた頬を、じっとりとした汗が伝う。

 仮にこの子どもが気絶している間に金を頂戴したとして、親が帰ってきたあとそれを伝えないなんて保証がどこにある? むしろ確実にこの子どもは親に伝えるだろう、しかもあの目はちゃんと自分を見ている、警察の手が及ぶのだって時間の問題だ。


 嫌だ、嫌だ……っ。

 寺山は、また涙を流していた。

 自分はこの家の金で、家族の平穏を取り戻すんだ、その邪魔をするんだったら、たとえ幼い子どもだったとしても…………その口をもう二度と開けなくしてしまうしかない……!


 寺山の骨張った手が、少女の首に回される。

 ゆっくり力を入れると、幼児特有のしっとりと柔らかく吸い付くような肌の感触が手のひらに少しずつ広がっていくのを感じて、また涙がこぼれる。

「ごめん、ごめんよお嬢ちゃん、ごめん……っ!」

「――――――、……っ、」

 少しずつ呼吸しにくくなってきたのか、眠る少女の息が詰まりはじめる。願わくば、その息が止まるまで目を覚まさないでほしい――そう思ったときだった。


「そこで何をしているんだい?」

 背後、誰もいないはずの廊下から、声が聞こえた。


 振り向いた先にいたのは、海外の二枚目俳優を思わせる風貌をした長身の男。嫌みなく着こなされた高級感のあるスーツに、聞く相手を耳から魅了してしまえるだろう艶のある低い声。

 モデルも顔負けの所作で寺山に近付いてきたその男は、確か隣人の梨田(なしだ)とかいう男だ。ここの家族とかなり親交があり、休日などはよく遊んでいる姿を見かけたものだったが……それが何故ここにいる? 自分が入ったときには確かにいなかったはずなのに!!


「僕の美玲(みれい)を傷付けたのか……」

 混乱する寺山など歯牙にもかけず、まず寺山が首を絞めている少女――――瀧本美玲(たきもと みれい)を見つめる梨田。そして、次に寺山に向けられた視線は、まるで獲物を見つけた肉食獣のそれだった。

「え、あ、その、も、もう出てくから、あの、」

「僕の美玲を怖がらせておいて、今更許されるわけがないだろう? あぁ、あなたはちょうどナイフを持っているじゃあないか。これであなたの指を1本ずつ切り落として、皮に包んで食べさせてあげようか。その様子だと食うのに困って空き巣なんてしたクチだろう? 前に試した子どもたちも泣いて舌鼓を打っていたよ、可愛いだろう?」

「ひっ、何言ってんだあんた!? た、頼むよ、悪かった、もうこんなことやめるし、この子にだって近寄らない、だから、」

「あなたもわからない人だな、たとえば薬物に関わることが重罪の国では、たとえ知らずに運んだと死刑判決を受けるんだ。あなたは僕の美玲を傷付けただろう、怖がらせただろう? 1回なら許されるなんていう話ではないんだよ。ましてや、殺そうとまでしてたんだからね」


 寺山が最後に見たのは、「あなたは、覚悟してきてる人だろう?」と笑いながら囁きかけてくる梨田の獣のようにぎらつく目だった。


   * * * * * * *


「あれ、ここは……?」

 美玲が目を覚ますと、そこは近所の公園のベンチ。まだ陽は高く、少し汗ばんでしまっているようだ。通う小学校が創立記念日で休みだったので、留守番をしていたような記憶だったけれど……。


「やぁ、おはよう、美玲ちゃん」

「……、梨田さん?」

 とてもにこやかに笑いながら、梨田が近付いてくる。暑いのだろうか、珍しいくらいの薄着で隣に座った梨田が改めて大きな人であることを実感したのと、シャツの袖から覗く、思いの外筋肉質な二の腕に少し緊張しながら、「こ、こんにちは」と返事をする。

「美玲ちゃんの学校は、今日お休みだったんだね」

「うん、そーりつきねんびなの。お休みだから、お母さんからお留守番頼まれてたんだけど……公園に来てたみたい、……っ、」

 梨田の方に向き直ったとき、少しだけ開いた胸元を汗が伝う様が目に入って、何故かドキッとしてしまう美玲。何かを感じたらしい梨田が「どうかしたかい?」と尋ねてくる声にすら、なんだか耳から身体中をくすぐられているような不思議な感覚に襲われて、「う、ううん、なんでもないよ!?」と返す声が上擦(うわず)ってしまった。

 美玲がそんな自分に困惑していると、「それじゃあ、美玲ちゃんも起きたことだし」と突然彼女を抱きかかえた――よくテレビで見かける、“お姫様抱っこ”の形で。


「~~~~~っ、!!!??」


 え、え、え、え、え???

 美玲の頭のなかは疑問符だらけになってしまう。いきなりそんなことをされる理由も、注がれる優しげな眼差しや自分を持ち上げるために少し盛り上がった肩の筋肉、自分にはない喉仏などを見て鼓動が早まる理由も、何もわからなかったから。


「え、え、梨田さん? えっ、えっ、」

「ここは暑いから、僕の家で一緒に遊ぼうか。今日も特濃カルピス、たくさん用意してあるからさ」

「う、うん……」

「しっかり捕まっておいで、お姫様」


 優しい声で囁いて歩き出した梨田の揺りかごのような腕の中で、美玲は自分の胸のドキドキが彼まで伝わらないかどうか、と不安に思った……。



   * * * * * * *


「母さん、やったよ、模試の判定Aに戻った!」

「えっ、俊彰すごい、どうしたの、これ!?」

「父さんがこないだ買っててくれた参考書がピッタリ刺さってたんだよ、わからなかったところもわかったし、帰ってきたらお礼言おうかなって!」

「そうね……、お母さんもちょっとゆっくり話したいな、って思ってるの。今度の休み、日帰りだけど旅行でも行かない?とか」

「いいじゃん、それ! ふたりで行ってきなよ、父さん今まで働き詰めだったんだし、母さんだって骨休める日も必要だからさ」

「そう? ふふ、俊彰もね……帰ってきたら、帰ってきたらね」

「……父さん、」

「いつ帰ってくるのかしらね、最後に出てからもう2週間経つけど……」


 全てのものに、夜は平等に訪れる……。

前書きに引き続き、遊月です!

生活に苦しくなることって誰しもあるものですが、心も荒んできますよね……そんなとき、皆様の心に寄り添えるヒーローに、この男がなってくれたらいいなぁ、と願いつつ……(たぶん梨田さんは美玲ちゃんにしか興味がないと思いますが)


また来週もお会いしましょう!

ではではっ!!

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