殺人鬼と少女
おはようございます、遊月です!
たったひとりの少女を守るヒーロー、今週も登場です。
今週はどんな戦い?になるのか……
本編スタートです!!
公立小学校に勤務する教師、丸岡公介は、目の前に横たわる少女――瀧本美玲の幼く華奢な身体を、生唾を飲み込みながら見下ろしていた。
無防備にも丸岡の前で眠る彼女は、今まさに、これから丸岡の毒牙にかかろうとしている。ここは丸岡の自宅リビング、独身を貫いている彼には同居人もおらず、誰も彼の邪魔をするものはいない。
少し古いデザインのスカートから覗く、まだ媚びた肉のついていない無垢な太腿。
思春期だとかいって幼さを手離してしまった時期にはもうほとんど残ることのない、慎ましく、どこか甘い匂いすら漂う胸部。
手なども、特別肥えているわけではないのにまだ骨張っておらず、もちもちと柔らかそうに見えるではないか……丸岡は、自身の欲望が既にズボンから飛び出してしまいそうになるのを自覚した。
頬もふにふにと柔らかそうに見えるし、何より彼女は性格が大人しい、何かあってもそれを周りに伝えるようなことはしないだろう――それこそが丸岡にとって最も大きなポイントだった。
「ふじゅふふ、ふふふふ……!」
笑う丸岡の口元から、生臭い唾液がこぼれる。
もう我慢の限界だ、目で楽しんだ後はこの手でも楽しむとしよう。美玲の傍に屈み込んだ丸岡は、鼻息荒く、その脂肪で膨れた指を彼女のぷっくらとした桜色の唇に這わせた。
「じゅるるふふ、あれれ、起きないぞ?」
直接触れても美玲が目を覚ます気配はない。当然の事だった、丸岡の自宅を訪ねてきた美玲に睡眠薬入りのジュースを振る舞ったのは丸岡自身なのだから、知らないはずがない。
「先生がこうして触っているのに起きないなんて、瀧本さんは悪い子だ……悪い子にはお仕置きが必要だよね? いいよね、仕方ないんだからね? じゅふふふふふふふっ!!」
カチャカチャと忙しなくベルトを外し、着ていたワイシャツを脱ぎ捨てる丸岡。その指が、美玲の穿いているキャラクタープリントのされた下着に触れようとしたとき。
「ストップ。それ以上は見過ごせないなぁ、丸岡公介先生?」
誰もいないはずの廊下から、ひとりの男が現れた。
「……っ、誰だっ!?」
「嫌だなぁ先生、僕ですよ、僕。美玲ちゃんの隣人、梨田ですよ。それで、先生? いったい何をしようとしていたんです?」
「だ、誰なんだ、ほんとに!? ていうかなんでここに!?」
「質問しているのはこちらだ、先生。あなたは学校でも子どもたちに、質問には質問で返すようにと教えているのかい?」
突如として現れた、どこか海外の2枚目俳優を彷彿とさせる相貌の男。背は高く、どこか艶のある声、その理知的な佇まいが、余計にこの状況――まったく知らない男の家に平然と居座っているという状況とのアンバランスさを際立たせていた。
少しずつ近付いてくる梨田に、丸岡の恐怖は膨らんでいく。思わず後ずさりしたが、半脱ぎのズボンが絡まってうまくうごけない! たまらず脱ぎ捨てて、染みのついたブリーフ1枚になりながら、その肥えた身体を縮込ませてしまう。
「ふ、ふ、不法侵入だ! こんなの、不法、」
「質問の答えを聞けていないよ、先生。あなたはここで、この少女に、何をしようとしていたんだい?」
「う、うるさいうるさいうるさい! 私のそばに近寄るなああ――――――ッ」
錯乱して叫ぶ丸岡。
梨田は、その叫びに余裕の笑みで返した。
「ふふ、怖がらせてしまったかな? いやね、先生。僕はあなたの趣味について否定するつもりはないよ。純真無垢な子どもたちがその信頼を裏切られる瞬間というものは、実にいいものだ。
階段を無防備に下りる子どもの背中を押してしまいたくなるのも、突然理不尽な怒りを見せてみたくなるのも、それはそう、彼ら彼女らが無意識に安心しきっている世界を歪ませてみたいからさ。そのときの彼らは本当にいい顔をするからね」
梨田がまた一歩、丸岡に近付く。
「信頼しきった子どもを傷付けるとね、まず戸惑った顔をするんだ、必死になって何が起きたのかを理解しようとする。そして理解したら今度は怒り出すんだ、何故こんなことをする、やめろ、離せ、とね。それでもやめないとどうなると思う?
彼らは謝ってくるんだよ、何も悪いことなんてしていないのに。きっとそう言えば自分が傷つくのは終わると信じているのだろうね、愛らしいだろう? それでも僕はやめないんだ、そうするといよいよ望みをなくしてパニックになる……その姿がたまらなく愛おしいからね」
「…………っ!」
「ちゃんと意識を保たせたうえで関節を外したり、1枚ずつ爪を剥がしてみたり、そのときの声を、君は知っているかい? まだ声の変わりきらない高めの声で、短く悲鳴をあげるんだ、長い悲鳴なんて上げていられないんだろうね、その前に息が切れてしまうみたいだ。
それから涙ながらに僕を見つめて、そうだね、ほとんどの子はやはり訳もわからないまま僕に許しを乞うてくる。けど、なんの意味もないんだ、僕は彼らに怒っているから手を上げるんじゃない、無垢な少年少女を愛しているからこそ、より愛らしい姿で見たいだけなんだ」
「なんだ、なんなんだよ、お前は……っ!? 異常だよお前、はっきり言って頭おかしい! 病院にでも行ってこいよ、この犯罪者!!」
丸岡は自分のしようとしていたことを棚に上げて叫んだ。自身を内側から侵してくる恐怖を打ち払うためには、仕方のないことだったのだ――目の前の相手は、決定的におかしい、そう思ったから。
「首を絞めたことはあるかい、先生? 頸動脈を触っているとね、彼らの命がいかに躍動しているかを実感できるんだよ。少しずつ赤らんでくる顔なんて最高に扇情的だ、彼らの輝いていた目が少しずつ濁っていくところなんて、1度見たら病み付きになること間違いなしさ。あぁ、もちろん他の傷で死なれたら敵わないから、ちゃんと止血とかの心得は必要だがね。
1度だけ大人でも試してみたが、やはり子どもでなくてはあの快感は味わえないね、目なんて最初から濁っているし、あろうことか交渉なんて持ちかけてきたりもしたんだ。僕が愛せるのはやはり子どもだけだと実感するだけだったよ」
どこか悲しげに語る梨田。そして、丸岡をもう一度見据えた。
「丸岡先生、僕はあなたの趣味には実に共感している。だけどね……」
「うるさい、うるさいうるさいうるさい!! いいんだよ私はっ! 私はこいつの担任だっ! バカな姉貴が少し前までの自粛要請を守れずに病気を貰いやがったせいでクラス内で孤立する羽目になったこいつを庇ってやってたのも私だっ!
毎日こいつの家に電話して、学校が再開してからもなるべく私の目の行き届くようにして、他のガキどもから守ってやってたんだっ! だから私にはこいつを好きにする権利がある、こいつはもう半ば私のものなんだからよぉ!
子どもはいい? あぁ、いいとも! 大人なんてクソだ、すぐに私を馬鹿にしてきやがる、見た目がキモい? 汗臭い? 目線が厭らしい!? ハッ、どいつもこいつもわかってねぇんだ、私がどれだけの大学を出てると思ってる! 才能だってあった、小さい頃は神童なんて呼ばれて、学業成績がよかったとかで県の表彰まで受けたんだっ、それをなんだ、ただ見た目だとか臭いだとか、そういう外見のことばっっっかりで判断しやがって!
ああいうやつらはな、私のグレードまで上がってこられないもんだから、なんとか私を蹴落とせるジャンルをピックアップして笑い者にしようとしてるだけなんだ! ああ気持ち悪い、本当にキモいのはどいつだよ、あぁぁっ!!??」
「人の言葉を遮るのは悪い癖だよ、先生」
丸岡が唾液と汗とを撒き散らしながら吐き出した言葉に返ってきたのは、静かな声だった。
「瀧本美玲、年齢は8歳。誕生日はあと半年後」
「は?」
「会社員の父親に、夜に勤務していたが現在は休業中の母親、そして都内の高校に電車で通っている姉がいて、身長は125.6cm、今の趣味は最近父親に買ってもらったテレビゲームだそうだ。なんでも動物が暮らす島でスローライフを送るといった内容のゲームだそうで、僕も少しやってみたが、うん、まぁまぁ楽しめるね、悪くない」
「……え?」
「クラスで孤立しているとあなたは言ったが、むしろそれはあなたが彼女を囲っているからだ。彼女の姉について騒いでいたのはむしろ少数で、あとの子たちは『先生から贔屓されている』と思っているそうだよ? もっとも、完全な孤立状態ではなく、そんな彼女を案じるクラスメイトもそれなりにいるがね」
「なんなんだ、さっきから、なぁ、うるせぇんだよ、もうさぁ! こいつのこと知ってるからなんだってんだよ、おい! もういいよ、お前、少し黙れ」
「好きな食べ物はボルシチ、好きな飲み物は特濃カルピス、好きな動物はマンチカン、好きな漫画は『摩砲少年♂パーリナイ』、好きなドラマは『半熟な大木』、よく出かけるのは凍狂ディストピアというテーマパークで、お気に入りのアトラクションはタートルヘッド・ライディングというジェットコースター。
朝はだいたい6時過ぎに起きて、夜は10時くらいには寝るらしい、寝る前にホットミルクをお腹いっぱいに飲むと幸せな気持ちになって眠れると前に話してくれたよ」
「おい、さっきからうるせぇよ! 私が! 命令してんだよ、黙れって! お前も私を馬鹿にするのか!? どうしてこいつらみたいに従順でいてくれないんだ! 私はっ、難関大学を首席で卒ぎょ、」
「静かに、先生。彼女が起きてしまう」
丸岡は焦れたように、手元にあった彫刻刀を持った。本当は美玲から思わぬ抵抗に遭ったとき脅すためのものだったが、もう仕方がない――目の前の異常者を、殺すしかない……! 黒い決意が、丸岡を動かす。
しかし。
「そして、彼女は僕が心に決めた人だ」
振り下ろされたはずの彫刻刀は、いつの間にか梨田の手に握られていて。唖然とする丸岡に、梨田はまた口を開いた。
「先生、僕はあなたの趣味自体には共感しようとした。けれど、どうやらあなたのそれは単なる憂さ晴らしに過ぎないようだね、とても愛とは呼べない代物だ。失望したよ、本当に」
「は、は? え、なに、」
「それに、今言った通り、この瀧本美玲は、僕が初めて心から恋をした相手だ。そんな女性をあなたなんかの汚い手で汚させるわけないだろう?」
最後に丸岡が見たのは、眠ったままの少女相手に頬を染め、心から愛おしく思っているのだろう視線を送る男の横顔が、自分に向き直った瞬間に冷たい無表情に変わったところだった……。
* * * * * * *
「ん、んん…………」
湿気の強い陽気のなかで、美玲は目を覚ました。日が沈みかけている赤と濃紺の空も、どこか薄もやがかかったように見える。いつの間にか公園のベンチに座って寝ていたようだ。あれ、先生のおうちに行ってたはずなのに……そう疑問に思う美玲の前に、ペットボトルを持った男が現れた。
「やぁ、美玲ちゃん。目が覚めたんだね」
「あ、梨田さん!」
彼は隣に住んでいる梨田という男性。去年引っ越してきてすぐに両親と仲良くなった彼は、たまに美玲や姉の美香とも遊んでくれる、優しい人物だった。
たまにはお父さんとかお母さんとかお姉ちゃんと一緒じゃなくて、わたしとだけ遊んでくれたらいいのに――――たまに訪れる名状しがたい感情に戸惑うこともあるが、彼といる時間は美玲にとってかけがえのないものだった。
「わたし、ねてたの?」
「あぁ、僕が見つけたときにはぐっすりとね。眠り姫のようだった」
「……起こしてくれたらよかったのに」
なんとなく寝顔を見られていたと思うと気恥ずかしくて、ついそっぽを向いてしまう美玲。微笑ましそうに笑う梨田を、まっすぐに見られなかった。
それに、眠り姫を起こすのは…………
「さぁ、もう暗くなるから帰ろうか」
「……、うん」
差し出された梨田の手を握りながら、美玲は少しずつ速くなっていく鼓動の意味がわからないでいた。
前書きに引き続き、遊月です!
登場人物のアクが強い!! 書きながら胸焼けしかけましたが、やはりヒーローって書いていて気持ちいいものだな、とも思っていたりします。
来週もまた、お会いしましょう!!
ではではっ!!




